第9話 十分十フェチ
「そうですか、バルマーウルフにバルムント刀剣……なるほど確かに……厄介な案件ですわね」
アイシャはティーカップをテーブルに置くと右手を
「は。捜査が進めばいずれ店に踏み込む必要が出てまいります。しかし
「そうね、皇室
「は。根回しもなく下手に突つけば、陛下のご
「ええ。そんな店を
突然笑い出すアイシャ。アステルは不思議に思い呼び掛ける。
「殿下?」
「フフ、ごめんなさいアステル。貴方が何と呼ばれているか思い出してしまって……」
「はぁ……あの、それは一体……?」
「厄介事を呼び込む天才……フフフ」
「は……それに関しましては私としても、実に不本意な呼ばれ方だと……」
「ウフフ、冗談よアステル、ごめんなさいね。でも、良く話して下さいましたわ。少しばかり時間を頂けるかしら。バルムント刀剣の件は私の方で何とか致します」
「は。
「ええ、お願いするわ。で、それはそれとして……ねぇアステル。たまには私のお願いも聞いて頂けるかしら?」
ニッコリと微笑むアイシャ。瞬間、アステルの身体はまるで身構えるかの
(……きた)
アステルは日頃から難題があるとアイシャの
「は。私に出来る事であれば何なりと……」
「あら……あらあらあら。アステル、仰いましたわね?
ニッコニコのアイシャ。アステルは更に緊張する。
(いや……いやいやいや! 殿下は
「は……
「ええ。アステル、私と――」
〜〜〜
「それでは……本日はこれにて……」
「ええアステル、楽しみに待っているわ」
(うぐっ……)
フラフラと
「殿下……
「あらジャベット、何か問題あるかしら?」
「大ありでございます。これが陛下のお耳に届きでもしたら……」
「そうね、そうなったら大変ね。だから上手く隠してちょうだい」
「隠して済む話ではございません。何より警備上の問題が……」
「その話は終わり! それよりジャベット、お父様の今日のスケジュールを。それと
「はぁ……
「うん、よろしい」
◇◇◇
バタン!!
「ふぃ~、腹減った……」
南門詰所の奥、休憩室のドアが勢い良く閉められた。ズカズカと休憩室へ入ってきたセスティーンを呆れる様に眺めるミンティ。
「静かに開け閉め出来ないんですか? その内ドア壊れますよ」
「何言ってやがる、この程度で壊れる様なドアはドアじゃねぇよ」
「……全然意味分かんない」
呆れながらクイッとお茶を飲むミンティ。テーブルにはすでに食べ終えた昼食の跡がある。
「ん? 何だミンティ、もう食ったのか?」
「はい、私はもう戻りますよ」
「何だよ、もちっとゆっくりすりゃ良いのによ。真面目ちゃんだねぇ全く……」
ぶつぶつ言いながらセスティーンは休憩室の奥へ。壁際の棚には昼食の仕出し弁当が積まれている。
「さってと~、今日のお弁当なんだろな~……うおっ!?」
突然声を上げるセスティーン。視界に入ったのは部屋の隅の床に体育座りし、どんよりとした
「おいミンティ! 何だあのボロ
「あのボロ
ボロ雑巾の正体はファルエルだった。
「ハッ、懲りないねぇコイツも……まぁしょうがないさ、なんせコイツは▽□☆◇で▼○×%な筋金入りの△×□○野郎だからな」
聞くに耐えない言葉の連続。ミンティはため息混じりにセスティーンに問い掛ける。
「……セスティーン、あなた品ってもの持ってないんですか?」
「はぁ? そんなん母ちゃんの腹ん中に置いてきた」
「……お母様お気の毒」
「大体このコマシ野郎の何が良いんだか……コイツの前で嬉しがって股開く女の気が知れないね」
「もう……
「え?
