移動販売機をかしこく使えるオトナ

ちびまるフォイ

移動販売機を使いこなせ!

路地に見慣れない自動販売機があった。


「助かった。ちょうど喉が乾いて……あれ?」


販売機には「あったか~い」も「つめた~い」飲み物もなかった。


「はや~い」


だけがあった。


「……誤植かなぁ。なんでもいいや。

 さっさと飲んで家に帰ろう」


ボタンを押すとすぐに商品が出てきた。

これが「はや~い」なのか。普通の自販機と変わらない気がする。


プシュッ。


プルタブを開けるとそこは家だった。


「は!? え!? 瞬間移動した!?」


ついさっきまでは路地にいたはずなのに缶を開けると家についていた。

持っている缶は中身がからっぽになっていた。

移動する前はたしかに重みを感じられたのに。


「いったい……何が……」


缶のラベルを見て意味がわかった。


"ファストトラベル"


「まさか……これのせいか?」


確かめるように翌日も同じ自販機に向かった。

よく見れば「自動販売機」ではなく「移動販売機」と書かれている。


同じ缶を今度は2本買った。


「これで移動するのか……えいっ」


プシュッ。


家についていた。

俺の推測は間違っていなかった。


あの販売機にある飲み物はフタを開けると自分が望んだ場所にワープできる。


「ってことは、もう一度使えば戻れるはずだ。あの場所に戻せ!」


プシュッ。


家の中だった。移動した感じもしない。


「……あれ? 移動販売機の場所じゃないとダメなのか」


ストックしていつでもワープできるつもりだったがそうもいかなかった。

それでも移動販売機がワープスポットになったことで生活は一変した。


「いつも遅刻常習犯のお前が

 電車がすべてストップした今日に限っているなんて……。

 今日はなにかよくないことでもあるのかな……」


「はっはっは。社会人として遅刻しないように心を決めたんだよ」


今朝、会社のトイレに瞬間ワープしたことは同僚も気づいていない。

あの移動販売機がまさにどこでもドアの入口になるんだ。


「そういえば、前に飲み会であった彼女とはその後どうなんだよ」


「……連絡はしたけど返信なし。脈なしって感じだった」


「やっぱりか」

「なんだよーー!」


その日も帰りに移動販売機によると、新商品が追加されていた。


"ラブMAX"


ピンクに彩られた飲み物を見てつい手が伸びた。

プルタブを開けると今度はどんなラブマックスな場所に転送してくれるのかと思った。


が、移動販売機の前だった。

アリ一匹分も移動していない。


「ファストトラベルみたいに、反映される場所に指定があるのか?

 いやでも移動販売機の前だしなぁ……」


悩んでいるとスマホに通知が来ていた。


『ねぇ、今度の日曜どこでかける?』


あれほど神社にお参りしても既読がつかなかった彼女からの連絡だった。

しかも見に覚えのない約束まで取り付けられている。


>どこかでかけたい場所はありますか?


『彼氏なのになんで急に敬語?』


「彼氏!?」


あやうくスマホを落としかけた。

まだ丁寧語で話すぎこちない関係だったはずなのに、

いつのまにか付き合う過程をすっとばして彼氏彼女の関係になっている。


答えは手の中にあった。


「これか!? この飲み物で過程がスキップされたのか!?」


ラブMAXは望んだ相手との関係をMAXのところまで一気に移動してくれる。


これまで彼女に好きになってもらうべく

恋愛本を読み漁り、ネットの情報を集め、服を書い、店を準備し、会話を練習していた。

その過程がスキップされて彼女という結果に至った。


「移動販売機、なんて最高なんだ!!」


思わず抱きついてしまった。

もう二度と離さない。


それからも移動販売機にはさまざまな商品が追加された。


"筋肉ドデガミン"

"三角関係サイダー"

"フレンドMAX"


などなど。


悲願であった恋愛成就をさせたので、買っているのはもっぱらファストトラベル。

最初から遅刻をしなかった人よりも改善したほうが褒められるらしく上司も上機嫌だった。


「もう遅刻グセは治らないかと思っていたんだけど、人は変われるんだな。

 前は遅刻するたびに通勤に1時間もの遠方だから仕方ないと諦めていたんだ」


「当然じゃないですか課長。1時間かかるならそれより前に出ればいいだけです」


ファストトラベルさえあればもう何も怖くない。


翌日、移動販売機へと向かうと移動販売機は消えていた。


「ない!? ない!? ばかな!?」


移動販売機のあった場所には貼り紙だけが残っていた。



『移動販売機は移動しました』



「なっ……うそだろ……!?」


移動販売機の近くのコンクリートには裸足の足跡が残っていた。

おそらく販売機に足が生えて歩いていったのだろう。


「あんな便利なもの諦められるか!!」


ファストトラベルができない人生なんてもう考えられない。

探し回ること数十分。


俺の家からなんと2時間も遠くの場所に移動販売機は移動していた。


「はぁ……はぁ……やっと見つけた……よかった……」


帰りは移動販売機のファストトラベルで瞬間移動した。

場所は前より遠くにはなったが見つかって本当に良かった。


これでまた会社にファストトラベルできる。



その後、毎朝課長から怒鳴られるようになった。


「遅刻が治ったかと思ったらまた遅刻するようになったじゃないか!

 まったく、ぬか喜びだよ! 遅刻しない努力が君はできるはずだろう!?」


「課長! お言葉ですが私だって遅刻しない努力はしています!

 毎日1時間も早く家を出ているんですよ!?」


「なに!? だったら遅刻しないじゃないか!!」


俺は課長に熱弁した。



「移動販売機の場所が家から2時間かかる場所にあるのがいけないんです!!」

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