悪夢を憐れむ詩
水野 藍雷
悪夢を憐れむ詩
不幸は突然訪れる -それは悪魔が笑いたいから-
大学受験が終わって、後は合格結果を待つだけだった晴れた日、両親が交通事故で死んだ。
一人っ子だった俺は突然の出来事に頭が追い付かず、気づいた時には既に葬儀が終わり、火葬場の空を見上げていた。
両親が死んだ日と同じ雲ひとつない冬の空。火葬場からの煙が天へと昇る。
空へと消える煙を見ながら、死んだ両親の事よりも、これから待ち受ける自分の未来が不安だった。
両親の葬儀が終わって1週間も経たないうちに、殆ど会った事のない親戚が俺の青年後見人になると名乗り出た。
彼等の狙いは保険金と遺産。
親戚と俺の言い争いが毎日続いて疲れ果てたところに、相続が決まるまでの間は親の口座を凍結すると、銀行が追い打ちを掛けてきた。
両親の葬儀代と無事に合格した大学入学金。それと、日々の生活費。
それが口座の凍結によって全て払う事が出来なくなった。
銀行に頭を下げて頼み、親の口座から150万円を引き下ろして葬儀代に充てる。
だけど、大学を合格して2週間後に迫った入学金の支払い金はどこにもなかった。
短期間で稼ぐ方法はないか?
そんな悩みを抱えていた時、海外マフィアが開催している賭けゲームの存在を偶然知った。
『Lords War』 -それは仮想空間の殺し合い-
8数年前からゲーム市場にも投入されたフルダイブ式VR。大手メーカが発売したFPSゲーム。
内容は現実戦争の銃撃戦。チーム、フラッグ、バトルロイヤル何でもあり。
当時、『Lords War』は世界中で人気のゲームだった。
通常、フルダイブ式VRの痛覚設定は最大で10%まで。それ以上だとショック死の可能性があって世界中で禁止されていた。
賭けゲームは、その規制を取り払う死のゲームだった。
賭けゲームの痛覚設定は最低でも50%。
95%の痛覚設定のゲームに参加すると、高額の賞金が貰えた。
だけど、95%で弾丸を頭に喰らえば確実に脳死。50%でも脳に支障が出て下手したら一生麻痺が残る。
マフィアがゲームの痛覚設定を上げる理由は金のためだった。
観客は金を賭ける事よりも、プレイヤーが死ぬ姿を見る事に興奮していた。
賭けゲームは高額な賞金以上の危険な香がした。
いくつもの契約書にチェックして、最初に参加したのは痛覚設定50%のチーム戦だった。
中東アジアの廃墟が立ち並ぶ仮想空間で、震えながら銃を握る。
戦争を否定して、平和を望むのは、不幸を知らない幸せな人間だ。
当時、そんな連中から「何故人は人を殺すのか?」と問われたら、間違いなく自分のためだと答えていただろう。
参加した連中は、酒のため、女のため、麻薬のため。俺と同じく自分の欲望の為に殺し合いをしていた。
ゾーン -それは集中力の世界-
プロでも極わずかなスポーツアスリート選手は、集中力が高まると脳が研ぎ澄まされ、最高のパフォーマンスを発揮できると言われている。
それは、時としてスピードを生み、時として疲労を感じず、時として無我の境地を得た。
俺の初戦は不利な状況に追い込まれていた。
震える俺に先ほどまで下品な言葉で怒鳴っていた外人は、目の前で肩を撃たれるとすぐに降参して姿を消した。
そして、次々と表示される味方の死亡ログを見て、自分の死が近づいて来るのを感じていた。
唾を飲み込み正面を見据える。敵チームのプレイヤーは自分達が有利だと知って、次々と突入を開始した。
敵の1人が俺に気付くと嘲笑い、銃口を向ける。
生と死の狭間で死神が鎌を振り下ろした時、俺は初めてゾーンの世界に入った。
突然世界の動きが止まった。いや、実際には敵がゆっくりと動いていた。
そして、スローモーションの世界で敵の銃口から放たれた弾丸が、俺に近づいていた。
何も考えず、恐怖も感じず、ただ無意識に弾丸を避ける。
体が生存本能に従って遮蔽物から出てきた敵に向かってトリガーを引く。
放たれた弾丸は敵プレイヤーの胴体に当たって貫通していた。
俺には敵が撃たれて倒れる様子が、超スローモーション映像の様に見えていた。
次々と敵が現れ俺を殺そうとする。
今の俺から見たら、相手はほとんど動いていない案山子と同じだった。
彼等が銃口を向ける前に、アサルトライフルのトリガーを引く。
