臥榻の夢
下村りょう
臥榻の夢
「胡蝶の夢という話があるだろう。夢の中が現実か、はたまた現実の方が夢なのかという話だ。今ここで僕が病人のように扱われているのも、ひょっとしたら先ほどまで見ていたものと同じように、夢の一つなのかもしれない。僕が男なのか女なのか、病人なのかそうでないのか、無機物なのか人間なのか。そしてそれらの正しい方が夢なのか間違っている方が夢なのか、僕は確かめる術もないのだ。そう。僕の腹部にある重みが猫なのか知らない女なのか君なのかすら、僕は確認のしようがない。ところで、ここが現実だと仮定した場合、君はどうして寝たきり病人である僕に乗り上げているんだい? え、僕のことが好きだって? 困ったなあ。だって僕たち男同士だろう。僕の記憶では、ここは同性同士の交際は快く思われないはずだけれど……。そうだ! 目が覚めたら何方かが女になっているかもしれない。ちょっと僕の頬を抓ってみてくれよ」
そう言われて思わず彼の頬を摘もうとしたが、途中でその手を止めた。もし君の言う通りにしてしまえば、君はまた眠ってしまって、夢と現実の隙間で溺れてしまうのだと勘繰ってしまったからだ。そうしたら、君はもうここにはやってこれないかもしれない。
あれやこれやと考えているうちに、君は大きく欠伸をして、烏滸の沙汰にも目を瞑ってしまった。
頬をなぞり、首筋から根菜のように生えた胸郭の上に張る、百合のような真白な肌にキスをする。男は少し身を捩って、愛おしそうに声を洩らした。
僕は君のことを何も知らない。あの日君が目を閉じて、そして今日また開くまで、君が誰と出会い、何を経験したのか。今、君が誰を愛しているのか。ハンマーで叩けば割れてしまう脆い箱の中で再生されている映像すら、共に見ることは叶わないのだ。
君はどんな夢を見ているんだい。
臥榻の夢 下村りょう @Higuchi_Chikage
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