偶像は棄却しなきゃ

 甘い汁を吸いたいね。

 みんな誰もが吸いたいね。

 苦い薬は飲みたくないね。

 みんな誰もが飲みたくないね。


 表向きは甘い汁を吸っているだけに見える人も、裏では苦い薬を飲まされ続けているのかも知れないね。

 知りたくない現実だね。夢が壊れちゃうかも知れないからね。


■■■□■■■


 回収依頼者がやってきた。

 どんな黒歴史をくれるのかな。


「チャイドル時代の記憶を全部捨てたいんだけど」


 チャイドル、ね。久々に聞いた気がするよ。

 あ、もしかしたら君は子役で人気だった女優さんかな?


「過去形、やめてくれない? ……ま、そんなものよね世間の評価は。所詮は過去の人だもん」


 可愛い顔で拗ねられると罪悪感を感じちゃうな。子供をいじめてるみたいだ。


「そうよ、みんな子供扱いするの。童顔なのは仕方ないとしても、もう二十代半ばだってのに子供のイメージで見られるから女優として幅が広がらなくって」


 ごめん。ボクも子供っぽい人なんだろうなって思い込んでた。


「ううん、悪いのは私自身。昔の成功体験に囚われて、子供っぽい自分を見せようとしてるのは私の意志なの。大人の女優になりきれないのは私が子供から脱皮できていないだけ。だから、昔の自分を捨てて、まっさらな私になりたい」


 すごい覚悟があるみたいだね。過去の栄光を捨てられるなんて、なかなかないよ。

 普通はよっぽど嫌な体験でもなきゃ、そんな思いきれないもの。


「そうね……嫌な体験だってたくさんしたし。おかげで男性恐怖症になって、まともに恋愛も出来やしない」


 事務所との契約で恋愛は禁止されてるから、ってのじゃないの?


「ローティーンの子を騙してセクハラして成りたつ契約がある業界はなくなったほうが世のためだから」


 なんだかとっても業が深い契約社会みたいだね。

 わかったよ、もうこれ以上聞くのが怖いから回収作業を開始するよ。 

 でも注意してね。

 例えどんな輝かしい過去でも、回収したら二度と取り戻す事はできないのでくれぐれもご承知おきを。


「私は新人女優として生まれ変わって、キスシーンを要求されても吐かないようになるんだから! うっ……」


 ――ぷつっ

 ――バクり


 はい、回収終わったよ。

 気分はどうだい?


「うう……なんだろうこの吐き気は」


 想像しただけで吐き気を催しちゃうなんてよっぽどだったんだね。

 でももう大丈夫なんじゃないかな。

 キスシーン、したくなってきたでしょ?


「キス……売れっ子イケメン俳優と共演してキスして玉の輿!」


 うん、すっごくイキイキしてるね。

 もう大丈夫そうだ。


■■■□■□■


「本人の都合で恋愛NGだって聞いてたけど、いいの?」

「うん、ホテルへ連れてって」


 日本一キスシーンを演じたと言われる、公私ともにプレイボーイとして知られている俳優に身を預け、おねだりまでする大胆な行動。

 そんな男性恐怖症だったとはとても思えない変わり様によって、停滞していた女優活動は突如として目覚ましい活躍に転換していました。

 

 本人の体質により敬遠していたとされた俳優との絡みも積極的に行われ、かつての清純派アイドルが大人っぽい雰囲気を纏って乱れる姿のギャップが世間に受け、一躍時の人になっていきました。


 一方で、SNSでは事実無根で無責任な噂が流れます。


【あの子、ついにセクシー路線へ堕ちちゃったか】

【AV出演待ったなし!】

【失望したよ。昔買ってたIVや写真集、全部捨てよう】


 格好のスキャンダル題材として週刊誌に狙われる日々が到来するのは避けられませんでした。

 妻子のある俳優とのお泊りデートが報じられ、不倫騒動の渦中に身を置くまでわずか半年。

 輝かしく光を放つ女優時代は、半年で終わりを告げたのです。


■□■□■□■


 今日も回収依頼者がやってきた。

 どんな黒歴史をくれるのかな。


「汚れた芸歴を消して、普通の人として生きていきたい」


 半年前に見た時は幼く見えた顔だけど、すっかりやつれて老けてしまったように見えるよ。よっぽど苦労したんだね。


「そうよ、色んな俳優に生気を吸われたり性器から出されたりして、体も心もすっかりババアになっちゃったのよ」


 ババアだなんて、そこまで老けてはいないよ。

 だって、お婆さんじゃそんなに膨らんだお腹になってないでしょ。


「うん。だから私、産まれてくるこの子に普通の生活を送ってほしいから、普通の人として生きるって決めたの。私みたいな波乱万丈の人生とは縁を切ってみせる」


 覚悟を決めた顔だね。うん、わかったよ。

 これからは、いい人生を送ってね。


 ――ぷつっ

 ――バクり


□ E.A.T. □

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