気が付けば時間の流れが普通に戻っていた。
そして、俺はたった1人で敵チームを全滅させていた。
勝利後、すぐにログアウトしてトイレで何度も嘔吐した。
胃の中の物を全て吐き出して、スマートフォンで口座を確認する。
参加賞金300ドル。チーム勝利報酬500ドル。MVP報酬500ドル。合計1300ドル。日本円で約13万円。
口座には手に入れた報酬が振り込まれていた。
人を殺した事による罪悪感から、再び吐き気がしてトイレに戻る。
だけど、口から出たのは胃液だけだった。
大学の入学金まで最低9回。裁判のための弁護士費用。光熱費、食事代……。
口を濯いで洗面所の鏡を見れば、両親が居た頃の幸せだった俺はどこにも写っていなかった。
俺はその後も賭けゲームに参加し続けた。
やはり死の間際になると世界がスローモーションになって、勝利を重ねていった。
そして、チーム戦を10回勝利した後、賭けゲーム運営からメールが届いた。
メールには、痛覚設定95%の参加資格を得たと書かれていた。
それは、悪魔から地獄への紹介状だった。
バンド・オブ・ブラザーズ -友は妹の為に殺し続ける-
賭けゲームに参加してから3カ月が過ぎた。
痛覚設定95%のチーム戦は、参加賞金1000ドル、チーム勝利報酬2000ドル、MVP報酬2000ドルと、高額な報酬を貰えていた。
大学の入学金を払い、親族との裁判に勝利して、もう金に困る事はなかった。
それでもゲームに参加し続けていた。
4年分の学費が欲しい、生活を豊かにしたい、将来の為の資金にしたい……。
3カ月間ゲームで人を殺し続けていた俺の心は、疾うの昔に道徳の概念を失っていた。
そんな狂っていた時期に、おかしな男と出会った。
その男は、最初から馴れ馴れしいヤツだった。
「よう。アンタが無敵のルーキーか?」
「…………」
ゲーム開始前のロビーで突然声を掛けられ、訝し気に相手を睨む。
男は俺より少し年上な感じの20台前半。珍しく日本人で、目つきは悪いが笑った顔はどこか憎めない感じがした。
「俺はアギト。今日から死のゲームに参加するんでヨロシク!」
彼の言う死のゲームとは、俺が参加している痛覚設定95%のゲームの事を指している。
「そっちの方がルーキーじゃないか……」
「まあそう言うなって。チョット大金を稼ぎたくてね、できればアンタと同じチームに入りたいんだ」
「俺は固定チームを組んでいない」
「だから同じルーキーとして、一緒に組もうって言う訳さ。よろしくな相棒」
そう言うと、アギトは許可なしに俺の肩を組んできた。
「……好きにしろ」
組まれた腕を振り払い、突き放すように返答して、この場を去る。
アギトは俺の態度に怒らず、ただへらへらと笑みを浮かべていた。
チーム戦は単独で戦うよりも、チーム一体となって戦う方が有利だった。
だから、酒や麻薬に溺れたチームメイトより、会話が通じるアギトと組んだ方が有利に戦えた。
俺が集中力を高めゾーンに入り、弾丸を掻い潜って敵の横に回り攻撃。
アギト以外の味方は正面からの攻撃を継続してもらう。
敵が二方向からの攻撃に対応している間に、アギトが俺が居る逆の方向へと移動。
そして、三方向から攻撃を開始すれば、敵はなすすべなく全滅していった。
結局、俺とアギトはコンビを続け、いつの間にか俺達はベテランの域に達していた。
弾丸が飛び交う中で、アギトに話し掛けたのはただの気まぐれだった。
「アギト、お前は何のために戦っている?」
「金に決まってるだろ。そう言うお前は?」
「……さあな。しいて言うなら自分のためなのか?」
「変な男だな。まあ、いい。俺には妹が居るんだ」
顎をしゃくって続きを促す。
「妹は心臓が悪いんだ。医者が言うには手術すれば治るけど、その手術が日本だと許可が下りないらしい」
「手術すれば治るのか?」
「ああ。だから、アメリカで手術を受けさせる。だけど知ってるか? アメリカじゃ国民健康保険なんてねえんだぜ」
「らしいな」
「3億だ。妹のミチルを助けるのに3億必要だ。親の居ない俺たちにそんな金はねえ、だから殺してでも金を手に入れてやる!」
そう言うと、アギトがそっぽを向いた。
1人の命を救うために、大勢の人間を殺す。それの何が悪い?
