その3 とうとう主人公になる女子高生
そのまま三人は参道を歩き、
普段は神仏を有難がる気持ちなどほとんどない信一と大輔も、神妙な面持ちで拝殿の前に立ち、でたらめな回数の柏手を打って何度もお辞儀した。
サヤカは特に真剣な面持ちで、長い時間深々と頭を下げている。
「なんじゃ、大事なお願い事でもあったんか? 縁結びとか?」
大輔が、無神経に彼女をからかう。
「あなたみたいに、のん気なこと言ってられないの。これでも、年明けには大学受験」
サヤカは冷たい目で彼を見た。
「落ちるわけにいかないのよ。ちゃんと受かって、東京に行くんだから、私は」
「ここを出ていくの? 愛知にもたくさん大学あると思うんやけど」
信一が訊ねた。
「私も、自由になりたいから」
彼女は振り返って、参道の彼方に立つ大イチョウのほうを見た。
「都会なぞ、東京でも名古屋でも大して変わらんと思うがなあ。わしもでかい街がええ、好きなことが出来るじゃろう思うて大学に出てきたが、それだけじゃどうもならんかったわ。才能がいるんじゃ、何かやるには」
身も蓋もない大輔の言葉に、サヤカは何か言いたげな顔をした。しかし、何も言わなかった。
急にシリアスになった空気に、大輔は慌てたように言葉を付け加えた。
「いや、ただ、パフェは簡単に食えるようになったわ。抹茶パフェ、あれはうまい。わしの田舎じゃディーゼルカーに二時間乗らにゃパフェなんぞお目にかかれん」
「三槙にも抹茶のスイーツあるよ、お茶の産地だし。て、結局、自分がパフェ食べたかっただけなんじゃないの? 私におごるとか言っておいて」
「そうとも言う」
あっさり認めて、大輔はうなずいた。
それから三人は、「祭の展示館」がある本町へ向かって歩き始めた。
ここには天神祭で使われる「コンチキ船」の模型などが展示されているということで、作品に登場させる以上は見ておくほうが良いとサヤカは言った。
「本当は、ちゃんと天神祭見たほうがいいと思うけど。次は一年後だからね」
「来年のその頃には、君はもうこの町にはいないんやね」
信一は言った。
「そう、来年は東京。自分の才能なんか、私わかんないけど、やってみたいことあるし。ともかく行く、行って色々やってみる」
先頭のサヤカは立ち止まり、東の方角に向かって緩やかな登り坂になっている、天神通の彼方を見つめた。その後ろ姿は、なぜか少し寂しげに見えた。
「大丈夫じゃ。きっと、うまく行く。サヤカ君は、きっと東京で自由になれる」
思わず彼女の肩に手を伸ばしかけて、大輔は慌てて自分の手を引っ込めた。
「ちょっと待って、自分が言ったばかりでしょ、東京行っても駄目って」
「駄目、とは言うとらん。その、なんじゃ、ともかく頑張れ東京で。きっとあんたには何かの才能がある、わしはそう思う」
「適当なこと言ってる。言われなくても頑張るけどね」
笑顔に戻った彼女は、元気に歩き始める。
間もなくたどり着いた「祭の展示館」は、古い銀行の建物を再利用したという重厚な西洋建築だった。
館内には実物大の「コンチキ船」の模型が展示されていて、祭りの夜を飾るというたくさんの提灯が船上で赤く光っていた。
「これに、
「これは大したもんじゃ、まるでタイムストップした花火のようじゃ」
半球状に配置された数百個の提灯を見上げて、大輔は独りうなずいた。
「サヤカ君がこの船に乗って、東京へ旅立って行くところが目に浮かぶようじゃ。真っ暗けの夜の海で、この提灯が輝くのが、静岡らへんの港からも見えることじゃろう」
「いや何で私が乗ることになってんのよ。何が『見えることじゃろう』よ」
「いやあんたさっき、現実と幻想が混じりあうとか言っとったし」
「そういう意味じゃないし」
「実は……あんたをそのまま主人公にしようと思うんじゃ」
大輔は真顔になった。
「サヤカ君が主人公なら、話をどんどん前へ進めてくれそうな気がする」
「うわ、またおかしなこと言い始めた」
顔をしかめて、彼女は後ずさった。
「元々おかしいからな、こいつは」
思わず信一は笑い出した。
「要は、実在の君をそのままモデルにしたら、リアリティのある面白い話が書けそうやってことやと思うよ。妄想の
「その通りじゃ、ええこと言うてくれた、信一。わしの妄想JKでは絶対うまく行かん。現実感のある魅力的なヒロインが必要なんじゃ、この作品には」
「……なんかうまいことおだてられてる気がする。ま、いいけど。こっちは困らないし」
「ほんまか、ありがたい」
大輔は飛び上がって喜んだ。本当に、その場で三十センチほどジャンプしたのだ。ドスン、という着地の音が館内に響く。
「ただ、完成したら」
彼女はポケットからスマホを取り出した。
「その小説、私に送って。出来をチェックするから、本物の『サヤカ』としては一応」
じゃあ次は抹茶スイーツ行こう、と彼女は駅に向かって元気に歩き出した。午後のうだるような暑さも平気なようだ。
「リアル
彼女の後ろを大輔と並んで歩きながら、信一は小声で言った。
「全くじゃ。来て良かった。ええ町じゃ、ええ夏じゃ」
大輔は立ち止まり、彼女のSNSアカウントが表示されたスマホを嬉しげに眺める。
果たして、どんな作品が生まれるのか。そこから何か新しいことが始まりそうな気がして、信一は楽しみになった。きっと彼女も、実はそう思っているのだろう。
真夏の空はどこまでも青く、高かった。奴にとっての、最高の夏。この町に来て良かった、それは確かに間違いないことのようだった。
(了)
【完結】奴とかのじょの夏 ~地方文学賞応募作品を作る話~ 天野橋立 @hashidateamano
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