VOL.4

俺は東京に戻ってすぐ、あちこちに電話を掛ける。


『もしもし、ああ、俺だ。乾だ。済まんがちょっと頼まれてくれないか?勿論ギャラはぜ。どっちにしろ経費で落ちるんだ。・・・・いや、こっちのことだ。何でもない。やって貰いたいのはヘアとメイクの方だ。じゃ、頼むぜ』


これで一件。


『俺だ。乾だよ。久しぶりだな。頼みがあるんだ。勿論出すもんは出すさ。じゃ、頼むぜ』


 これでまた一件。


 最後にもう一件。


『もしもし、ああ、私です。こちらの準備は整いました。それじゃ、三日後に東京の、前に申し上げた場所でお待ちしていますから』


 これでとりあえず支度は整った。


 しかし、電話が苦手な俺にとって、一日にこれだけ集中してあっちこっちにかけたのは、少なくとも今年に入ってから初めてだ。


 何だかくたびれた。


 つくづく俺はハイテクに弱い。




 三日後、俺は横浜港に居た。


 昨日まで、冷たい雨が降りしきり、おまけに霧で1メートルくらい手前の人間の顔が、やっと見えるくらいという有様だった。


 その貨物船は、何故か在日米陸軍地区の瑞穂桟橋に停泊している。


 と、こう書けば、穿うがち好きのご諸兄のことだ。


(ああ、なるほど)なんて思うだろう?


 俺も同じことを考えていた。


 米軍の警備を専門に受け持っている日本人警備員やMPも、ひどくあっさりとジョージの運転する’70年型のくすんだブルーのリンカーン・コンチネンタルを、何も言わずに通してくれた。


 港の突堤に、サンドバッグのお化けみたいなデニムのバッグを足元に置いて、叶は俺達を待っていた。


 オリーブ色の作業ズボンに、ピカピカに磨き上げた軍用ミリタリーブーツ。

 それに皮ジャンパーという、何だか遠い昔、映画の中で見かけたようなスタイルをしていた。


『すまん、少し遅れたかな?』


『構わんさ、この霧だろ?出港が1時間延びたんだ』


 彼は苦笑いを浮かべ、髭だらけの口にラッキーストライクを咥え、ジッポーを鳴らした。

 右手に巻いた包帯に少し血がにじんでいる。


『どうしたんだ?』


『どんなに避けようと思っても、敵は湧いて出て来るものさ』彼は煙草の煙を吐き出し、苦笑いをして見せた。


『本当に約束を守ってくれたのか?』


 彼の言葉に、俺は後ろを振り返り、指を鳴らした。


 と、車がゆっくりと、こちらに向けて進み、俺達から3メートルほど離れて停車した。


 後部座席のドアが開き、赤いハイヒールを履いた、すらりとした足がコンクリートの上に降りた。


 グレーのトレンチコートに、紫に白い花を散らしたネッカチーフを被り、サングラスをかけた女がこちらに向かって歩いてきた。


『あんたは・・・・益美さん』

 

”彼女”は、俺の側を通り過ぎると、叶に近づき、無言でゆっくりと頭を下げ

『お久しぶりです。叶さん・・・・いえ、大作さん』


 幾分ハスキーな声で頭を下げた。


『よかった・・・・最後に会うことが出来て』


『私もです。どうか、お気をつけて』


 手袋を外し、そっと手を差し出す。


 叶は血の滲んだ包帯の右手で、その手を包むように握り返した。


 そうして、ちらり、と俺の方に目線を送った。


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