俺にはアギトがただの優しい妹思いの兄にしか見えなかった。
そして、俺もコイツの妹を救う手伝いをしてやろうと決めた。
アギトと組んでから4カ月経った頃、その日はいつもと同じ様にアギトと組み、残りのチームメイトはランダムで選ばれたメンバーだった。
そして、いつも通りに俺が先行して敵の横へ回り、アギトが逆方向へ移動した時、ログに一行の文字が浮かんだ。
『アギト、フレンドリーファイアーにより死亡』
ログを凝視する。何かの間違いだと思った。
だけど、アギトの居る方向からは、銃声が聞こえる事はなかった。
戦闘は何とか俺達のチームが勝利した。
ロービーでアギトが現れるのを待つ。だけど、いつもにやけた笑顔で俺を労ってくるアギトは、いつまで経っても現れなかった。
後から聞いた話だと、俺とアギトが組んだ味方にヤク中が居た。
そいつはゲーム直前までコカインを吸っていて、ラリッた状態でアギトを敵と間違えて撃ち殺したらしい。
賭けゲームでフレンドリーファイアーをしたプレイヤーの末路は決まっている。
アギトを殺した男は、ゲーム終了直前に味方からの処刑で殺されていた。
ロビーで落胆していると、1通のメールが届いた。
メールを開けば死んだアギトからのメールだった。あいつは自分が死亡した時の連絡先に俺を指名していたらしい。
『これを読んでいるって事は、どうやら俺は死んだらしいな。
クソみたいなゲームだったけど、アンタと知り合えたのは嬉しかったぜ。
筋合いじゃないのは分かっている。だけど、どうか頼む、妹の命を助けてくれ。
ミチルの命を救えるのは、もうアンタしか居ないんだ。
頼んだぜ、相棒!』
「……バカヤロウ」
メールを読んで涙を流す。
「お前が死んでどうするんだ!!」
アギトの妹の命を救うのに3億。いままで俺とアギトが稼いだ金が1億5000万円。
残り1億5000万を稼ぐため、俺は高額な報酬が得られるバトルロイヤルへの参加を決めた。
バトルロイヤル。12人による生き残り戦。
このゲームに参加賞は無いが、勝者には30万ドルの賞金が与えられた。
報酬分だけ命の危険は高い。
だけど、このゲームは、借金に追われた元軍人、元犯罪者、資金稼ぎのテロリストなど、世界中の殺しのプロが参加していた。
ゲーム開始前に片膝を付いて、自分の胸に手を当て目を瞑る。
(金のためでもなく、自分のためでもなく、お前の妹のために、この命を捧げよう)
天国のアギトに祈ると、俺は戦場の地へと降り立った。
バトルロイヤルのフィールドはランダムで決定する。
今回の戦場は森林の中だった。
ゲームが始まってすぐに近くの大木に身を隠す。
遠くでは銃声が聞こえ、既にどこかで戦闘が始まっていた。
伏せてから10分が経過する。
未だ敵は誰1人発見できず、遠くで聞こえていた銃声も今は静かになっていた。
『東北エリアの爆発まで後5分。該当エリアに居るプレイヤーは移動してください』
ゲームオペレーターからのアナウンスが耳元に入る。
このバトルロイヤルは中央のエリアを除いて、15分毎に1/4のエリアの地雷が爆発して閉鎖。
そして、爆破に巻き込まれたプレイヤーは死亡する。
アナウンスが告知したのは、現在地の北側エリアだった。
敵は北から来る。これは間違いない。だけど、このエリアに居るのが俺だけとは限らない。
(殺す時も油断はするな……)
生き残るために、自分に言い聞かせる。
そう、バトルロイヤルに勝つには、戦闘スキルと同等に心理戦も必要だった。