「
「ありゃガチムキ過ぎんだろ、限度があるわ。確かにアイツらの筋肉は好きだけどな、でももっとシュッとしてて、でもってパキッと筋肉張ってる感じの方が……」
(
急激に興味を失うミンティ。グッとお茶を飲み干し席を立とうとするが、セスティーンはそんなミンティの前、テーブルの上にドカッと座り話を続ける。
「大体ミンティ、お前だってメガネフェチじゃねぇかよ」
「なっ!? わわ私は別に……眼鏡が好きという訳じゃ……」
「じゃあ運動オンチフェチだ。ドン臭さにキュンってなる、ってか? お~いライシン! ミンティがキュンキュンしてんぞぉ~!」
「ちょ……セスティーン!!」
「ハハハハハッ! さてと、くだらねぇ話してる場合じゃねぇよ。さっさと飯食って……うおっ!?」
再び声を上げるセスティーン。見ると部屋の隅にはどんよりとした
(おい、も一個いたぞ! あっちのボロ雑巾は何なんだ!?)
(そっちのボロ雑巾はついさっき宮殿から帰って来て、恐らくアイシャ殿下にやり込められてきたであろうボロ雑巾です)
二枚目のボロ雑巾の正体はアステルだった。
(ああ、そういう……あの様子じゃあ相当な事要求されてきたんじゃねぇか? しかし殿下の趣味も分かんねぇな、あんなおっさんのどこが良いんだか……)
(あら、知りませんかセスティーン、殿下の噂)
(噂ぁ?)
(殿下、匂いフェチなんじゃないかって)
(匂いフェチィ? んじゃ何か? アイシャ殿下は隊長の加齢臭に心ときめいちまってるってのか?)
(さぁ……あくまで噂です。人の趣味なんて
「……加齢臭など出ておらんわ」
「うおっ!? 何だ隊長、意識あったのか……」
突然の声に驚くセスティーン。アステルはゆっくりと起き上がる。
「セスティーン、昼飯食ったら今日はもう上がって良いぞ。ファルエル、お前もだ」
予期せぬ言葉にキョトンとするセスティーン。ファルエルもピクリと反応する。
「その代わり明日から
アステルのその言葉にセスティーンはニヤリとする。
「へぇ、そういう事ですか。久し振りだな、
「バルムント刀剣だ。あの店に関するあらゆる情報を
「了解でありまっす!」
ビッと敬礼するセスティーン。そしてミンティを見ながら「へっへぇ~、タダ酒ゲットだぜ」と笑う。「はいはい、良かったですね」とあしらうミンティ。すると部屋の隅で
「隊長……ひょっとして、傷心の俺を気遣って……?」
「いや、お前の傷心は大抵お前の自業自得だ。特に気は遣っていない」
「…………」
無言のファルエル。返す言葉がない。「こほん」と咳払いをして気を取り直すと何やらぶつぶつ話し出す。
「まぁでも、経費ジャブジャブ使って女抱ける上に、勤務扱いだから給料も出るし……」
うわぁ……という顔のセスティーンとミンティ。
「おいミンティ、自慢の剣でコイツのアレ、切り落としちまえよ。そうすりゃ帝都の治安維持に貢献出来んぞ。勲章もんの働きだ」
「嫌ですよ。私の大事な剣に変な病気でもうつったらどうするんですか」
「何とでも言うが良いさ。俺はもう
そう声を張り上げるとファルエルは弁当を手に取る。そしてテーブルに着いてガツガツと食べ始めた。
「
「セスティーン。やっぱりアレ、切り落としましょう。任せますよ、さ、スパッとやっちゃって下さい」
「えぇ?
すると休憩室のドアが開く。「ふぅ、お腹空いた……」と呟きながら入ったきたのはマリアンヌだ。彼女を見るやファルエルは爽やかに声を掛ける。
「いやぁマリアンヌ、今日も変わらずキュートだねぇ。どうだい今夜辺り、素敵な夜を過ごさないか?」
「アハハハ、ムリ。だってファルってぇ、▲◇*▼だし」
マリアンヌの返答に「うぉ……」と絶句するセスティーン。ミンティに至っては衝撃でフリーズしている。
「は……はは、ははははは、は……はは…………」
ひきつった笑顔で
「二人とも、もうお昼食べたの~? 今日のお弁当何だった?」
と、フリフリ歩きながら弁当を取りにゆく。
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