第9話 十分十フェチ

「そうですか、バルマーウルフにバルムント刀剣……なるほど確かに……厄介な案件ですわね」


 アイシャはティーカップをテーブルに置くと右手をほおに当て考え込む仕草を見せる。


「は。捜査が進めばいずれ店に踏み込む必要が出てまいります。しかし如何いかせんバルムント刀剣は……」


「そうね、皇室御用達ごようたし。しかもお父様……陛下のお気に入りのお店」


「は。根回しもなく下手に突つけば、陛下のご勘気かんきたまわるやも知れません。しかし本当にバルムント刀剣が関与しているのであれば……」


「ええ。そんな店を贔屓ひいきにしていたのかと、世の批判の矛先が皇室に向けられる可能性がありますわね。それにベール王国との関係も更に複雑になりかねない…………フフフ……」


 突然笑い出すアイシャ。アステルは不思議に思い呼び掛ける。


「殿下?」


「フフ、ごめんなさいアステル。貴方が何と呼ばれているか思い出してしまって……」


「はぁ……あの、それは一体……?」


「厄介事を呼び込む天才……フフフ」


「は……それに関しましては私としても、実に不本意な呼ばれ方だと……」


「ウフフ、冗談よアステル、ごめんなさいね。でも、良く話して下さいましたわ。少しばかり時間を頂けるかしら。バルムント刀剣の件は私の方で何とか致します」


「は。しからば我らは現状出来る範囲で捜査を進めてまいります」


「ええ、お願いするわ。で、それはそれとして……ねぇアステル。たまには私のお願いも聞いて頂けるかしら?」


 ニッコリと微笑むアイシャ。瞬間、アステルの身体はまるで身構えるかのごとくグッと硬くなる。無意識に防御本能が働いたのだ。


(……きた)


 アステルは日頃から難題があるとアイシャのもとおもむき、問題解決の為の協力をあおいでいた。使えるものは何でも使う、がモットーのアステルである。相手が皇族であろうとそのスタンスは揺るがない。が、先刻せんこくアイシャが話していた通り今までのツケが大いに溜まっているのだ。そろそろアイシャのご機嫌を取らなければいけない時期である。


「は。私に出来る事であれば何なりと……」


「あら……あらあらあら。アステル、仰いましたわね? 言質げんち、頂きましたわよ?」


 ニッコニコのアイシャ。アステルは更に緊張する。


(いや……いやいやいや! 殿下は聡明そうめいなお方だ、ご自身のお立場というものを良くご理解されている。無理難題を吹っ掛けてくるはずがない)


「は……しからば殿下、その……お望みとは?」


「ええ。アステル、私と――」



 〜〜〜



「それでは……本日はこれにて……」


「ええアステル、楽しみに待っているわ」


(うぐっ……)


 フラフラと東屋あずまやを離れるアステルを笑顔で見送るアイシャ。そんな二人のやり取りを終始無言で聞いていた執事の男はたまらずアイシャに声を掛けた。


「殿下……よろしいのですか、あの様な事……」


「あらジャベット、何か問題あるかしら?」


「大ありでございます。これが陛下のお耳に届きでもしたら……」


「そうね、そうなったら大変ね。だから上手く隠してちょうだい」


「隠して済む話ではございません。何より警備上の問題が……」


「その話は終わり! それよりジャベット、お父様の今日のスケジュールを。それと三卿さんきょうのどなたか、宮殿にいらっしゃらないかしら? 出来れば軍務きょうが良いわね……」


「はぁ……かしこまりました、調べてまいります……」


「うん、よろしい」



 ◇◇◇



 バタン!!


