SS:春野日向は祐也を知る④<最終話>

 日向ひなたが「コックタイをプレゼントするなんて、素敵な彼女さんですね!」と言ったら、給仕をしてくれていた女性が店の奥から現われて、「ありがとう」と日向にお礼を言った。


「それ、私がプレゼントしたんですよ。ただし私は、"元彼女"ですけどね」

「えっ……? 元カノ?」


 日向が凍りついたように動きが止まった。俺も背筋が凍る。

 もしかして、俺たちは言ってはいけない話題を振ってしまったのだろうか?


「はい。元彼女で、"今嫁"ってヤツよ。プレゼントした時は、まだ”彼女”だったんだけどねー」

「えっ……?」


 俺も日向も、更に固まってしまった。

 ──ということは……?


「こらこら結衣ゆい。若い子達を困らせるなよ」

「あっ、ごめーん!」


 結衣と呼ばれた彼女さん……いや奥さんは、いたずらっ子のように舌をペロッと出した。


「つまり僕たちは、最近結婚したんだよ。2年前にこの店をオープンした時は付き合ってる段階で、彼女もお店を手伝ってくれて……そのオープンの時に、結衣が僕にプレゼントしてくれたのが、このコックタイってわけ」

「ああ、そうなんですね! やっぱり素敵な彼女さんですね、結衣さん!」


 ようやく事情が飲み込めて、日向は憧れるような目で結衣さんを見つめる。結衣さんも笑顔を日向に返した。


「でしょー! なのに彼はね、一度このコックタイを失くしかけたんだよ。酷いでしょ?」

「えっ……失くしかけた?」

「おいおい、もうその話はいいじゃないか、結衣。すぐに見つかったんだから」

「でも、親切にビニール袋に入れて、置いてくれてる人がいたから、無くなることも、ぼろぼろになることもなく戻ってきたんだから。運が良かっただけでしょ」


 俺と日向は、思わず顔を見合わせた。

 これは、もしかしたら……


「あの……冬本ふゆもとさん。それって、もしかして……この先の自販機の横の道路標識に、ビニール袋に入れて縛ってあったやつですか?」

「え? なんでそれを?」


 俺の質問に、冬本さんは目を見開いて驚いている。


「あ、それ……拾ったの、彼です」


 日向が笑顔で、俺を指差した。


「えっ!? マジか!?」

「あ、はい。たぶんそうです。コンビニで貰ったビニール袋に入れて、紙に『落し物・コックタイ』って書いて、貼っときました」

「ああ、間違いない! それだ! ああ、拾ってくれたのは君だったんだね! ありがとう! ありがとう!」


 冬本さんは泣き出しそうな顔で、俺の肩にガバっと抱きついてきた。


「あ、いえ。どういたしまして」


 田舎のお母さんに貰った物だという予想は外れたけど、彼女さんからのプレゼントだったとは……やっぱり大切な物だったんだ。丁寧に扱っておいて、ホントに良かった。


 結衣さんも驚いた顔で、「君だったのね、ホントにありがとう」と礼を言ってくれた。


「せっかく彼のためにプレゼントしたものが失くなっちゃうなんて、悲しすぎるからね」

「ああ、あの時はホントに悪かったよ」

「まあそう君を責める気は無かったけどね。プレゼントした物を大切に思ってくれてるのはわかってたし、失くしたことに気づいた時には青ざめた顔ですぐに探しに飛び出したし」

「あ……ああ、そうだったな」

「だから失くしたそう君に腹が立ったんじゃなくて、せっかくのプレゼントが失くなったことが悲しかっただけ」


 ──あ……結衣さんって、ホントに冬本さんのことを大切に思っているんだ。

 すごくいい人だな。


「でもね、この人……ネクタイとかを贈るのには、『あなたに首ったけ』っていう意味があるって、知らなかったのよ。君たち、どう思う?」

「えっ……? そういう意味があるんですか? 俺も知らないです」

「あっ、そうなの? ネクタイとかネックレスとか、首につける装身具のプレゼントには、そういう意味があるのよ」


 そうなんだ。全然知らなかった……

 あれ? 日向は知ってるのか?


