第2話 涼宮ハルヒという女。

 ハルヒには舐めることすら酷な、辛酸と苦汁混ぜて、わざわ煮え湯にしたものをこの高校生活で飲まされ続けてきた。

 彼女の奇行を知らぬご両親を除いて、おそらく一番長い付き合いである俺から見た彼女への総評は、『狂人の真似とて大路を走らば即ち狂人なり』だ。

 俺が幾度となく隣で辟易と見てきた他所様へ体裁を繕う姿は、処世術と言えば聞こえはいいが、彼女が唾棄する凡人の見本とも言える本質であり、大衆への迎合は彼女の根本にある矛盾だ。

 だからこそSOS団はいると言ってもいい。

 宇宙人。未来人。超能力者。そして一般人を有するSOS団は、彼女の内包する悩みを顕在化したものである。幾度となく迎えた世界の危機を俺たちはハルヒに気づかれることなく解決してきた。

 なので、唯一無二とも言える経験をさせてもらったのも事実に違いなく、恨み節をいえど心の底から憎んでいるわけではない。

「よう」

 やる気、元気、活気のない。だからといって陰気でもない、我ながら気の抜けた挨拶をすると、ハルヒの顔は一層険しくなった。

「あんた二週間も経って未だに、講習の開始時間も知らないの?それとも夢遊のへきでもあるのかしら」

「勉強するつもりで朝早く来ちゃ悪いか」

「嘘ね。自習室でも教室でも、あんたみたいなやる気のない顔こんな時間に見たことないもの」

「今日からやる気を起こしたかもしれないだろうが」

「なんのきっかけもなく勉強への意欲を示すような殊勝な人間なら以前から努力してるわよ」

 そんなことないだろ。ときっかけらしい事ないか昨日の記憶を巡らせたが、昨日は特筆するべき事項はない1日だった。

 ハルヒは短くため息をつく。

「どうせ部室かどっかで寝て時間潰すつもりだったんでしょ」

 バレてたか。

「別にどうでもいいけど。あんただけA大に受からなくても知らないから」

 普段叱責されれば、梃子でも動かぬ気持ちでいても、いざ突き放されるような言動をされると袖に縋りつきたくなる。情けない。

「古泉くんは指定校推薦でほぼ間違いないし、有希なんて学力的に必要ないのにAO入試まで申し込んでるんだからね。大学でもSOS団を作ろうって先にみくるちゃんも行ってるんだからね」

「俺だって、夏までの間にDからCまで判定を上げただろ」

 ついつい反論してしまった。

 昔取った杵柄を拠り所に逆ギレする姿は、酷く恥ずかしい。その名分に実の無い分余計だ。

「ま、あんたにしては頑張っていたかもね。でもだらけるのはまだ早いわよ」

「俺はお前のような完璧超人とは違うんだよ」

 ついた悪態をなかなか正せない。

「それに体育会系の連中もこの間引退して最近やっと勉強を始めたなんてやつらばっかりだ。一学期のアドバンテージ分は遊んでも罰は当たらないと思うね」

 ハルヒは、またもや短くため息をついた。だが先ほどよりも呆れた顔をしてる。

「逃げね」

「逃げることの何が悪いんだ」

 ハルヒは答えなかった。スクールカバンからイヤホンを取り出して英単語の暗記を始める。そのまま会話はなく下駄箱について部室棟に向かおうとする俺を侮蔑を含んだ一瞥をくれただけで、二階へと上がっていった。

 今日は朝自分で勉強するための教材はもってきてないしな。復習は昨日の夜に終わらせてる。予習をするのは俺の流儀じゃない。まあ元々は寝る予定で今日は動いていたんだ。わざわざ変えることもあるまい。

 そう言い訳をしながら部室に着いて、こもった熱気を逃がすために窓を開けた。中庭を微妙に伸びた坊主の集団が『昨日英単語を何個覚えたか』なんて話を楽しそうに問題を出し合ったりして話してるのが聞こえて、なんとなく今日やるだろう問題集の問題を解くことにした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

涼宮ハルヒの当惑 常二常二 @tsunenijoji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