気分は『カサブランカ』
冷門 風之助
VOL.1
『で?出発は
『五日後、午後六時に横浜から貨物船だ』
俺の問いに、彼はぼそりと答えた。
彼の名前は・・・・いや、それは控えて置こう。
幾ら罪を償ってきたからって、一応前科持ちだからな。
その位の配慮はしてやってもいいだろう。
でも名前がないと不都合かな。
なら仮に
叶が俺・・・
風は冷たかったが、陽射しはたっぷり、それだけで暖房を入れなくっても、狭い俺の
最初に俺が彼と知り合った頃、こっちは陸自を退職し、私立探偵社に入った駆け出しで、彼はと言えば『その筋の組織』の大幹部・・・・いや、事実上のトップだった。
仕事で知り合った訳じゃない。
馴染みのバァが同じで、時々席を隣り合わせて呑んだにすぎないという、ただそれだけの付き合いだ。
叶が所属していた組織というのは、兎に角『暴力沙汰なら何でもござれ』という連中の集まりだった。
『人に言えない事なら何でもやってのける』って訳だ。
取り柄があるとすれば、
『麻薬に手を出さない』
『
だけだった。
どこの大組織にも属さず、やりたい放題。その結果、あっちと睨み合い、こっちと
血で血を洗うやりとりを果てしなく続けた結果、仲間達は或る者は
挙句は彼自身もお縄になり、仮釈放無しの懲役十五年(それで収まっただけ、ましというものだが)を実刑でくらい、塀の中へ落ちる羽目になった。
その間に当然組織は自然消滅。その後音信が絶えた。
それがつい昨年のこと、満期で出所した。
そうして
『弁護士に聞いたんだ』と、俺に電話を寄越し、事務所にやってきた。
久しぶりに顔を合わせた叶は、昔の鋭さはすっかり消え、人の好さそうな、穏やかな中高年になっていた。
今はムショで世話になった教誨師の紹介で、ある建設会社で土木作業員として働いているという。
彼は
そのまま時が過ぎ、天然のランプと、暖かい温度を供給してくれていた太陽が
『やっぱり無理だ。
うなるような言葉を発した。
そんなわけで、俺達は馴染みのバァの止り木に、二人そろってケツを並べ、バーボンのグラスを前に置いた。
『あんたに仕事を頼みたい』
何杯目かを干した後で、彼は唐突にそう言った。
『
『分かってるよ。分かってるさ。反社会的組織に所属している者からの依頼、或いは犯罪を援助するような依頼は、これを受けてはならない・・・・ってんだろ?何年クサい飯を喰ってたと思うんだ?法律の本なんざ、穴のあくほど読んださ』
『それが分かってるなら、答えは簡単だろう?』
『でも、俺は今まったく組織とは関係がねぇ。そりゃすっカタギとは言えないかもしれんが、真面目に働いている。それに今回頼みたいってのは、犯罪や元の組織とはまるで関係がない。ある女に会いたい。それだけの話だよ』
俺はため息をつき、バーテンに何杯目かのお代わりを頼んだ。
『まあ、話を聞くぐらいならいいだろう。引き受けるかどうかはそれからだ。いいかな?』
奴はそれでいいと答え、俺と同じように何杯目かを頼んだ。
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