 そう思って日向を見たら、こちらをチラッと見てから、焦ったような口調で、結衣さんに「私も知らないです!」って答えている。


 いや、怪しいぞ。あれは知ってたふうだ。

 そうか。そうだったのか。

 ……ありがとう、日向。


「まあ私はそう君に今でも首ったけなんだけど、そう君も私のことがだーい好きなんだよねぇ」

「ああそうだよ。だーい好きだよ、結衣」


 ──あ、ここにも居た。バカップル。

 でもなんだかほのぼのして、ホントにいい人達だ。


「ところで、お二人さん。今日の料金はタダでいいから」


 冬本さんはコックタイのお礼だと言ってくれた。それは申し訳ないからと断わったのだけれども、冬本さん夫妻は、そうしないと気が済まないと言って、結局サービスでスイーツまで追加して、すべてタダにしてくれた。


「これからもよければウチの店に食べに来てくれたら嬉しいわ」


 結衣さんの言葉に、日向は嬉しそうにニコっと笑って答えた。


「ありがとうございます。私もお二人の仲がいい姿を見ると嬉しくなっちゃいますし、料理がホントに美味しいから、また来ます」

「ありがとね。じゃあ今日は、まだゆっくりしていってね」


 冬本さん夫妻はニコニコしながら、二人仲睦まじく厨房の方へと歩いて行った。


 ──いいな。夫婦で仲良くレストラン経営か。


 ふと俺と日向が夫婦になって、レストランを経営している妄想が頭をよぎった。


 ──あ、いや、あの……いくらなんでも気が早すぎるな。


 そう思ってチラッと日向を見ると、彼女も冬本夫妻が立ち去る姿をボーっと眺めていた。そして急にこちらを向いて、焦ったような表情を浮かべる。


「あっ、あの……えっと……祐也君は、何を考えていたの……かな?」

「えっ? いや、あの……」


 日向と夫婦でレストラン経営を夢想してた……なんて恥ずかしすぎて言えない。


「言えない。内緒だ」

「えーっ、なんで内緒?」

「だって恥ずかしすぎる」

「恥ずかしいって……どんなこと? 余計に聞きたい」

「いや、言えないって。日向こそ、ボーっとして、何を考えてたんだよ?」

「えっ? いや、あの……恥ずかしくて言えない」

「ほら、日向だって……」

「あ、そ……そうだね……」


 もしかして、日向も俺と同じ妄想を……?

 いや、まさかな。

 でも、日向が何を考えてたのか、確かめたい。


「あのさ、日向」

「な、なに……?」

「俺が考えてたのは……ああやって夫婦で仲良くレストランをするって、すごくいいなぁってこと。……あ、もちろんそれが日向とだったら最高だ」

「ふぇっ!?」


 日向は素っ頓狂な声を上げて、そのまま固まってる。


「日向は? 俺も言ったんだから、日向が考えてたことも教えてほしいぞ」

「え……っと…… 祐也君と……同じ」


 ──ええっ!?

 ホントにっ!?

 夢じゃないよな!?


「日向……ホントに?」

「うん……ホント」


 日向は顔をコレ以上ないくらいに真っ赤にして、こくんと頷いた。

 いや、もう、これ、どうしたらいいんだ?

 日向が可愛すぎて、俺は悶絶死しそうだ。


「お待たせしました。デザートをどうぞ」


 いいタイミングで、結衣さんがデザートのクリームブリュレを持ってきてくれた。

 俺も日向もそれをスプーンで口に運ぶ。濃厚な甘さなのに、しつこくはない。とても旨い。


「あ、ありがとう日向。これからもよろしくな」

「うん。祐也君、こちらこそ、これからもよろしくお願いします」


 日向の言葉に、体中が甘さで包まれる感じがした。これはクリームブリュレのせいではないはずだ。


 俺は今、デザートよりも数段甘いものに、全身を包まれている。

 ホントに日向が可愛い。

 そして、ホントにありがとう日向。


 ──これからもよろしくな。



== サイドストーリー『春野日向は祐也を知る』【完】 ==

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