触らぬ棘に爛れなし

 綺麗な物には棘がある。

 刺さると痛い棘がある。

 自ら触っちゃいけないよ。

 離れて傍から眺めよう。


 人の心に棘が刺さる。

 心にぐさりと棘が刺さる。

 触れたらダメだとわかってて。

 触れなきゃならないときもある。

 

■■■□■■■


 回収依頼者がやってきた。

 どんな黒歴史をくれるのかな。


「カノジョと口論して別れる事になったので、二人で過ごした思い出を回収してもらいたい」


 多いなあこの手の依頼。もらえるのはありがたいんだけど、ボクとしては不可解だなあ。


「できれば、嬉しかった思い出は残しておきたいんですが」


 嬉しかったかどうかはボクに判断できないし、何より記憶の虫食いはだからできないよ。


「じゃあ…………全部でいいです」


 わかりました。

 ただし、戻す事はできませんのでくれぐれもご承知おきを。


「あっ、でも少しくらいは……」


 ――ぷつっ

 ――バクり


 はい、回収終わったよ。

 気分はどうだい?


「もう一度会って話し合えばよかった……」


 とっても未練がありそうだったから、特別にほんの少しだけ、綺麗に見えた部分だけ残してあげたよ。希望通りにね。

 上手く扱ってね。


 また回収してほしい黒歴史が見つかったら来てね。でも、本当に回収されてもいいのか良く考えてからにするのをお勧めするよ。


「会いたい……」


■■■□■□■


 彼にはもう、それが誰だか分かりません。

 けれども、とても美しく、とても愛おしい存在であるとだけ、強烈な印象となって心に棲み着いている感覚があるのです。


「会いたい会いたいアイタイイタイイタイ!!」


 棲み着いた美しいだけの想い出は、幾多の棘となって彼の心をひっきりなしに突き刺し続けています。


 当たり前にあるはずの空気を失い、呼吸困難になったかのように。

 当たり前にあった幸せを失い、一握りだけ残された愛おしさの感情に溺れていく。


「キエロオオオオオ!!」


 僅かに残っただけの想い出。

 しかし、彼が棲み着いたままでいるのを望んだ想い出が、彼の口先だけの思いでは消えることがありませんでした。


 叫び声に恐怖した周辺住人からの通報を受け駆けつけた警察により救急車が手配され、病院に担ぎ込まれた頃には。


 穿たれた痕も生々しい心の傷は、追い打ちを掛ける棘の刺激により爛れていき、もう修復できそうにないほど壊れていたのでした。


■□■□■□■


 今日も回収依頼者がやってきた。

 どんな黒歴史をくれるのかな。


「元カレが別れた直後から発狂しちゃったんですが、別れたのが原因かもしれないから、私の事を忘れさせてあげたら楽になるんじゃないかって思って相談しに来たんですけど」


 ごめんなさいね。本人がこの場に居ないと回収できないんだ。


「そうなんですか。でも、連れてくるのは難しい状態なんで諦めるしかないですか? それか、出張サービスとかしてないんですか?」


 してないよ。行くのって大変だし。

 それに、ここって一人ずつしか入ってこれないから、他の人を連れてくるのは出来ないと思うな。


「そしたら、なにかアドバイスいただけませんか?」


 ボクは回収やだからさ、回収することしか出来ないから。

 だから、こんなのはどうかな。


 二人で過ごした思い出を回収する、ってのは。


 ボク、得意なんだその手の回収は。多くの実績があるからね。


「そうね。いっそ、それが一番楽になれる方法なのかな」


 楽に、ね。うん、なれるんじゃないかな。


「考えてみたら、私がまた会いに行ったら余計に思い出して悪化しちゃうかもしれないし、会わないのが正解な気がしてきた。うん、じゃあお願いします」


 承認。じゃあ、いただくね。


「できたら……少しくらい残せますか?」


 ――ぷつっ

 ――バクり


□ E.A.T. □

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黒歴史†無料回収いたします サダめいと @sadameito

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