第10話 虎が猫をかぶるがサイズが合わずにパッツパツ
男は最近帝都で流行りの礼服に身を包んでいた。宮廷服を少しカジュアルにデザインしたその礼服は、特に若い世代を中心に人気がある。
女は深い赤のドレスを着ている。大胆にカットされた胸元や大きく入ったスリット。しかし決して嫌らしさはなく
腕を組み夜の街を歩く着飾った二人。目の前には帝都一とも言われる五つ星ホテルがそびえる。目的はそのホテルの一階フロアの大半を締めている国営カジノであると、きっと二人を見た者は皆そう判断するだろう。が、二人は国営カジノの前を素通り。その脇道に入ると二本裏通りのとある建物の前で立ち止まる。一階は高級レストラン、二階にはパブが入っているその建物。一階の端には地下へと下る入口が、そしてその前を塞ぐ様に眼光鋭い屈強な二人の男が立っている。
女は微笑みながら二人の男の前に立つ。そして何やら一言二言話すと男達はスッと脇に避けた。女は礼服の男が前に進み出るのを待つと、再び腕を組み一緒に地下への階段を下りる。礼服の男は思った。
(怖っ! 何あのイカつい黒服……)
礼服の男はキョロキョロしながらドレスの女に尋ねる。
「何なんですかここ? 俺てっきり国営カジノに行くんだとばっかり……あの、姉御……ぐぉっ……!」
するとドレスの女はすかさず組んでいる腕で
「姉御って呼ぶな! このバカ新入りが! 今日のあたしは帝都で名のある商会の令嬢。セスティーンって名前で……いや、セスティ嬢って呼びな」
ハイアーはぷっと吹き出す。
「いや嬢って……ぐぼっ!」
再びセスティーンの
「お前はエスコート役で連れて来られた家の使用人だ。忘れんなよ、新入り!」
「階段でヒジは危ないっす、姉……セスティ嬢…………ぷっ……」
数日前、アステルに特別任務を言い渡されたセスティーン。バルムント刀剣の情報を
二人は階段を下り目の前の豪華なドアを開ける。するとそこには何ともアダルティで華やかな光景が広がっていた。
「ここ……カジノですか?」
「そうだ。違法な高レートで遊べる、いわゆる闇カジノってヤツさ」
「闇!? ぐへっ……!」
「声がデカいっつんだよ! こっち来な」
そう言うとセスティーンはハイアーを引っ張り、カジノフロアではなくその隣のラウンジへ向う。
(新入り、奥のテーブル見な)
小声で
(あ……あれ内務省の……偉いさん?)
そしてその向かいに座る男を見て驚いた。
(な!? 向かいのあれ……ドン・ゼッゴじゃないですか!?)
向かいの男はマフィアの頭目だった。そしてその隣のテーブルを見て更に驚く。
(なな!? 隣のあの人……キャバレー、ムーンゴッドの歌姫……レイティナですよ!? ななな!? レイティナの向い……不動産王のべスナック……すげ〜……)
(どうだ? いかにも色んな情報集まってそうだろ?)
二人が訪れたのは違法な高レートでのギャンブルを提供する闇カジノだった。国営カジノでは物足りないというギャンブラーや、各界の有名人がお忍びで集まる大人の社交場である。ハイアーにとっては全く縁のない別世界であった。
(姉……セスティ……嬢。今日はここで情報集めですか?)
(そうだ。ここ数日あちこち飲み屋を回ったがな、どういう訳かバルムントのバの字も話が出てこねぇ。だったらもっと深いトコに潜るしかねぇだろ?)
(はぁ、そういう事でしたか)
(じゃなきゃこんな着てんだかどうかも分かんねぇ様なヒラヒラで歩かねぇよ。見ろよ、こんなんちっと動いたらおっぱい出ちまうぞ?)
