第35話 ガチャダンジョン的エピローグ

一万字越えてしまいましたが、切りどころが難しいのでそのまま投稿します。

長め注意。


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「……ーい、うぉーい、起きてるー? おーきってますかー?」


 耳障りな声が聞こえてきた。

 うるさいな。俺は一仕事終えて疲れてるんだ。ちょっとは休ませてくれ。


「お? 気づいた? 気づいた? はい、おっきって。はい、おっきって」


 今度は手拍子を加えてはやし立ててきた。うるさいなぁもう。

 わかった。わかったからちょっと黙ってくれ。どうにもうるさくなって目をひらく。


「――うっ」


 まぶしい。白く鋭い光りが俺の瞳を刺す。思わずぎゅっと目をすぼめた。


「ちょい明るすぎた? めんごめんご。光り落とすね~」

 言葉通り少し落とされた光りの先に見えるのは手を振る人影……。

「おひさしブルータスお前もか。なんちて~。うぇーい」

 ……相変わらず訳のわからない発言のチャラ神だ。


「お前がいるって事は……、もしかして死んだのか?」

 あれくらいの傷ならすぐに死ぬことはないと思ってたんだが……。肩のナイフは引き抜かずにおいてたから、それなりに出血は抑えられたはず、だよな?


「ん? ちょいちょいちょ~い。その考えおかしいよ。みっちゃんの怪我、結構なもんだったからね。足の指半分ちぎれてるし。おまけに動き回るから肩の出血もひどくなってたし。無理し杉田玄白解体新書~」

「マジか。動けたから意外と大丈夫だと思ったんだけどな。あとみっちゃんはやめろ。嫌な思い出がある」

「いや、だから動くのがマズいんだってば。おかげで出血どぱどぱ。ショック死寸前よ? んじゃほらっちね」

「ならばよし」

「仮にも神に対してえらそうすぎない? 別にいいけどさー」


 別にいいならそれでいいじゃんか。威厳なんてないし。

 しかしそうか……。俺そんなにヤバい状況だったのか。実感なかったな。

 それなら先に自分にハイポーションを使えばよかったか? いやでもイリスの方がヤバかったからなぁ――、

 ――そうだ、イリス。イリスはどうなったんだ?

 エリクサーは間に合ったと思う。でもその後に俺が死んじゃ意味がない。あいつは前にダンジョンモンスターはマスターと一蓮托生みたいなこと言ってなかったか?


「おっと、その心配はナッシングよ? ほらっちはまだリタイアしてないよん」

「……リタイアしてない? じゃあなんで俺はこんな所にいるんだ」

「そりゃ呼び出したからに決まってんじゃ~んよ~、よ~よよ~」

 チャラ神がこっちをツンツン指で指してくる。……ウザい。


「だったら何で呼び出したんだよ」

 指を押しのけ聞いてみる。

「そりゃまあほらっちのダンジョン、今閉鎖? 冷凍? 凍結? 中だからよ」

 チャラ神が押しのけられた指で空間を四角く区切る。

 そこに映し出されたのは俺のダンジョン。明かりも落とされモンスターもおらず静まりかえっている。

 先ほどまで侵入者がいたはずだが、その痕跡も一切ない。血だらけだったマイルームもきれいになっていた。

 そうしてそのマイルームのいつもの場所で、イリスがひとり、身じろぎもせず座っている。

 なるほど……、チャラ神が言わんとすることはわかる。確かに凍結中といっていい状況だ。


 ――――、――。

「ん? 今イリスが動かなかったか?」

 凍結中のはずのダンジョン。そこにいるイリスの視線が動いた気がした。

「何言ってんの? そんなわけないっしょ。ほら吹いちゃダメじゃんよ~。……ほらっちだけに」


 あぁもう、ホントウザいなこのチャラ神。でも確かに動いた気がするんだよな……。

「いいから調べてみてくれ」

「しゃーなしよん」

 俺の頼みにチャラ神はめんどくさそうに、だけど手を動かして調べてくれたようだ。


「あれれ~、おかしいな~」

 チャラ神が頭をひねりはじめた。やめろやその口調、殺人事件が起きるだろ。

「イリスちゃんだけ凍結されてないね。これなんぞ?」

「いや、俺に聞かれてもわかるわけないだろ」

「ま、いっか。さいわい生物なまものでもないし。ん、だいじょぶだいじょぶ~」

 軽い口調でそう言うと、チャラ神は宙空のウィンドウを閉じる。


 え!? いや、まてまてチャラ神。もしかしてイリスを一人で放置する気か? あの暗くて何もない空間に?

