【完結】奴とかのじょの夏 ~地方文学賞応募作品を作る話~

天野橋立

その1 現地取材で女子高生に出会う

「これじゃ、次はこれに応募するぞ」

 友人の君島きみじま大輔がSNSのダイレクトメッセージで伝えて来たウェブサイトの内容を見て、山野やまの信一は首を傾げた。

 そこには、中部地方の三槙市みまきしで開催される「短編小説コンテスト」の概要が記載されていた。町を舞台にした小説を募集しているそうだ。しかし奴は、中国山地の出身のはずだ。


「その町に何の縁があるんだ?」

 そう訊ねて、返って来たメッセージを読んで、ちょうど学食で晩御飯を食べていたところだった信一は、お茶を噴き出しそうになった。奴はこう言ったのだ。


「三槙市(みまきし)と君島(きみじま)、この類似はまるでアナグラムじゃ。何かの運命を暗示しとるに違いない!」

 呆れて返事を返さずにいると、奴は自分で「な、なんじゃとー!」というDMを送ってきた。リアクションが欲しかったのだろう。


 大輔とは、バイト先の古本屋で知り合った。元は信一と同じ京都の大学の学生だったのだが、奴は二年ですでに中退している。

 浅黒く、いかつい顔に無精ひげが目立つ、あまり柄の良くない見た目のこの男は、作家を目指していた。

 バイトをしながら小説を書いては新人賞への応募を続けていたのだが、未だに全く成果が出ていない。このままでは近いうちに、実家に呼び戻されることになる。

 何とかせんと、と悩みながらSNSを見ていたところ、たまたまそのコンテストの記事が流れてきた、そういうことらしい。


 当然、三槙市みまきしには行ったことがなく、スマホのストリートビューで町の様子を調べるという大輔に、「そんなのでまともな作品書けるわけないやろ」と信一は呆れ返った。後がないとか言ってるくせに、そんないい加減な作品で入賞を狙うのか。

「それは分かっとるが、金がないんじゃ」と泣き言を言う大輔を、仕方なく信一は取材に連れて行ってやることにした。奴が賞をもらうところは見てみたいのだ、友人としては。


 八月の三槙市は、手加減なしの真夏の熱気に覆われていた。

 公園の駐車場で車を降りた二人もすっかり夏の服装で、大輔は白いTシャツに迷彩柄の短パンという軽装、信一は夏っぽい麻のシャツにベージュのチノパンだ。

「それで、どういう話にするつもりやの?」

 姉に借りた車の、ピンクと白に塗られたドアをロックしながら、信一は訊ねる。

「詳しくは決まってはおらんが、主人公は女子高生JKじゃ。それは確定しとる」

「いいね、JK。かわいいね」

「じゃろう」

 大輔は得意げだ。現実には女子高生なんかとはまず縁の無い、全くの非モテ男なのだが。


 観光マップを手に、まずは「イチオシ!」との記載がある「祭の展示館」というところへ行ってみようと、二人は公園にある池の畔を歩き始めた。どうもこの町では、お祭りが有名らしい。

 池を囲む土手の階段を上り、赤い鳥居をくぐって、さらに静かな商店街を歩く間、大輔は俯いてマップに目を落としたままろくに前も見なかった。

 小説のアイデアを考えているらしいのだが、考えるだけならともかく、同時に大声の独り言でその内容を呟く。

「この道標も使えそうじゃ。人生の分岐点の象徴、みたいな感じにしたらどうじゃろう」

 この先の本町筋には明治時代の道標が残っているらしく、散策マップには写真が大きく掲載されていた。

「古い道標の前に女子高生が佇んでおる、これは絵になるぞ。それも、飛び切りかわいいJKじゃ。スカートが短めで、そこからのぞく生足の太ももが……」


「おい、おい、ちょっと」

 信一が小声で言って、彼の腕を引っ張った。

「なんじゃ」

 大輔は顔を上げる。

「やや、や」

 ちょうど目の前に、件の道標がそびえていた。写真ではよく分からなかったが、民家の軒先を超えるくらいの高さがある、巨大な石柱だ。

 そしてその正面で、女子高生らしき夏服セーラー姿の少女が立ちすくんでいた。きりっとした顔立ちに黒髪ショートヘアが似合う彼女は、おびえたような目で大輔を見て、一歩、二歩と後ずさりする。

 スカートだの太ももだのと連呼しながら歩いてくる大輔の姿に、危険なものを感じたようだった。


「ち、違うんじゃ」

 彼は慌てて言い訳をした。

「怪しいものやない。変態とか、そういうのとは違う。生足というのもあくまで架空のことで、わしの妄想みたいなもんで」

 変態、生足、妄想という三つの言葉に、彼女は険しい顔になってさらに後ずさりした。

「ごめん、めちゃ怪しいと思うけど、怪しくないんや僕ら。……説得力ないなあ、これ」

 信一は苦笑いする。しかし、そのまともな見た目と優しげなしゃべり方に、女子高生はわずかに警戒モードを緩めたようだった。


「何か、私にご用ですか?」

 あくまで背後の逃げ道を確認しながら、彼女は硬い声でそう訊ねた。

「実は僕ら、というかこの怪しい奴が三槙市を舞台に小説書くつもりなんやけど」

 と信一は、目の前の女子高生に説明した。

「ちょうど、この道標の前に主人公の女子高生が佇んでるって場面を考えてたら、本当に君がいたもんだから」

「そりゃ、女子高生なんてそこら中にいるよ。……これでしょ? その小説って。図書部で……友達、も応募してたよ」

 彼女は傍らの民家を指さした。格子戸の横にある掲示板に、例の短編小説コンテストのポスターが貼られていた。


「で、あなたたち、どこから来たの?」

「京都の大学生です、わしらは」

 大輔は、精一杯の愛想笑いを浮かべる。

「へえ……なんか京都っぽくないね。で、天神川公園とか三槙みまき神社はもう見て来たの?」

 両方とも、観光マップに大きく出ている、この町の名所だ。

「公園は今通って来たけど、三槙神社はまだやね。今から『祭の展示館』に行くところ」

「ああ、天神祭の展示見るんだね」

「そういう名前のお祭りがあるんか?」

 大輔が訊ねると、彼女は目を丸くした。

「天神祭も知らないでここ来たの?」

「いや、その」

 大輔は口ごもる。

 とにかく、ほとんど何にも調べないでここまで来てしまったのだ。現地の人に呆れられても、仕方のないところなのだった。

(続く)

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