北から敵が現れる。彼は見つからないように身を伏せ移動していた。
隠れて、攻撃の機会を待つ。
距離が開いて背後から撃とうとしたタイミングで、俺の15m横で銃声が鳴り響き、移動していたプレイヤーが撃たれた。
撃ったプレイヤーを見れば、彼の胸元からナイフの刃が現れていた。
その後ろには、別のプレイヤーがしたり顔でナイフを体から引き抜いていた。
ナイフで刺した男が俺を見つける。
男がナイフを投げるのと同時に、俺も銃を構えた。
ナイフが目の前に迫る。
集中力を最大にしてゾーンを発動。ゆっくりと近づくナイフを狙って弾丸を放った。
銃口から放たれた弾丸が命中して、ナイフの軌道が外れる。
その様子を見て驚く男に銃口を向ける。
相手が銃を抜くより早くトリガーを引いて撃ち殺した。
背後から聞こえる銃声。
振り向かず、身を伏せると頭上を何発もの弾丸が通り過ぎた。
横へ飛びながら身を捻り、相手の姿を見つけると同時にトリガーを引く。
敵の弾丸が俺の肩を掠め、俺の弾丸が敵の頭を撃ち抜いた。
「…………」
再び森に静寂が訪れる。
地面に仰向けになったまま、木々の間から見える葵空を見上げて、ため息を吐いた。
(後、最大で7人? ハード過ぎるぜ)
上半身をむくりと起き上がらせる。
敵が居ないのを確認すると、再び大木の近くで身を隠した。
次に爆破のアナウンスがあったのは、南西エリアだった。
アナウンスから数分後、遠くで銃声が聞こえてきた。
銃声音が止んで暫くすると、勝利に油断したのか敵が歩く姿が見えた。
サブウェポンのトマホークを手にして敵に向かって投擲。
トマホークは相手の脳天に突き刺さり、「うっ」と叫んで地面に倒れた。
サイレントキルに成功。誰も見ていない事を確認して、死体からトマホークを回収した。
次に爆破するのはここか北西エリアだからいつか移動する必要はある。
そして、爆破のない中央エリアは、敵が待ち構えている可能性が高かった。
リスクを冒して中央へ向かうか、それとも運を天に任せてここで待機するか……。
選択したのは、アナウンスのない今の内に中央へ向かう事だった。
『北西エリアの爆発まで後5分。該当エリアに居るプレイヤーは移動してください』
中央への移動中に耳元でアナウンスが警告する。
(どうやら運が良いらしい)
ゲームが選んだ爆破地点は、俺が居る場所の逆方向だった。
もし、敵が中央で待ち構えて居るならば、北西から来る敵に対して警戒しているだろう。
中央まで移動して、茂みに身を潜める。
ここまで移動している間、銃声は聞こえず森は静かなままだった。
そのまま待っていると、北西エリアの爆破時間直前になって、俺の目の前で銃撃戦が始まった。
北西から2人、中央で待っていたのは3人。
それぞれが仮のチームを組んで、撃ち合いを始めていた。
中央のチームの1人が倒れ、その後すぐに北西のチームの1人が倒れる。
残り1人になった北西の敵を左右から挟み撃ちにしようと、中央チームが動いた。
その様子に気付いた北西の敵がフラッシュグレネードを投げる。
フラッシュグレネードが爆発して眩しい光が発生。その隙に北西の敵が中央の2人を撃ち殺していた。
既にアサルトライフルを構えていた俺は、ソイツに銃口を向けていた。
そして、勝利に浮かれている敵に向けてトリガーを引く。
放たれた弾丸が首元に命中して、敵は地面に倒れて死んだ。
その様子を見て軽く息を吐くと、左から手りゅう弾が飛んで来た。
(まだ、残っていたか!?)