 そりゃないだろう。せめて何らかの処理を……。

 そんな俺の考えを否定するかのようにチャラ神は首を振る。

「さっきちょろっとやったけど、受け付けなかったし。もう仕方ないよね~。ま、あの種族なら一年くらいだいじょぶだいじょぶ~」

 チャラ神はお手上げとばかりに軽く肩をすくめ、そうして俺の肩を気軽にたたくが……。いや、ちょっと待て。

「……一年だと?」

「あっれ、言ってなかったっけ。そそ、一年。凍結期間は一年よ。ま、きゅるっと早送りして送ってあげっから、体感ならこれっぽっち、ミリよミリ」

 チャラ神は指でちょっとだよーとやってくるが、そんなことはどうでもいい。一年もあんな所にイリスを一人で放置するのか? それはさすがに……。

「そうは言ってもね~、凍結できないからしゃーないよね」

「凍結できないなら、その……。俺と一緒でこっちに呼び出せないのか?」

「そんなの無理に決まって……。あれれ~、おかしいぞ~」

 だからそれはやめろ。


 俺の心の声を無視し何やら思案するチャラ神。

「ま、いっか。おけ丸水産。いっちょ呼び出してやんよ~」

 言葉とともに広がる光り。それがおさまるとそこに、さっきウィンドウで見たままのイリスの姿があった。


「ここは……、いったい……」

 焦点定まらぬ目で辺りを見回すイリス。その瞳が俺を見た。

「……マスター? マスター! 大丈夫ですか?」

 駆け寄ってきたイリスが俺の足を、肩をまさぐる。やめろよ、恥ずかし……。いや待って、力が強い。ちょっと……。

「……待って、ちょっと待て。い、いたいいたい」

「痛い? やはりどこかに傷が。だからまずは自分に回復を……」

 肩を剥ごうとするイリス。だから力強すぎんだってばよ。何? イリスってこんなに力あったの?

「多分怪我はないから落ち着いてくれ、大丈夫だ」

「……本当ですね?」

 イリスを引き剥がし、目を見て訴える。しばしのち、それで納得したのかイリスは、

「よかった……」

 そう言って抱きついてきた。


 ……イリスがこんなに感情をあらわにするとはね。よほど不安だったのか……。まあ、ダンジョンに一人で放置されてたっていうのも一因にはあるだろう。

 チャラ神の早送りって言葉が本当なら、もうすでに結構な時間がたっていた恐れもあるし。そんなことより……、

「イリスさんは大丈夫なのか?」

「……は、い?」

 俺の問いにイリスは呆けた答えを返した。

「いや、だからイリスさん・・・・・の怪我は大丈夫なの? エリクサーは使ったけど、その後は確認してないから。見た感じ大丈夫そうだけど……」

「……大丈夫です。マスターのおかげで傷一つありませんよ……」

 そう言うイリスの顔は浮かない、いやというより不機嫌だ。その証拠に――。


 ――抱いてた肩をぞんざいに、捨てるように押し出した。おかげで俺は床に転がされる。

「何するのさ、イリスさん」

「――はぁ?」

「ひぃ」

 俺を見下ろすイリスの目が冷たい。絶対零度だ。

 ……え? 何? なんか気に障ること言った? そんなことはないはず。言葉遣いも気をつけて……。


「ぷーくすくす」

 笑い声が聞こえた。見ると倒れた俺を指さしてチャラ神が笑っている。

「女心がわかってなさ過ぎていとおかし」

 何言ってるんだこのチャラ神は。俺は人の心がわかってないとは言われても、女心がわからないと言われたことはないぞ。いいかげにんしろ。

「……ん? いやだめっしょ。よっぽど悪いじゃん。片腹痛しの介だわ」

 チャラ神は俺を小馬鹿になおも笑う。

「せっかく呼び捨てオッケーして距離が縮まったのに、再会したらさん・・付けで距離開いてたら、そりゃイリスちゃんもイラッとするよね~。しかも本人気づいてないとかなおさらよ。うける~」


 ……え? そうなの?

