金曜日に杏を摘み取る♡

naka-motoo

杏とアンズと柑橘系

 わたくしは『アンズ』という漢字1文字の名前なのですけれどもこれはわたくしの母が「甘酸っぱい恋を。気恥ずかしいぐらいに青い青春そのものの恋を」とまるで少女漫画か男女共用のシチュで言えば中二病そのものの精神でもってつけてくれたものでございます。


 わたくしはこの名に恥じぬように自らを磨いて参りましたわ。


 髪は小学生の頃からショート。

 頬は紅をさすのではなくってナチュラルな素肌のままをやや赤らめたような温度と湿度に保ち。

 首は細く。

 鎖骨はやっぱりある程度くっきりとしているように。

 胸は薄く。しかもやや胸骨の形が見えるぐらいの脂肪の薄さで。

 お腹は平から凹む程度に。

 腰はくびれる必要はないんですけれどもできればお腹と同様の質感で。

 お尻は・・・そうですね。アフリカのマラソンランナーをご存知でしょう?男子選手でも女子選手でもよいのですけれどもハムストリングスとお尻との境目が、きゅう、と上向きになっているような。

 太腿・・・ハムストリングスはですね。掌を輪っかにしたものくらいに細くて曲線ではなくって直線を目指しました。

 その下に続くふくらはぎも、直線の状態で分からぬほどに下に行くほど細まっていくような。

 アキレス腱・・・まあ足首と呼んでもよいのでしょうけれども、そして細いに越したことはないのでしょうけれどもわたくしが目指したのはその部分の張りですわ。この部位は皮膚のよじれるような部位ですけれどもここを常に張った引き締めた状態にしておきたかったのですわ。

 それから踵は。なるたけ滑らかになるようにここだけはオイルを時折塗ります。

 そしてプロネーション。

 土踏まずのアーチをくっきりと描くのが理想ですけれどもわたしは幼い頃に小刻みなフットワークを使うスポーツを数年やっておりましてその時にサイズがやや窮屈なシューズを履いた方がソリッドな動きができるとコーチから指導されたためにやや外反母趾になってしまったの。だから、土踏まずのアーチは少し低いのですよ。

 その代わりに足指は、体の中で一番清潔に保っているパーツです。


 どうですか?

 ここまでで不快感をお与えしていないでしょうか?

 大丈夫ですか?


 よかったです。

 では、続けます。


 わたくしは全体としては背が低いです。ですので最近は小顔などと頭身のバランスを言われるケースが多いと思いますけれどもわたくしはそこまでこだわらずにむしろ内面的な支柱を意識します。

 それは体幹とかいうのとも違うのですよ。


 なんというか、ココロに一本心棒を入れるような。

 あ。少し古風な言い方でしたわね。

 わたし、今数え年16なんですけれども、母の指導を胸に抱いて大きくなったらこんな感じです。

 それはさておいて。


 容姿、とかルックス、とかいうものを冒頭から述べさせていただいたのですけれども、それは他の方々から見られた時のことを考えてというよりは、わたし自身が生活していて『ラク』な状態、っていうことなんです。


 たとえていえば、動いていると腰のあたりのキレというか、スムースに体がストレスなく動くということがわたしにとっては殊の外重要なんです。

 そこが滞っていると先程申し上げましたココロの心棒にまで意識がゆかないものですから。


 え。


 恋?


 そうですよね、これだけ描写させていただいてそれが核心ですよね。

 母もその『甘酸っぱい恋』をなんとかわたくしに成就させようとこの杏という名前をつけ、徹底的に・・・それは精神面での教育、という意味でしたけれども、わたくしを可憐な一輪の花・・・自らいうのは決して自尊ではないんです、わたくしの憧れの状態がそうだという意味です。


 一輪の花。

 それから、柑橘。

 名前の通りの。


 それを、人格、というレベルまで目指したいのですわ。


 内緒ですけれども。

 初恋もまだなのですよ。


 でも今日は金曜日。

 もう夕方ですわ。


 学校が引けたら、少し街を歩いてみましょう。


 ・・・・・・・・・・・・・


 学校の帰りに街に立ち寄ることはあまりないのですけれども今日は特別です。

 ああでも。

 結局書店を落ち着く場所として選んでしまうのがなんともわたくしらしいですわ。跳び出せない、と申しましょうか。

 ならばせめていつも読まない本を探してみましょう。


 あら。

 これなんかどうかしら。


「キミ、自転車好きなの?」

「はっ。いいえ・・・好きかどうかは分かりませんわ。初めてこういう雑誌を拝見しましたもの」

「へえ・・・キミが今読んでいるのはロードバイクって言ってとても速く走る自転車のカタログだよ。どう?」

「どう、とは?」

「ロードバイクは美しいだろう?」

「そうですわね・・・とても機能的な美しさに見えますわ」

「もちろん機能美もそうだけど、なんていうかたとえばこのモデルの色」

「はい」


 そういってその多分わたしと同い年ほどの男の方は学生服の袖からとても細い手首のその先の線で動いているような指先で自転車の写真を指し示したのですわ。


「メタリックブルー・・・美しい色だろう?」


 はっ。

 どうしましょう。


 わたし、今の一言でこのひとが好きになってしまいましたわ。

 多分これはそういう感情ですわ。


 でも、どうして?

 どうしてメタリックブルーというこの自転車の色を言い当ててくださっただけで好きになったのでしょう・・・


「わたくし、この本を買いますわ」

「え。でも、これ高いよ?」

「か・・・構いませんわ。なんだか貴方との繋がりを持てたように感じますわ」

「僕とのつながり・・・?」


 あっ!


 この方も気付いてしまわれたようですわ。


 わたくしのココロに!


 だって、わたしがナチュラルに施してきたような頬の健康的な赤い色を、このひとは瞬時にして、ぱあっ、と頬から耳たぶからに広げたんですもの!


「僕は、キョウ」

「まあ。どんな字を書くんですの?」

「果物の『アンズ』って書いて、キョウ、って読むんだ」

「まあ!」


 やっぱり、縁かしら!?


「わ、わたくしは、そのままの『アンズ』という名前なんです!」

「ほんと!?」


 出会いはこうだったんですのよ。


 だから、これがわたくしの初恋なんですの。


 母が期待と愛情を込めてつけてくれたこの名のとおりの恋を、はじめたいと思いますの。


 え?


 まるで恋愛小説のよう?


 当然ですわ。


 母は、作家で、わたしがいつかするであろうリアルな恋を甘酸っぱい、杏のソーダのような小説にすることがライフワークだと公言してましたもの!


 ああ!


 素敵ですわ!


 この世は、かくも素敵ですわ!


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