05
それは、カマキリのようなモンスターだった。いや、細かいことを言えばだいぶ違うのだが、パッと見た雰囲気はカマキリだ。特に前足がカマになっているところがまさにカマキリ。しかしどうやら羽はないようだ。他に目立つ特徴と言えば、口に鋭い歯がずらりと並んでいて不気味なことと、大きさが3メートルくらいあるということだ。
でかすぎんだろ……。
「魔物はいないんじゃなかったのか?」おれはテッサに訊ねた。
「だから魔物じゃないよ。この森に生息している普通の生き物」
「そんなのありかよ」
モンスターはまっすぐこちらに近づいて来る。
その姿はおれたちを襲う気満々という感じだ。
どう考えても、ヤバイ。
「おい、どうするんだ?」
焦っているおれに対して、テッサはのんきに言った。
「うーん。とりあえず、逃げてみようか?」
そして彼女は、おれを置いて走り始めた。
「って、おーい!」
おれは痛む体にムチを打ってテッサを追いかけた。
さらにそのあとをモンスターが追いかけてくる。
「なんで逃げるんだよ! 命を保証してくれるんじゃなかったのか!?」おれはテッサの背中に叫んだ。
「だって無駄な殺生はしたくないんだもん。逃げて済むのならそうしたいの」
「そいつは殊勝な心がけだ。おれも見習いたいね!」
「だったらもう少し速く走らないと、追いつかれちゃうよ?」
「にんげ……、もとい、ノイマーはそんなに速く走れねえんだよ!」
「船はもうすぐそこなんけど、あと少し頑張れないかな?」
「おれが食われるほうが早い!」
「やっぱりダメかあ」
そう言うと前を走っているテッサは急停止し、振り向いた。
そしてコートの下、腰のあたりから何かを取り出す。
その様子を見て、おれはホルスターから銃でも引き抜いたのかと思った。
だが、どうやら違ったらしい。
テッサが握りしめたものから飛び出したのは、青白い光の刃だった。
つまりそれは、光の剣。
ぶっちゃけて言えば、ライトなセーバーだった。
「!?」
それを見ておれの思考は一時停止する。
だが体は止まらない。
テッサの横を通り過ぎてから、おれは振り返った。
それとテッサがモンスターに襲われたのは、ほぼ同時だ。
巨大なカマがテッサに振り下ろされる。
そこから先は何が起きたのかわからない。
ただ一瞬光の軌跡が現れて、気がついたらモンスターのカマが切り落とされていた。
体の一部を切断されたモンスターは苦悶し、やがて背を向けて逃げて行く
テッサは追撃をせず、その頃にはもう光の剣を収めていた。
「いやあ、危なかったね」
テッサが振り向いて言った。
呆然としていたおれは、間を置いてようやく思考が追いついた。
「な、なんだその剣は!?」
「え? レイソードだけど……?」
「そんなもんがこの世界にはあるのか!?」
「うん。好んで使うのはオドの使い手だけだけれどね」
「オドの使い手?」
「それよりここにいたらまたクリーチャーに襲われるかもしれないし、とりあえず船まで行こう。ほら、向こうに森の開けた場所があるでしょう? そこに止めてあるから」
「あ、ああ……」
おれたちは再び森を歩き始めた。
そのあいだにおれの頭はぐるぐると回り、ひとつ回答を導き出す。
さっきはゲームとアニメがこの世界にあるのかと聞こうとしたが、それどころじゃない。
「質問の続きだけれど」とおれは言った。「さっきこの世界の一般的な武器は銃って言ったよな?」
「うん」
「それってもしかして、光線銃?」
「そうだよ。ブラスターって呼ばれているけどね」
「ということはだ……。テッサの船って、まさか――」
話している途中でおれたちは森の開けた場所へと出た。
目の前に現れた巨大なそれを見上げながら、おれは続きを呟く。
「まさか、宇宙船……?」
「答えはイエスだよ」
そこに着陸していたのは、おれが想像していた飛空艇とは似ても似つかぬものだった。
流線型のスマートなフォルムに、磨き上げられた美しい銀色の表面。飛行機のような大きな翼もプロペラもなく、素人目に見ても航空力学を無視したデザインをしている。もしかしたら反重力装置でも搭載しているのかもしれない。そう言われてもおれは納得してしまうだろう。
船は船でも、宇宙船。
空ではなく、
こんなものがあるだなんて。
つまりこの世界は――。
「SFじゃねえか!」おれは思わず叫んだ。
剣と魔法の世界で魔王や魔物相手に壮大な戦いを繰り広げたり、特別なスキルでウハウハな日常を過ごしたりする、そんな異世界ライフを夢見ていたのになんだこの世界は。