 思わずイリスの顔を二度見する。当のイリスはこちらに視線を合わせずそっぽを向いている。

 ……これは恥ずかしがってるのか? よくわからん。

「えっと……。イリス、でいいのか?」

 思いきって声に出すと、イリスは不承不承といった体でうなずいた。

「……まあいいでしょう。今後そう呼ぶことを許します」

 あるぇ? 何で上から目線? うーん、でも機嫌はよくなったか? わからんけれども……。


「おーのー。何このスクラロース一気みたいなだだ甘展開」

 そんなことを言ってるのはチャラ神。首を振り胸を押さえている。

 そんな彼にイリスが視線を移した。おっと視線の温度が急降下しているぞ。

「……で、何ですか、あの俗物は」

 温度は270Kといったところか。まずまずの冷たさやね。

「マスター? 私は何かと聞いてるんですが、話を聞いてますか?」

 くるん。こちらを向いたイリスの瞳がひとつふたつと温度を下げていく。

「あ、はい。聞いてま、いや聞いてるよ、イリス」

 慌てて答えた。回答は正解か? 下降が止まった。

「何となく察しはついてるだろうけど、あれが俺をあの世界に送った神、通称チャラ神だよ」


 ウェーイ。

 チャラ神が視線の先でチャラいポーズを決めてるが、イリスは完全にスルーだ。

「なるほど……、あれが件の。ある意味マスターにはお似合いですか」

「一緒にしないでよ」

 さすがにあれと同レベルは嫌だ。

 視線の先のチャラ神は「うぇいうぇーい。みてるー?」と今だ繰り返してる。

 え? めげないの? あいつ、すげーな。絶対見習いたくないけど。


「……状況がいまいち理解できていません。なぜダンジョンが閉鎖されてたのでしょう。そして私はどうしてここに呼び出されたのですか?」

「イリスをここに呼び出したのは、あのダンジョンに一人だったからで――」

「そーそー」

 チャラ神が俺の言葉を引き取るように続ける。

「ほらっちがさ、イリスちゃんぼっちで寂しそうだからって言ったからさー。こっちに呼び出してあげた、わ、け。いや、出来ると思ってなかったんだけどね。さすがオレちゃん。感謝してくれてもいいのよ。いや、むしろすべき?」

