SS:春野日向は祐也を知る③

 同級生の秋月あきづき君が講師をしている料理教室に来てしまった。私が料理が超苦手だって、バレてしまった。私はどうしたらいいかわからなくて、ただ呆然と秋月君の顔を眺めていた。


「それにしても春野はるのが超初心者コースに来るなんて意外だな。なんでもできるスーパーアイドルかと思ってた」


 ──えっ?

 ちょっと待って。同級生には内緒で料理を練習するために、わざわざ小規模な料理教室に来たのに。まさかそこで同級生に会うなんて。


 うわっ、どうしよう……

 このままだと、私が料理がまったくできないことが、秋月君にバレてしまう。

 ──というか、超初心者コースの体験教室に来た時点で、バレバレだ。


 どうしよう、どうしよう。恥ずかしい。顔が熱くて、真っ赤になってるのが自分でもわかる。このまま今日の体験教室を受けるなんてできない!

 ああ、ダメだ。

 ホントにだめだ……


「私、帰る」


 私はいたたまれなくなって、思わず玄関に向かって走り出していた──





◆◇◆◇◆


 俺と日向ひなたが付き合いだして、初めてのデートの約束をした。日曜日に一緒にランチを食べに行くというプランだ。


 行き先は、学校の最寄り駅近くにあるイタリア料理店。店内に自家製の窯があって、窯焼きピザを出してくれる店だ。

 このピザがとても美味しいと評判なので、いつかは食べに行きたいと思っていたのだけれども、実は日向も一度行ってみたいと思っていたことがわかった。


 しかもランチならお手ごろ価格でそのピザを味わえる。そこで二人の初デートは、そこのランチに行こうと即決した。


 ──そして当日。


 注文した料理が出てくるのを待つ間、俺は以前から疑問に思っていたことを日向に尋ねた。

 それは日向が初めて料理教室に来た時に、俺のフルネームを知っていたことや、俺の一年生の時の成績順位を知っていたことが、なぜなのかということだ。


 その質問をすると、日向は「実は……」と言いながら、一年生の時に俺がコックタイの落し物を拾った時のことを話してくれた。


「あれを……日向に見られてたのか?」

「うん、そう」

「全然気がついてなかったよ」

「まああの時は。お互いにほとんど関わりがなかったからね」

「そうだな……」


 あの時はコックタイの落とし主のことを考えて取った行動だけど、誰かのために一生懸命やると、誰かが見ていてくれてるってことだな。

 それが日向で、のちに付き合う仲にまでなるとは、神様も予想がつかなかっただろうけど。


 そして日向は、初めて料理教室に来た時のことも話してくれた。料理教室での俺の髪型と服装が、日向には好評だったとは……嬉しいけど恥ずかしい。

 そう言えば日向は、それから後も俺の髪型と服装を凝視することがよくあったっけ。



 そんな会話をしていたら、自家製窯焼きピザが運ばれてきた。給仕をしてくれたのは、大人っぽくてロングヘアの、とても綺麗な女性だ。お店の看板娘ってヤツだろうか。


 俺たちはそのピザを切り分けて、二人でかぶりついた。濃厚なチーズの香りと、香ばしい生地がとてもマッチしていて美味しい。


「うーん、美味しい~っ!」

「おう、旨いな!」


 ピザを頬張った途端、二人とも自然とそんな声が出た。日向はきゅっと目を閉じて、相変わらずとても美味しい顔をする。何度見ても飽きない、いい顔だ。


「こんなに美味しいピッツァは、生まれて初めて!」

「おいおい、ピッツァって発音いいな」

「うん! あまりに美味しすぎて、発音が良くなっちゃいましたーっ!」

「日向……そんなわけないだろ!」

「そんなわけないね~、あはは」

「でも日向。それ、面白いぞ」

「ありがとー祐也君!」


 あはは。きっと他人から見たらバカップル丸出しのような会話を、洒落た内装のイタリア料理店でしている俺たちって……

 まあいいか。亜麻ちゃんの前で、仲良しカップルになるって約束したし。


 そんな言葉を交わしながら、俺たちはあっという間にピザを平らげてしまった。


「お客様、ありがとうございます。そこまで美味しそうにしていただいて、大変嬉しいです!」


 突然横から声を掛けられて振り向くと、白いコックコートを着た男性が立っている。


「オーナーシェフの冬本ふゆもと そうです。本日はご来店いただき、ありがとうございます。当店のピザがお口に合ったようで嬉しいです。ひと言お礼をと思って、お声掛けしました」

「あ、わざわざスミマセン」


 オーナーシェフ自らが挨拶に来てくれるなんて、恐縮してしまう。

 それとももしや、俺たちが騒がしいから、注意をしに来たのだろうか?


「ほんっとに美味しかったです! ご馳走様でした」

「いえいえ、ありがとうございます」


 日向の満面の笑顔に、オーナーシェフも満面の笑みで応えてくれた。どうやら注意をしに来たのではなさそうでホッとする。


「ところで冬本さん。そのブルーのコックタイ、爽やかでお洒落ですね!」


 突然日向がそんなことを言った。よく見ると、確かに冬本さんは鮮やかなブルーのコックタイをしている。


「ありがとうございます。でもよく、コックタイっていう言葉をご存知ですね?」

「えっ? ま……まあ。たまたま知ってるんです」


 日向はちょっと顔を赤らめている。

 たまたま知ってる……ねぇ。


「これはね、僕の宝物なんです」

「「宝物?」」


 俺と日向と、思わず同時に声を出した。


「ええ。大事な人から貰った物なんですよ」

「大事な人って……彼女さんですか!」


 日向は嬉しそうに笑いながら、冬本さんに尋ねた。


「え……ええ、まあ。そうです」

「へぇー、いいなあ! コックタイをプレゼントするなんて、素敵な彼女さんですね!」


 日向がチラッと横目で俺を見た。


 ──はい、そうですね。

 コックタイをプレゼントするなんて、それはもう大変素敵な彼女さんだ。間違いない。


「ありがとー!」


 給仕をしてくれていた綺麗な女性が、店の奥から現われて、突然日向にお礼を言った。


 ──あ、そうか。この人が、その彼女さんか。


「それ、私がプレゼントしたんですよ。ただし私は、"元彼女"ですけどね」

「えっ……? 元カノ?」


 日向が凍りついたように動きが止まった。俺も背筋が凍る。

 もしかして、俺たちは言ってはいけない話題を振ってしまったのだろうか?

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