VOL.5

 彼女はもう一度深々と頭を下げ、踵を返すと、ハイヒールの音を立てて、リンカーンのところまで帰っていった。


『・・・・ありがとよ・・・・』


 叶はジャンパーのポケットを探り、太いゴムバンドで束ねた札を二つに分けてつかみ出し、俺に渡した。


『すこし増してある。あれだけの準備をするのに、さぞ金がかかったろ?』


 俺は改めて叶の顔を見た。


『気が付いたか』流石に俺の誤魔化しも、奴には通じなかったようである。


はばかりながら、これでも組織の天辺を預かってた身の上だ。人を見る目がなくちゃ務まらんさ』


『やっぱり俺はウソが下手だな。仕方ない。本当の事を話そう。日比野益美はもうこの世の人間じゃない。今から二年前に亡くなってる。突発性の肝臓がんだったそうだ。発見された時にはもう手遅れで、わずか半年で天に召された。』


『・・・・』


 彼はラッキー・ストライクを一本吸い終えて、突堤から海に吸い殻を投げ込んだ。


 霧の中に放物線を描いて赤い光が飛び、鈍い音を立てて海の中に消える。


『しかしお前さんはもう二度と日本には戻らないという。それなら少しくらいのウソだって神様も目こぼししてくれるだろう・・・・そう思ってさ。』


 幸か不幸か、益美の姪にあたる良子よしこという女性が、彼女そっくりだった。俺はそれに目をつけて、彼女に扮装をして貰ったって訳だ。


 叶は二本目の煙草に火を点け、俺に渡す。


 何も言わずに俺は受け取り、口に咥え、煙を胸まで喫い込み、霧に向かって思い切り吐いた。


『・・・・手間をかけたな。いい思い出が出来たよ。有難う』


 彼はぼそりと呟くように言う。


 同時に突堤の先に停まっていた貨物船が大きな霧笛を鳴らした。


『じゃ、あばよ』


 彼は踵を巡らし、そのまま船に向かって歩いてゆく。


 彼の後ろ姿が霧の中に消えて行くまで俺は煙草を咥え、そのまま立っていた。


 久しぶりに喫い込んだ煙は、やはり堪える。


 少しばかり眩暈めまいがした。


 また船の霧笛が高く鳴った。


 俺は片手でラッキーストライクを摘み、海に放り込んだ。


『あれでよかったんでしょうか?』


 バックシートに座っていた女性・・・・益美の姪の良子が、心配そうな声を出した。


『良くなかった・・・・といったらウソになる。俺は本来ウソは嫌いなんでね』


 そういってシナモンスティックを取り出し、口に咥えた。

 

 女々しいと言われようが、やはり今じゃ煙草よりこっちの方が合ってる。


『出すぜ』


 ジョージが呟くように言った。

 一旦バックし、車は大きくUターンし、元来た道を引き返す。


 遠くの方で、三度目の霧笛が響いた。


                                 終り


*)この物語はフィクションです。登場する人物その他全ては作者の想像の産物であります。



 







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

気分は『カサブランカ』 冷門 風之助  @yamato2673nippon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