「……そうですか」

 イリスはチャラ神を冷ややかに見つめ、オレの方へと向き直り、

「ありがとうございます、マスター」

 深々と頭を下げた。


「あれ? あれれ? オレちゃんに対しての感謝は?」

 チャラ神は未だわちゃわちゃやってるが、それに対してイリスは吐き捨てるように言う。

「はっ、どうせあなたはマスターの声がなければ放置するつもりだったでしょうに」

「ん~~~~、正解!」

 おちゃらけて指をさすチャラ神。

「イリスちゃんてば鋭いね~。ま、基本ほらっち以外がどうでもいいんだよね~。正直勝敗とかどうでもいいし。ほらっちは見てて楽しいからいいんだけどね~」

 おどけるチャラ神を見て、イリスははぁとため息をついた。

「……でしょうね。仮にも神たるもの、有象無象に意識は割かないでしょう」

 どうやら納得はしているようだ。


「では、ダンジョンが閉鎖されたのはどういうわけでしょうか。私には理由がないように思えますが」

 そうしてあらためて疑問を口にするイリス。そういやそうだな。なんで凍結されてたんだろう。バタバタして聞くの忘れてたなぁ。

 ぼんやりそんなことを考える俺を、イリスがジトメで見てくる。

 おっとその目は知ってるぞ。『どうせ聞くのを忘れてたんでしょう、はぁやれやれ』って目だろ。

 しゃあないじゃん。はじめは死んだかと思ったし、その後はイリスの姿見つけてびっくりしてたんだから……。

 俺の視線に不承不承も納得したのか、イリスは肩をすくめてチャラ神の方に向き直った。


 当のチャラ神はというと、

「え~、なに『めっとっめでつうじあう~♪』してんの? オレちゃん仲間はずれは寂しいんですが~」

 いつもの調子であった。だがそれはイリスには通じない。

「いいから誤魔化さずに、さっさとしゃべりなさい」

「え~、ほらっち~。イリスちゃんが怖いんすわ~」

 なおも態度を変えないチャラ神。だがイリスは意に介さず淡々と語る。

「いいから理由を開示しなさい。あなたにはその義務がある。そうですね」

 そう言い、じっとチャラ神を見つめるイリス。やがて観念したのかチャラ神は大きくため息をついた。


「はぁぁ。はいはいわかった。こうさんこーさーーん」

 チャラ神は両手を上げる。

「なんて言うかやりづらいね、イリスちゃんてば。なーんでこんな子がチュートリアルになるかなぁ」

「そんなことはいいので理由を」

「はいはい、わかったって。言います言います。ま、簡単に言うといちゃもんつけられて、ほらっちリタイアの危機。それを回避するためのダンジョン一年間凍結のペナルティって事」

 そう語るチャラ神の目は割と真剣だ。

 なるほど……、実は俺リタイア寸前だったのか。それが一年間の凍結ですんだのならまだいい方か……。


 そう納得しかけた俺の膝を、イリスがぴしりとたたく。

「納得しないで下さい。明らかに前提がおかしいでしょう。なぜ我々がいちゃもんなんてつけられなければならなかったのか。それは誰から、どのような理由で。その点を明らかに」

 イリスはチャラ神を見つめる。

「やっぱ誤魔化されんよねぇ。これって明らかに仕事増えるパティーンよな」

 チャラ神はぶつぶつ言いながらも理由を話してくれた。


「多分察してるだろうけどね。ほらっちが殺した男、あれね、うちらとは別の代理人。ようは他の転移者なわけよ。んでもってうちらと他の転移者との関係ってざっくり言うと敵対者なわけじゃん?」

 ……あれ? そんな話だったか。最初に会ったときの説明にそんなことはあったか。いや、あの男の言動からそうだろうとは思ったけど……。

 疑問を口にしようと思ったが、それはイリスに手で止められた。見ると小さく首を振っている。了解、任せるとしよう。

 チャラ神は話を続けている。


「ま、そんなわけだから殺そうが何しようが文句言われる筋合いはないのにさー。向こうの女神がこんなに早く自分の所の勇者が殺されるのはおかしいとか騒ぎ出したんよ。めんどくせーことこの上ないわ~」

 チャラ神はやれやれと肩をすくめた。

「まあ確かに? この序盤で勇者とダンジョンマスターが相対して、しかも勇者が負けるのはありえんって言う、あの女神の言い分はわからなくもないけどねぇ。ダンマスは言ったら晩成的なサムシングだからさ。ただでも、それだけ取って不正だなんだ騒ぐのはやりすぎじゃね?」


「………………」

 イリスの視線に気づいて、チャラ神は慌てて手を振る。

「うぇいうぇいうぇぃと。オレちゃんもちゃんと抗弁したよ~。ただオレちゃん、上の受け悪いし。おまけにあのこびこび女に狒々爺どもは骨抜きにされてるしぃ。あの時途中からダンジョンの様子が音声だけになって、しかも途中からはそれもなくなったんだよねー。そんでそれすら俺が暗躍した所為とかにされててさー」

