その2 現地取材もアイデアも、女子高生頼み

「まあ、いいや。池があったでしょ? さっきの公園。あそこに、提灯たくさんつけた『コンチキ船』っていうのががいっぱい浮かぶの。三槙神社のお祭り。いちおう、有名なはずなんだけど」

 女子高生は説明してくれた。

「あれか」

 何かに思い当たったような顔をして、大輔はそばのポスターを見る。そこにはちゃんと、提灯を載せた船の夜景写真が印刷されていた。


「そう、これ。元は川だったのよ、あの池」

「川?」

 信一が訊き返した。

「天神川っていう川だったの。この本町と三槙神社の間も、昔はみんな川の底だったって。今は堰き止められて、池だけが残ったのね」

「それじゃ!」

 大輔が大声を出した。

「ちょっと、何よ」

「いや、すまん。消えた川、いうのんはいかにもロマンがあるじゃろう。それを小説のテーマにしたら面白そうじゃ、と思って」

「今でも川の痕跡は残っているの?」

 信一が女子高生に訊ねた。

「あんまり、知らないけど……鳥居の辺りに、三槙湊みまきみなとの看板なかった? 昔はあそこ港だったって」

「そんなもんがあったんか。悪いが、姉ちゃん、そこへ案内してもらえるじゃろうね?」

「はああ? 案内?」

 大輔の言葉に、彼女はスカートの腰に手を当て、仁王立ちになった。

「何で私がそんなこと?」


「パフェじゃ、パフェをおごろう」

 大輔は必死の形相になった。

「女はパフェ持ち出せば言うこと聞くとか思ってんの? 馬鹿じゃないの」

 彼女は不機嫌な顔のまま、しかし、「こっち、ついて来て」と歩き出した。


 そこまでして無理に案内してもらう必要もなさそうだったが、信一は黙って後をついて行く。奴がこんな楽しげに女の子としゃべっている場面を、京都では見たことがなかった。何だか面白いことになりそうだった。


 彼女の言う通り、鳥居のそばには「三槙湊」と書かれた立て札があった。

 かつては三槙神社への参拝客を乗せた川船が何千艘も集まり、大変なにぎわいだったらしい。

 今は何隻かのスワンボートが夏の陽に白い背中を輝かせながら、静かな水面に浮かぶばかりだ。


「ええと……名前はなんじゃった? お姉さん、あんたの」

「じゃあ、『サヤカ』にしとく。そう呼んで」

「では、サヤカ君。ちょっと主人公かのじょの代わりにそこへ立ってみてくれ。池のほう向いて、物思いにふけってくれたまえ」

 鳥居の下を、大輔は指さした。

 パフェくらいじゃ割に合わない、物思いにふけるってどうすればいいのよと文句を言いながらもサヤカはそこに立った。池の彼方をじっと見つめ、真剣な顔をしてみせる。


主人公かのじょの気持ちが、見えて来るようじゃ」

 大輔が、妙におごそかな声を出す。

「『繰り返される、同じような日常。学校に閉じ込められたままの日々。どこにも行き場のない、今のあたしはまるで、堰き止められて池になってしもうたこの川みたい』と、主人公かのじょはこう思うんじゃ」

「おお、それらしいぞ」

「小説っぽいじゃない」

 予想外に大輔がまともなことを言い出したので、信一とサヤカはいくらか感心した。さすがは、腐っても作家志望らしい。


「それで、心の自由を求める主人公かのじょは、この池の水を再び解き放とうとするんじゃ」

「すごい展開ね。で、どうやって?」

「発破じゃ、ダイナマイトでこの堤防を吹っ飛ばすんじゃ。ドカン、と」

 大輔は、両腕を空に向かって高く上げた。

「そんな無茶な展開があるか、アホか」

「あなた馬鹿じゃないの」

 信一たちは、二人同時に罵声を投げつける。


「駄目か」

「女子高生が、ダイナマイトなんか持ってるわけないでしょ」

「じゃあ、一体どうすればこの池は決壊するんじゃ」

「そんなの知らないよ。て言うか、普通に台風とかでいいんじゃないの? で、その子が、『雨よ、風よ、もっと吹き荒れて、こんな街など沈めてしまえ』とか思うのに合わせて、嵐がどんどんひどくなる、みたいな。最後はその子の願いで堤防が壊れた、って雰囲気になるわけよ」

「それじゃ! あんた、作家の才能があるんじゃないかね」

 大輔が、興奮したように叫んだ。

「……何で私が全部考えてるのよ」

 サヤカはため息をついた。


 そのまま彼女の案内で、信一たちは天神川の跡に沿って北へ向かって歩き始めた。

 古い家屋に挟まれた路地は日陰になっていて、風が涼しく感じられた。行く手には、大きなイチョウの木がそびえているのが見える。

 小高い土手のような場所に根を張っているこの大木は、サヤカの話では三槙みまき神社の御神木ごしんぼくだとのことだった。

 ちょうど解説版が立っていたので、三人で読んでみる。

 どうやら御神木は、まだ川が流れていた時代からここに立っていたらしい。立派なのも納得である。

 そしてこの土手は、元々は天神川の堤防なのだということだった。


「へえ、そうなんだ。ちゃんと残ってるんだね、川の跡。知らなかったよ」

 サヤカが感心したようにうなずく。

 木陰に並んで立った三人は、かつて天神川だったはずの辺りを眺めた。民家やビルが密集した市街地に、強い陽射しが降り注いでいる。


「ここが洪水で、水浸しになるわけね。で、天神祭の『コンチキ船』、あれが流されて、町の中、ビルの間を進んで行くの。面白くない?」

「それは、ええな。面白いな」

 大輔は目を輝かせた。

「それで、いつの間にか主人公かのじょ、その船に乗ってるわけよ。行先は、自由の海。この辺りは、現実と幻想が混じりあってる感じで書くわけ」

「文学じゃ。もう純文学じゃ」

「ってやっぱり結局全部、私が考えてるじゃない。賞金出たら半分もらうからね、原作者として」

「お、おう。もし入賞したらな」

 大輔は大真面目にうなずく。

「冗談だよ。……くれるなら貰うけど」

 サヤカはようやく笑顔になった。

(続く)

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