涼宮ハルヒの当惑

常二常二

第1話 受験生としての日々

 受験生にとって高校三年生の夏は天王山だ、と語ったのは確か歴史に興味がなさそうな英語の担任だった。ここ北高において、受験生の時分に勉強しないものは人に非ざるとばかりに脅しをかける各教科担任や学級指導の先生にあてられた生徒が熱心に勉学へ励む姿は、もはや猛者の集う梁山泊に他ならない。例年より猛暑日の多い八月の早朝、そんな勉学に取りつかれた妖怪の巣窟へと続く長い坂道を上る俺の気持ちは、修験僧そのものだった。霊験あらたかである。

 鏡面する湖の波の如き学習意欲を持つ俺が、わざわざジュブナイルの代名詞たる高校生の夏休みに登校してるのか。理由としては二つある。

 一つは単純明快。夏季講習だ。補修ではない。

 進学校とは、ブラック企業のマイナーチェンジなのでは無いかというのが持論だ。

 自身のためだとやりがい搾取したり、人生の先輩めいてこのままじゃ社会じゃ失敗するなどと曰う教師どもは、言わずもがな。

 週三休すら叫ばれる昨今で午前授業とはいえ土曜日登校があり、希望制という体をとりながら不参加であれば内申点に多大な影響を与える各種類の講習なぞは、いわばサービス残業、休日出勤と言ってもいい。

 義務には権利をと、モラトリアムを追求したいところであるが、高校二年間の債務不履行がたたり、これ以上の先送りは就職という名の決済が早まるだけだと大人しく従うことにしている。

 もう片方については、まず念頭に夏期講習の開始は8時45分。今は7時前というタイムラグを置いてもらおう。

 それは母神のような母の愛とでも言おうか。母神は母神でも鬼子母神だが。

 二年から三年に上がる春休みまで、妹が担っていた俺を起こす役目を、母が代わりにするようになった。

 いや、"起こす"というのは少々語弊があるな。

 むしろ母が部屋に来る七時までに起床し、声をかけられる前に勉強をしている姿勢を取らなければならない。

 さもなくば、都度都度机に向かっているかを確認される事になる。

 実際今年のGWまではおはようからおやすみまで見守られていた。とんだライオンだ。ゆりかごから面倒を見られて、墓場まで見守られるのは親不孝者にしかならないので、ほどほどに親離れしたいところであるが、親にとって子供はいつまでも子供なのだと諦めた。

 諦めはしたが、素直に受け入れるのも反抗期中の息子としては腑に落ちない。

 なので監視の目の光る家ではなく、夏休み期間中も勤勉な受験生のために開かれている自習室を利用するという名目を用いて、部室にて足りない睡眠を補うのだ。睡眠不足は脳の萎縮につながるからな。

「あんた、何してんの?」

 生まれた直後は玉のようだと形容された俺も、十余年幾何か過ぎ玉のような汗をかく姿は、ただの路肩の石に違いない。

 そんな俺に声をかけるような人間で、親兄弟を除いた、女性。しかも綺麗な声で口の悪い女は俺の周りに一人しかいない。

 涼宮ハルヒ。その人だ。

 

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