 やってられんわーとばかりにチャラ神は身を投げ出す。

「一年閉鎖するからごめーんちょって逃げてきたわけ。あ、でもでもほらっちと勇者の命を交換しろーとかいう、あの女のおーぼーは阻止してきてから、それで許してちょ」


 チャラ神は軽く手を上げてウィンクしてきた。悪びれねぇな、こいつ。

 まあでも事情はわかった。明らかに相手の女神とやらの強弁が過ぎるだろう。普通ならそんなの通らないだろうが、そこは証拠がないのとチャラ神の信頼のなさのなせる技か……。

 事がこうなるとなんともならんかね。同意を集めて無理を通せば道理は引っ込む。そこで無理をすればさらなるドツボにたたき込まれる。あぁいやだいやだ。異世界に来てもかわらんのか……。

 まぁ今回はチャラ神が味方をしてくれただけましかね。

 そんなことを考えていると、ふとイリスと目が合った。


「それでよろしいのですか?」

 淡々と聞いてきた。

「よろしいもなにも、一応だけどチャラ神が最低限保証してくれて、一年のダンジョン凍結ですんだんでしょ。それ以上を望むのは……」

 遠くから「これでもがんばったんだよー」との声が聞こえる。だらけた声だが、ある意味信用できるんだよな、あのチャラ神。

 要領よくこなしてる、風に見えて実は方々に頭を下げて回ってた部下を思い出した。


 ――ズビシ。

 イリスの手刀が、過去に飛んでいた俺の思考をここに戻す。

「呆けない! で、よろしいんですか? このままで」

 イリスが肩をつかむ。額がじんじんと痛む。

 そういや前にもイリスに頭をはたかれたな。いや、あれは頭突きだったか?

 あの時も過去にとらわれて一歩を踏み出せなかった俺の背を、イリスが押してくれたんだった。また世話になった。

 よしやるか。交渉の時間だ。

 意を決す俺の前で、イリスが頭を振りかぶっていた。おいばか――。

「――やめっ。もう大丈夫っ」

 ――ゴチンッ。

 火花が散った。


「もう大丈夫だから、やめろよいリス」

「マスターがまた呆けてるからです」

 イリスも額が痛むのかさすっている。そんな俺たちを見てチャラ神はケラケラと笑った。

「なに? ほらっちそんな性癖持ってるの? うける。キミらあれだね、二人そろうと相乗効果で面白いわ。1✕1=アイスクリンっつってな」

 何がおかしいのかケラケラと笑って転げ回るチャラ神。

 いや、おかしいのはお前だわ。大体そのネタ、俺の地元にしか通用せんぞ。だがまあそんなことより……。

「チャラ神……」

「んー、なになに~?」

 チャラ神は目尻をこすりながら顔を上げた。


「お前さっき、ダンジョンが途中からモニターできなくなったって言ってたよな」

「あー、うん。そうだねー。正確に言うと入ってちょっとしてからだっけか?」

「あいつ……俺と相対したときこんなことを言ったんだ。うちの女神が色々口を滑らせてくれたって」

「ほーーん。面白いね。続けて?」


「あいつはあの世界も、目的も、それにダンジョンやマスタールームの仕様まで知っているようだった。これって口を滑らせたにしては知りすぎなんじゃないのか? それに極めつけは……」

 チャラ神が手で俺を促す。俺は口を湿らせた。

「……あいつは、あいつ自身がそれをわざと女神が教えてくれたと認識してたことだ。只人のあいつがそう認識できるくらいの情報を与えられる? そんなのやりすぎだろう。それにあんたも言ってたよな。知りすぎたら規約違反で消されるって。それは言い過ぎだとしても、向こうさん相当ヤバい橋を渡ってるんじゃないのか? それなのに、その責任っていうか不利益をこちらに押しつけようとしてないか? どうなんだ?」


「…………」

 俺の問いにチャラ神はふぅむと押し黙る。

「……証拠がない」

 ぽつりとそう漏らす。

「なに?」

「その時のマスタールームの状況をモニターできていない。だからほらっちの発言が真であるかどうかわからない。いやオレちゃんにはわかるよ、ほらっちがホントのことを言ってるって。でもそれを証明できない。上位神も全知全能じゃないからね。証明できないと愚者の繰り言にしかならないね。おまけにオレちゃん信用ないし」