世界観どころかジャンルが違う。
なんという詐欺。
しかしよく考えてみれば、この世界がファンタジーじゃないといけない理由など、どこにもない。
異世界=ファンタジーだとおれが勝手に思い込んでいただけ。
別にそんな決まりなんてどこにもないのに、実際にそうじゃない作品もあるだろうに、おれは自分が見たり読んだりしてきた異世界ものだけで判断して、この世界もファンタジーだろうと最初から決めつけてしまっていたのだ。
ああ、固定観念の恐ろしさよ。
そしてこの瞬間、おれが想像していた夢の異世界ライフは、完全に崩れ去ったのであった。
「おかしな顔をしてどうしたの? わたしの船がそんなに変?」おれの表情を見てテッサが訊ねた。
「いや、そんなことはない」おれは苦笑しながら答える。「この船はすごいよ、うん。宇宙を飛べるなんてロマンがある」
「なんかさっきと反応が違う気がするけれど、まあいいや。早く乗ろう」
そう言いながらテッサが何やら操作すると、宇宙船の腹部が開いて搭乗するためのスロープが現れた。
それを上って船内に入ったおれはテッサの案内で操縦室に行き、そこにある席のひとつに座る。テッサは運転席に座り、スイッチを操作し始めた。
やがて船のエンジンが始動した。
回転数が上がっているのか、エンジン音が少しずつ高音になっていく。
それに同調するように、おれの沈んでいたテンションも上がってきた。
おれはテッサに聞いた。
「なあ、おれたちはこの船で冒険をするんだよな? そういうことをする職業ってこの世界ではなんて言うんだ?」
「スペースランナー」とテッサが言った。「銀河を駆け巡り、さまざまな依頼をこなしていく。それがわたしたちスペースランナーの仕事だよ」
「いいねえ、ロマンがある」
たしかにこの世界は、自分の思い描く異世界ではなかった。
でも、だからどうした。
その代わりにおれは、このSFな世界で宇宙を冒険できるのだ。
落ち込む要素なんてどこにもない。
この世界には、この世界のおもしろさがある。
だったらそれを、存分に楽しんでやろうじゃないか。
「それじゃあ、準備はいい?」
テッサが言った。
おれはにやりと笑って、答える。
「ああ、行こう!」
「発進!」
その瞬間、船が宙に浮かんだ。そのまま周囲の木々よりも高いところまで上昇する。そこからは本格的な飛行だ。角度を付けて船は大空を突き進んで行く。その動きからして本来なら体に相当な重力がかかりそうだが、不思議なことにまったく感じなかった。それどころか斜めになっているという感覚すらない。どうやら船内に何かしらの重力装置が働いているらしい。ほとんど揺れないし、これならコップに入った水もこぼれないだろう。
遥か下には自分たちがさっきまでいた森が広がり、上空に目をやれば大小ふたつの月が幻想的に浮かんでいた。
おれはかつてないほどテンションが上がり、ワクワクし始めた。
このまま宇宙に飛び立つんだ。
銀河を駆け巡るおれたちの冒険が、今始まる!
船内にアラームが響き渡ったのは、その時だった。
「な、なんだ? このアラームは?」
おれが疑問を投げつけると、テッサが言った。
「あー……。じつはね、タツル。あの森に着陸するために、船のレーザーキャノンでちょっとばかり木を焼き払ったんだよね」
「そう言えば不自然に森が開けているなとは思ったけれど、あれはテッサが人工的に作ったものだったのか。で、それがアラームとどう関係があるんだ?」
「それがね、レーザーキャノンを使ったせいで思ったよりもエネルギーがなくなっちゃったみたいなの」
テッサがそう言った瞬間エンジンの出力が低下し、船のスピードが落ち始めた。上空を向いていた機首も、徐々に下がって行く。
「それって、つまり……」
「エネルギー切れのため、今から不時着しまーす」
「うそだろ?」
テッサの宣言通り、おれたちの乗った船は下降を始めた。
それはさながら超上空からのジェットコースター。
その恐怖と理不尽な展開に、やはりおれは思わず叫ぶ。
「ここは素直に宇宙に行くところだろおおおおおおおおおおおお!?」
やはり世界は、おれが思い描く通りにはいってくれないらしい。
おれの悲痛な声を乗せて、船は異世界の空を超高速で落ちていった。
スペースランナー(試作版) 晴間あお @haremaao
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