VOL.3
名古屋駅に着いた時から、ずっとその視線は感じていた。
いや、正確には新幹線の車中に居た時から、である。
”それにしても尾行が下手だな”俺は腹の中で苦笑していた。
尾行ってのはもっと目立たない格好でやるものだというのに、相変わらず黒のダスターコートに黒の中折れ・・・・安物の探偵小説じゃあるまいし、まるでチンドン屋につけられているようなもんだ。
日比野益美が生まれたのは、名古屋市内のN区内にある、割と大きな漬物屋である。
いや、だったという方が正解だな。
何故ってその店は三年前に廃業してしまって、今は有料駐車場になっていたからだ。
俺はあちこち探し回り、彼女の高校時代の友人で、つい最近まで彼女と手紙とメールのやり取りをしていた女性を探し当てることが出来た。
彼女の話によれば、両親は既に他界してしまっているが、兄夫婦が現在名古屋市内の別の場所で輸入食材の卸会社を経営していると話してくれた。
その会社に向かう途中、やっぱり奴らは着けてきた。
俺はわざと歩調を緩め、二人を手近な児童公園に誘い込んだ。
ドーム型の、コンクリート製の遊具に隠れる。
慌てたように二人は後を追ってきた。
中に入って来たが、俺の姿が消えてしまったので、あたふたとしている。
おかしくてたまらない。
『おい、上だよ。上!』
俺は遊具の天辺に空いた穴から顔を覗かせて声を掛けた。
奴らは慌てて拳銃を懐から抜こうとしたが、飛び降りてきた俺の方が一瞬早かった。
1分後、二人はだらしなく転がっていた。
俺はそれぞれを締めあげたが、得られた情報は大したことはない。
連中は昔叶の組織と敵対して潰された『別の組』の残党で、日比野益美が叶の恋人だったというだけで、益美のことを付け回していたんだという。
『何を企んでいたのかは知らんが、もう二度と俺の後をつけ回すな。でないと今度は痛い目ぐらいじゃ済まさんぜ』
俺は精一杯低音を効かせてやった。
勿論、懐から拳銃を奪い、踏んづけて(その程度のちゃちな代物だった)潰してやると、口笛を吹きながらその場を立ち去った。
『・・・・そうですか・・・・わざわざ東京から・・・・』
人の良さそうな、如何にも『地方の中小企業の社長』といった風体の実兄は、俺が『探偵だ』と名乗っても、さして警戒もせずに、会社と棟続きになっている住宅の客間に通してくれた。
『妹はなかなか気が強い性格でしてね。弱音を吐くことなく、一人でずっと努力しとりました。・・・・身体を壊してやって行けんようになって、店を畳んでこっちへ
帰って来とったんですが・・・・』
そこで彼は言葉を濁らせた。
『来とった、とは?』
『まあ、こっちへ』
彼は立ち上がり、襖を開け、俺を隣の部屋へ招いた。
そこで俺の見た光景を、改めて伝えるまでもないだろう。
『なるほど・・・・・』
俺は全てを察した。
叶が日本を離れるまで、あと三日、それまでに何とかしなければならない。
その時だ。
座敷の方で、
『お茶が入りました』と、若い女の声がした。
『娘です。私の、まあ、何もありませんが、お茶ぐらい飲んでいってください』
俺は元の座敷に戻ると、そこに一人の地味なワンピース姿の若い女性がいた。
頭の中に、一つの考えが閃いた。
(本来ウソは主義に反するんだが・・・・方便と言うこともあるからな)
そう思った。
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