そう言いながらチラリと胸元を広げるセスティーン。ハイアーは思った。
(どうしよ……全然興味湧かん……)
ヒソヒソと話しながら二人はラウンジのカウンター席に座る。と、「久々だな、ここに来るって事は
「見ての通り盛況だ。で、何を探りに来た?」
「バルムント刀剣だ。何か知ってっか?」
「……高いぞ?」
「ハッ、だろうと思ってたよ。んじゃちっと稼ぐかねぇ。カモは?」
「うちの客をカモって言うな。だがまぁ……あのヒゲが丁度良い。ダイスの三番テーブルだ」
リネードはクイッと顔をカジノフロアへ向ける。リネードの視線の先にはゴテゴテの派手な礼服を着た口髭の男。ダイスの台でチップを賭けている。
「おぅおぅ、なるほど確かに、ありゃいかにも金持ちだ。しかし珍しいねぇ、アンタが指名するなんてさ。余程の悪党と見える。
「まだ言えねぇよ。だが金は持ってる、たっぷりな」
「へぇ〜。じゃあ引っ張り出そうかねぇ」
そう話すとセスティーンは立ち上がりハイアーの肩に手を置く。
「良いか新入り。騒がず
ポンポンとハイアーの肩を叩くと、セスティーンは静かに目を閉じ「ふぅぅ……」息を吐く。そして目を開けたその顔はまるで別人の様な優しい笑みを湛えていた。
「じゃあ行ってくるわね」
そう一言言い残しセスティーンはカジノフロアへと向かう。「いや、誰だアレ……」と
「猛獣丸出しじゃあ野郎は騙せねぇだろ? アイツ、見てくれだけは良いからな。で、何にする?」
注文を聞かれたハイアーは慌てて財布を取り出すと中を確認し「じゃあ、あの……一番安いの……」とボソリ。リネードは「ククク」と笑うと何やら高そうなボトルの栓を開け、グラスに注ぎハイアーの前に置いた。
「アンタ初めてだろ? 一杯目は奢ってやる。今後ともご
「あ、どうも……」
礼を言うとハイアーは酒を一口。そして驚いた。
(うまっ! これ絶対高いウイスキーだ……)
グラスを置くとハイアーは恐る恐るリネードに尋ねる。
「あの、姉御……セスティーンさんは……前からここに?」
「ああ。最近は
「え!? 隊長がですか?」
「そうだ。助けてやる代わりに衛兵になれってよ。最初聞いた時は笑ったぜ。あのセスティーンが役人かよってな。だがあの隊長、中々の
「はぁ〜、そんな事が……あの、このカジノ……高レートって聞いたんですけど……摘発とか……されないんですか?」
ハイアーの質問に一瞬きょとんとするリネード。しかしすぐに「ハッ!」と声を上げて笑った。
「摘発なんてあり得ねぇな、見ろよあのビップ達を。ここは絶対大丈夫だって確信があって
「……なるほど」
と答えつつもハイアーの眉間にはシワが寄る。帝都の暗部、その一部を垣間見てしまった。正義の手が及ばない場所、そういう所があるのだと知った。と、
「「「 おおぉ…… 」」」
にわかにカジノフロアからどよめく声が響いて来た。何事かとハイアーは立ち上がりカジノフロアを眺める。そして「なっ……!」と驚きの声を上げた。
「姉御、いつの間にあんな稼いだんだ……」
台に座るセスティーンの真ん前には大量のチップが山積みされている。リネードは「ハッ、相変わらず……」と呆れる様に呟く。
「ダブルダイス、あの女の得意なゲームだ」
「ダブルダイス?」
「何だアンタ、知らねぇのか? メジャーなゲームだぜ? ルールは簡単、ガキでも出来る。使うのは赤と白の八面ダイス二つだけ。だからダブルダイスだ。まず白を振る。次に振る赤の目が白の目より上か下かを当てるシンプルなゲームだ」
「へぇ〜。同じ目が出たら?」
「フロー。その局は流れる。賭けたチップはそのまま積み残し、次局へ持ち越しだ。プレイヤー全員の賭け目が同じで変更するヤツがいなかった場合もフローだ。
「なるほど……でもそれって、凄い運任せなゲームですよね? いや、ギャンブルだからそもそもそうなんだろうけど……」
「まぁその通りだな。駆け引きやテクニックなんて必要ねぇ。言ってみりゃあてめぇの持ってる運を木刀よろしくブン回しての殴り合い、ありゃそういう
◇◇◇
「強いですね、お嬢さん」
口髭の男はセスティーンの
「しかもお綺麗だ。天は二物を与え
(来やがったなぁ……)
内心シメシメとほくそ笑むセスティーン。しかし絶賛猫っかぶり中の彼女は完璧にセスティ嬢を演じる。
「あら、お上手ですわね。貴方も素敵よ? その立派なおヒゲ♡」
「ハハハ、貴女の様な方に褒められるとは光栄だ。
「面白そうね、刺激的だわ。おいくら分で勝負を?」
「そうですな……金貨百枚。
(百……足りるかぁ?)
セスティーンはディーラーに視線を移すと「ねぇ、このチップ換金したらおいくら分になるかしら」と尋ねる。ディーラーはチップを数え「そうですね……八十五枚かと……」と答えた。
(チッ……やっぱ足んねぇか)
セスティーンは再び口髭の男を見る。そして潤んだ瞳で「少しお待ち頂けるかしら?」と尋ねる。
「今日は家の使用人を付き合わせているの。お金を用意してくるわ。宜しくて?」
「勿論構わないさ。ではこちらで準備しておこう。ディーラー、そちらの台を使わせてもらう。彼女のチップも全て移して……」
◇◇◇
しゃなりしゃなりと、ラウンジで待つハイアーの下に戻ってくるセスティーン。そして静かにハイアーの隣に腰を下ろす。
「姉御、どうでした?」
ニコリと微笑むセスティーン。しっとりとした笑顔でハイアーを見つめると優しい口調で言った。
「新入り、ちっと足りねぇ。有り金全部出しな」
「……いや姉御。顔とセリフが合ってないです」
「しょうがねぇだろ。元の顔に戻しちまったらまた作んの大変なんだよ。とにかく四の五の言わずに金出しな」
渋々ハイアーは財布を開く。と、セスティーンはガバッとハイアーの財布に手を突っ込んだ。
「あ!? ちょっと姉御……!」
ハイアーから金をむしり取ったセスティーンは金貨の数を数える。しかしその数
「シケてんなお前、これしか持ってねぇのかよ。まぁ良いや、倍にして返してやんよ」
そう話すとセスティーンは再びしゃなりしゃなりとカジノフロアへ向け歩いてゆく。セスティーンの後ろ姿を見ながらハイアーは思った。
(……あんな笑顔のカツアゲないだろよ)
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