 チャラ神はひらひらと手を振る。

「まぁ、それを計算に入れてのあのくそアマの強弁だろうけどね。記録が取れないのもあいつが手を回したせいか……」

 トントンと指でいらだちを表しながら。チャラ神は小声でつぶやいている。


「ならば――」

 イリスが声を上げた。

「――であれば、証拠があればよいのですね」

 チャラ神がイリスに視線を向ける。

「あの男が入ってきてからの画像、途中から音声のみになりますがそれらは私が保持しています。むろん改ざんはしてないですし、その有無はそちらでも確認が取れるでしょう。それを提供するならどうです」

「ふぅん。イリスちゃん意味わかってる? それでいいの?」

 意味ありげなチャラ神の言葉にもイリスははっきりと頷く。

「はい」

「おっけー。それならいいよ。あ、ちなみに理由なんか聞いちゃったりしてもよきよき?」

「理由……」

 果てと首をかしげる。

「そうですね。我々をこけにした輩に吠え面をかかせてやりたいからでしょうか」


「…………」

 しばしの無言。その後チャラ神は声を立てて笑った。

「あっはっはっは。いいじゃんそれ。オレちゃん気に入っちゃったよ。まかり間違ってマスターのために~とか寝ぼけたこと言ったらしっかり代償もらうつもりだったけど。……うん、オレちゃんもあいつの吠え面見たいしね。ただで協力しちゃう」

 ポンポンとイリスの頭をなでてチャラ神は立ち上がる。

 イリスはそれを邪険に押しのける。

「許可なく触らないでもらえますか?」

「イリスちゃん、こわいわ~。そんなに怒らなくてもいいじゃん。ま、これでデータは読み取ったからオレちゃんちょっと出かけてくるね。二人はここで待っててよ。なんならイチャコラしててもいいよん」


 俺が口を挟めないうちに自体はどんどん進行していく。

「一度凍結した以上解除はむりむりやけど、その代わり色々ぶんどってくるから、楽しみに待つとよき。あ~、あの高慢ちきこびこび腹黒女の鼻っ柱を折れるとか、たのしみだわ~」

 そう言い放ち、チャラ神は姿を消した。取り残されたのはイリスと俺の二人だけ。


 俺はイリスに気になったことを聞く

「代償ってどういうことだ?」

「…………」

 イリスは無言だ。

「おい、イリス」

 なおも詰め寄ると、イリスは諦めてため息をついた。

「代償は代償ですよ。ああ見えてあれも神の一柱。ただで願いは叶えてくれません。まあ今回はうまく切り抜けられましたが」

 たんたんというイリス。だがそれが無性にいらだつ。

「勝算もありました。あれも相手を苦々しく思っているようですし、こちらの話には乗ってくれると。あくまでマスターの提案を私が補佐する形にしたのも功を奏しましたね。まぁ、そんな私の計算も見通して、見逃してくれたんでしょうけど……。まぁ最悪でもマスターに危害が入ることはないはずですよ。仮にも使徒ですし。せいぜい私の破棄か凍結か……」


「…………アホか」

 俺はイリスの額に手刀を下ろした。

「いたっ。何するんですかマスター」

「何するって、さっきの逆だよ。イリスの目を覚ましてやっただけだ」

「な――」

 何かを言おうとしたイリスに言葉を重ねる。

「――イリスはさ、ダンジョンマスターはモンスターを道具みたいにして扱えって言うけどさ。そんなの無理なのよ。ナーネだってゴブリンだって他のみんなだって、みんなを消耗品みたいに扱うなんて出来ない」