「ふぃ~、腹減った……」


 南門詰所の奥、休憩室のドアが勢い良く閉められた。ズカズカと休憩室へ入ってきたセスティーンを呆れる様に眺めるミンティ。


「静かに開け閉め出来ないんですか? その内ドア壊れますよ」


「何言ってやがる、この程度で壊れる様なドアはドアじゃねぇよ」


「……全然意味分かんない」


 呆れながらクイッとお茶を飲むミンティ。テーブルにはすでに食べ終えた昼食の跡がある。


「ん? 何だミンティ、もう食ったのか?」


「はい、私はもう戻りますよ」


「何だよ、もちっとゆっくりすりゃ良いのによ。真面目ちゃんだねぇ全く……」


 ぶつぶつ言いながらセスティーンは休憩室の奥へ。壁際の棚には昼食の仕出し弁当が積まれている。


「さってと~、今日のお弁当なんだろな~……うおっ!?」


 突然声を上げるセスティーン。視界に入ったのは部屋の隅の床に体育座りし、どんよりとした瘴気しょうきを漂わせながら項垂うなだれる人影。セスティーンは慌ててミンティに駆け寄る。


「おいミンティ! 何だあのボロ雑巾ぞうきん……?」


「あのボロ雑巾ぞうきんはついさっき詰所の前でキレイな女の人に、この△×□○野郎、ってののられてフラらてたボロ雑巾です」


 ボロ雑巾の正体はファルエルだった。


「ハッ、懲りないねぇコイツも……まぁしょうがないさ、なんせコイツは▽□☆◇で▼○×%な筋金入りの△×□○野郎だからな」


 聞くに耐えない言葉の連続。ミンティはため息混じりにセスティーンに問い掛ける。


「……セスティーン、あなた品ってもの持ってないんですか?」


「はぁ? そんなん母ちゃんの腹ん中に置いてきた」


「……お母様お気の毒」


「大体このコマシ野郎の何が良いんだか……コイツの前で嬉しがって股開く女の気が知れないね」


「もう……本当ほんと下品……まぁたで食う虫も何とか、って言いますし、人の好みなんてそれぞれですよ。セスティーンだって筋肉好きじゃないですか。もうブロボロさんのどちらかと一緒になれば良いんじゃないですか?」


「え? だよあんな筋肉ダルマ」


だよって……だってセスティーン、ガチムキ大好きでしょう?」


「ありゃガチムキ過ぎんだろ、限度があるわ。確かにアイツらの筋肉は好きだけどな、でももっとシュッとしてて、でもってパキッと筋肉張ってる感じの方が……」


面倒めんどくさ……)


 急激に興味を失うミンティ。グッとお茶を飲み干し席を立とうとするが、セスティーンはそんなミンティの前、テーブルの上にドカッと座り話を続ける。


「大体ミンティ、お前だってメガネフェチじゃねぇかよ」


「なっ!? わわ私は別に……眼鏡が好きという訳じゃ……」


「じゃあ運動オンチフェチだ。ドン臭さにキュンってなる、ってか? お~いライシン! ミンティがキュンキュンしてんぞぉ~!」


「ちょ……セスティーン!!」


「ハハハハハッ! さてと、くだらねぇ話してる場合じゃねぇよ。さっさと飯食って……うおっ!?」


 再び声を上げるセスティーン。見ると部屋の隅にはどんよりとした瘴気しょうきを漂わせながら、テーブルに突っ伏しているボロ雑巾がもう一枚。セスティーンはミンティに小声で問い掛ける。


(おい、も一個いたぞ! あっちのボロ雑巾は何なんだ!?)


(そっちのボロ雑巾はついさっき宮殿から帰って来て、恐らくアイシャ殿下にやり込められてきたであろうボロ雑巾です)


 二枚目のボロ雑巾の正体はアステルだった。


(ああ、そういう……あの様子じゃあ相当な事要求されてきたんじゃねぇか? しかし殿下の趣味も分かんねぇな、あんなおっさんのどこが良いんだか……)


(あら、知りませんかセスティーン、殿下の噂)


(噂ぁ?)


(殿下、匂いフェチなんじゃないかって)


(匂いフェチィ? んじゃ何か? アイシャ殿下は隊長の加齢臭に心ときめいちまってるってのか?)