逃げようにも間に合わない。命の危険を察してゾーンに入る。
アサルトライフルを逆手に持つと、ゆっくり放物線を描く手りゅう弾にアサルトライフルを当てて打ち返した。
打ち返された手りゅう弾が空中で爆発している間に、アサルトライフルを構えなおす。
そして、爆破中に茂みから出て、手りゅう弾が飛んで来た方へと走りだした。
岩を曲がったところで敵と鉢合わせになった。
先に銃口を向けてトリガーを引くけど弾が出ない。手りゅう弾に気を取られて残弾数を確認していなかった俺のミス。
ゾーンによるスローモーションはまだ継続中。
驚いた敵は俺の弾切れを見て笑顔になり、アサルトライフルの銃口を俺に向けてトリガーを引こうとする。
撃たれる前に横へ飛び回避。トマホークをぶん投げた。
「ぐっ!」
敵の弾丸が俺のふくらはぎを貫通する。
トマホークは敵の横を通り過ぎて後ろの岩に当たると反射し、跳弾で敵の後頭部に突き刺さった。
敵は勝ったと思っていたら後頭部の衝撃を受け、驚いた表情のまま地面に倒れた。
俺の目の前に『Win』の文字が現れた。どうやらゲームは終わったらしい。
ゲームに勝利したのは嬉しいが、ふくらはぎが痛い。
現実でも数週間は痺れが取れないだろうと思うと、嬉しさよりも疲労の方がまさった。
最初のバトルロイヤルの参加から5カ月後、俺はバトルロイヤルに4回勝利していた。
3回目ぐらいから誰が言い始めたか知らないが、誰もが俺の事を
俺が参加したバトルロイヤルでは必ず殺される。最強の
俺の名前が参加者エントリーに表示されると、同じ参加者が絶望して「悪夢だ」と項垂れる様子から、そんな二つ名が付けられたらしい。
俺は5回目となる30万ドルを、アギトの残したメールに書かれていた振込先に振り込んだ。
これで1億5000万円を入金したから、目的は達成した。
俺は賭けゲームを今日で引退する。
アギトの妹の手術代は支払った。後は医者に任せよう。
それに、大学金と当面の生活費もある。
最近では俺がゲームに参加しても、全員が最初に俺を殺そうとしていた。
しかも、チームの味方がフレンドリーファイアーを狙って攻撃してくる時もあった。
チーム戦の時に何度か助けたプレイヤーからこっそり聞いた話だと、俺が参加すると賭けが成立しなくなるため、マフィアが始末しようと動いているらしい。
何時かは俺も殺される。ここら辺が潮時だろう。
椅子に座ってロビーを見渡せば、相変わらず金目当てのプレイヤーが、金の使い道について楽しく語っていた。
そんな彼等の様子を見て、俺が初めてここに来た頃の弱気だった自分を思い出し自虐的に笑った。
誰にも別れを告げずログアウトボタンを押す。
俺の姿は誰に気付かれることなく、ゲームから消えていった。
そして、人知れず消えた
希望 ーそれは春の日差しと共にー
賭けゲームをやめた俺は普通の学生に戻った。
普通に学校へ行き、普通遊び、普通に卒業後の進路を考える。
命を削る戦いに身を投じていた俺の心は疲れていて、普通の日常が幸せに感じていた。
だけど、俺の精神は既に壊れていた。
毎晩のように賭けゲームで殺される夢を見て、全身汗まみれになって深夜に目を覚ます。
そんな眠れぬ日々をを過ごしていた。
俺は悪夢と呼ばれていたが、その悪夢が俺を蝕んでいた。
結局、日常の生活に戻れず、大学を辞めた。
そして、親の遺産と僅かに残った賭けゲームの賞金を使って東京郊外に土地を買い、貸店舗として月に僅かな収入を得るようにしてから、療養のために田舎へと逃げた。
俺は静かに生きてきた。
仕事には就かず、収入は貸店舗の家賃だけ。時々、自宅の庭で野菜を作り半自給自足の生活をしていた。
VRゲームギアは押入れの奥底へ入れて、二度と出すこともないだろう。
そんな生活が3年続いた春の日。
裏庭の縁側に座って庭のアリの行列をジッと見ていると、家のチャイムがなった。
親戚は財産問題で全員と縁を切ったし、友人も全て捨てて逃げた。この3年間、俺の家に来客はない。
誰が来たのか不思議に思いながら古びた家の玄関を開けると、一人の女性とその横に10歳前後の少女が立っていた。
「……どちら様で?」
尋ねると、女性が話し掛けてきた。
「時任 仁様でしょうか?」
「はい。そうですが……」
「アギトの彼女だった者です。お分かりでしょうか」
4年ぶりに聞いた「アギト」の名前に目を見開く。
「……はい」
俺が答えると、女性が涙を流して手で口元を隠した。
「やっと……見つけた。この子がミチルです」
女性が隣の子の肩を押して前に差し出した。
ミチル……そうか、手術は無事に成功したんだな。
体が震える、今にも泣きそうになるのを我慢して、少女を見る。
少女は初対面の俺を少しだけ怖がっている様子だったが、勇気を出して頭を下げた。
「ミチルです。ありがとうございます」
頭を下げる少女に片膝を付いて優しく抱きしめる。
「……良かった。良かった……本当に良かった」
ただただ、涙を流す。
多くの命を奪い、たった1つの命を救った。人はそれを偽善と呼ぶだろう。
だけど、この子はあの地獄の中で、俺とアギトのたった1つ希望だった。
その命を救えた事を、人生で初めて神に感謝した。
悪夢と呼ばれてから4年。俺の中の悪夢は春の日と共に消え去った。
悪夢を憐れむ詩 水野 藍雷 @kanbutsuya
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