 現代日本人の俺には無理だ。いや出来る奴は出来るだろうけど……。まぁ俺には無理だな。この短い期間で理解した。理解させられた。


「ましてやイリス。お前がいなくなったら俺のダンジョン立ち行かないよ。たぶんあっという間に攻略されて終わるね」

 ああ、これは自慢じゃないが自信がある。イリスはダンジョンの運営面を、そして俺の精神面をなんだかんだで支えてくれていた。

 大体イリスがいなきゃ、下手したらゴブリンシャーマンにやられてたかもしれないし。

「だからイリス。あんまり自分が犠牲になっても……、みたいな考え方はやめてくれ。俺とお前は一蓮托生なんだろう?」


 イリスがあっけにとられた顔で俺のことを見ている。口を半開きに目を見開いたアホ面だ。

「くっ、ははっ」

 思わず笑ってしまう。こんなイリスの顔、さすがにはじめてみたぞ。

 俺の笑い声で自分の様がわかったのか、イリスは慌てて取り繕う。

「な、何を情けないことを言ってるんですか。ダンジョンマスターたる者、迷宮の奥に構え、迷宮のすべてを差配し侵入者を撃退しなければなりません。そこには当然犠牲もつきもので、それに対し好悪の情を持つべきでは――」

 何かのスイッチが入ったのか早口で言うイリス。言わんとすることはわかるがそんなの無理に決まってるだろ。

 俺はえこひいきが好きなんだ。気に入ってる奴には飯をおごるし、気に入らない奴のいう事は聞きたくない人間だよ。


 ひらひらと手を振ってイリスの言葉を遮る。

「そんなの俺には無理だって、イリスもわかってるでしょ」

 俺の言葉にイリスははっと息を止める。そうして自分の頬をぺしぺしとたたいて、息を整えた。

 うん、さっきまでお目々ぐるぐるだったからな。おちつこうや。


「ふぅ。まぁマスターの言いたいことはわかりました。なんとも情けないですが私の発言とは違った意味での一蓮托生であることも」

「まあね。でも情けなくても結構。今更考え方を変えられるわけもないしな」

「はぁ」

 俺の言葉にイリスはため息ひとつ。


「わかりましたよ。私もマスターの意思に添えるよう善処します。ただし、それでもちゃんと命の優先順位はつけて下さい。今回みたいに私に先にエリクサーを使うとか……。私はマスターほどひ弱じゃないので侮らないでほしいものです」

 イリスはやれやれと肩をすくめる。そうして、返答しようとした俺に人差し指を突きつける。


「もう一つ。マスターはやたらと過去を引きずっているようですが、それもなんとかしてほしいものです。大体今ここにいるマスターはある意味本体のコピーでしょう。それならそんな煩わしい過去は本体に投げ捨ててしまえばよろしい」

「……投げ捨てる?」

「そうです。何を引きずってるかは知りませんが、どうせ本体の方もそれを引きずっているのでしょう? マスターと本体もあわせて重さが二倍になってるじゃないですか。そんな不条理ポイしてしまいなさい」


 ポイって……。はは、そんなこと考えたこともなかったわ。でもまあ確かにそうだ。異世界に来てまで過去を引きずるなんてナンセンスだよな。すぐにどうこうできるわけじゃないだろうけど……。

「……まあ、うん。善処するよ」

 俺の言葉に満足したのかイリスも頷く。

「よろしい。では私もマスターの意思に添えるよう善処します」

「そっか、イリスも善処するか……」

「はい……」


 はは……。

 なんか笑えた。久々に心から笑えた気がした。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

これにて一章終了。追加報酬、ガチャは次章の初めからですね

少し間をあけて二章を投稿します。よければブクマをしておまち下さい。

加えて評価などいただけると泣いて喜びます。


それまでの間、よければ拙作、

我、ダンジョンマスター。これより配信をはじめる。( わりとポンコツなダンマスちゃんが、配信者となって視聴者にからかわれたりつっこまれたりしながら、ダンジョンを防衛する話 )

https://kakuyomu.jp/works/16816452221280082345

を読んで待っていただけると嬉しいです。


中身は括弧書きの通りです。

ちょっと変わった現代ダンジョンものですね。そちらもよろしくお願いします。

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俺のダンジョンはガチャでできている 夏冬春日 @katoukasuga

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