(さぁ……あくまで噂です。人の趣味なんて本当ほんとそれぞれで……)


「……加齢臭など出ておらんわ」


「うおっ!? 何だ隊長、意識あったのか……」


 突然の声に驚くセスティーン。アステルはゆっくりと起き上がる。


「セスティーン、昼飯食ったら今日はもう上がって良いぞ。ファルエル、お前もだ」


 予期せぬ言葉にキョトンとするセスティーン。ファルエルもピクリと反応する。


「その代わり明日からしばらく夜勤に入ってくれ。特任とくにんだ」


 アステルのその言葉にセスティーンはニヤリとする。


「へぇ、そういう事ですか。久し振りだな、特別任務・・・・。んで、何を調べりゃ良いんです?」


「バルムント刀剣だ。あの店に関するあらゆる情報をあさってくれ、表も裏もな。例によって法に触れさえしなければ手段は問わない。まぁ多少かする・・・くらいなら目はつぶる。金もすでに用意してある、あとでライシンから貰え」


「了解でありまっす!」


 ビッと敬礼するセスティーン。そしてミンティを見ながら「へっへぇ~、タダ酒ゲットだぜ」と笑う。「はいはい、良かったですね」とあしらうミンティ。すると部屋の隅で項垂うなだれていたボロ雑巾一号が「お……おおお……」とうなりながらゆっくりと立ち上がる。


「隊長……ひょっとして、傷心の俺を気遣って……?」


「いや、お前の傷心は大抵お前の自業自得だ。特に気は遣っていない」


「…………」


 無言のファルエル。返す言葉がない。「こほん」と咳払いをして気を取り直すと何やらぶつぶつ話し出す。


「まぁでも、経費ジャブジャブ使って女抱ける上に、勤務扱いだから給料も出るし……」


 うわぁ……という顔のセスティーンとミンティ。


「おいミンティ、自慢の剣でコイツのアレ、切り落としちまえよ。そうすりゃ帝都の治安維持に貢献出来んぞ。勲章もんの働きだ」


「嫌ですよ。私の大事な剣に変な病気でもうつったらどうするんですか」


 辛辣しんらつな二人の会話が耳に入ったファルエル。しかし「フ……フフフフ……」と笑い出す。


「何とでも言うが良いさ。俺はもう項垂うなだれたりしない、あぁ素晴らしき特任とくにん!!」


 そう声を張り上げるとファルエルは弁当を手に取る。そしてテーブルに着いてガツガツと食べ始めた。


面倒めんど臭ぇ……ボロ雑巾復活しちまった」


「セスティーン。やっぱりアレ、切り落としましょう。任せますよ、さ、スパッとやっちゃって下さい」


「えぇ? だよ、んな汚ねぇもん……」


 すると休憩室のドアが開く。「ふぅ、お腹空いた……」と呟きながら入ったきたのはマリアンヌだ。彼女を見るやファルエルは爽やかに声を掛ける。


「いやぁマリアンヌ、今日も変わらずキュートだねぇ。どうだい今夜辺り、素敵な夜を過ごさないか?」


「アハハハ、ムリ。だってファルってぇ、▲◇*▼だし」


 マリアンヌの返答に「うぉ……」と絶句するセスティーン。ミンティに至っては衝撃でフリーズしている。


「は……はは、ははははは、は……はは…………」


 ひきつった笑顔でかろうじて笑い声を上げるファルエル。しかし徐々に下を向き、表情を失い再び項垂うなだれた。戦慄せんりつを覚えたセスティーンは「すげぇなあの女……笑顔でなた振り下ろしやがった……」と呟く。ミンティは「はい、さすが拷問官、何かもう……マリアンヌ素敵……」と大いに感心する。だが当のマリアンヌは涼しい顔。


「二人とも、もうお昼食べたの~? 今日のお弁当何だった?」


 と、フリフリ歩きながら弁当を取りにゆく。

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