第10話 奇襲

 止まらない。止められない。

 逃走するアランを捕獲するという一大任務鬼ごっこは、当初の六人から更に人数を増やし、より大規模なものになっていた。

 ある者は剣を取って真っ向から挑み、またある者は、信頼する精霊とともに果敢に挑み、ある者は精霊銃エレメントガンを用いて撃ち落とそうとした。

 しかし、アランはその悉くを回避し、予測し、受け流す。基地全体を巻き込んだ壮大な鬼ごっこは、どう見ても集団リンチなのに、しかし当のアランには全く手が届かなかった。

 尤も、剣戟や精霊術や銃弾が飛び交う鬼ごっこなど、最早原型をとどめているかと問われれば甚だ疑問だが。

 獣の如き敏捷性、高い機動力に身を任せた攪乱、不規則かつ独特な歩法。体術の極致とすら言える技術を駆使し、アランは第三駐屯基地を駆け回る。

 何故ここまで一方的なのか。それはこの基地に配属されている神兵に、高い位階クラスを持った者が少ないのも一つの理由である。

 多くの神兵は、級六等クラスシックスに該当するようになると、二つの進路に分かれることになる。

 一つはそのまま帝国軍に所属し続けること。そちらを選ぶと、いよいよ本格的に戦場に投入されるようになる。言わば主戦力となる訳だ。

 級七等クラスセブン以降ともなると、流石に努力だけでは到達が難しくなってくる。そこからは才覚も必要になっていくのだ。

 更に一部の級六等神兵は、数名程度の小隊を組むことになる。斥候、遊撃、破壊工作など、大規模な一軍での作業には向かない内容が多く、ここで多くの神兵が選抜されることになる。

 言わば、生きる者か、死ぬ者か。生き残れば生き残るほど、駆り出される戦場はより苛烈なものとなり、比例して名声も確かなものになっていく。

 そしてやがて、前線へと駆り出されていくのだ。

 二つ目は帝国軍を離れ、帝都の大宮殿、及び帝家の面々を守護する護帝騎兵隊ロイヤルナイツとなること。

 多くの貴族出身の神兵は、ここに名を連ねるべく精を出す。帝家と実家との間に友好的な繋がりを作るためだ。

 しかし護帝騎兵隊ロイヤルナイツは帝国軍よりも規律に厳しく、何より神兵ではなく騎士として振る舞わなければならない。

 より多くの実力者を吸収するためのシステムだが、帝国軍と護帝騎兵隊ロイヤルナイツでは全く雰囲気が異なるため、帝国軍の空気感に慣れすぎると、あまりにも拘束が多く、窮屈な思いをすることも多いという。

 どちらも一長一短だが、総じてより優秀な人材は、ご丁寧に帝都の中央か最前線に分かれていなくなるため、この基地に残る者は少ない。それがこの状況の一つの理由だ。

 そしてアランは級九等クラスナイン。帝国軍最強の名を他称された男。そもそも地力が段違いなのだった。

 結論、そもそもアランが警戒すべき相手は、この基地で訓練する神兵の中には存在しなかったのである。

 だからこそ、アランはあえて相手をすることで彼らの熱を冷ますことを選択したのだ。真っ当に相手をする相手がいないからこそ、疲れも少なく済む。


 その筈だった。


 突如現状が崩れたのは、死角からの一撃だった。

 目にも止まらぬ神速の攻撃に、アランは一瞬反応に遅れる。

 しかしアランの洗練された戦闘経験は、自身にかけた制限など構わず、ほぼ反射的に腰の剣を抜刀。何も考えず、ただ一心に迎撃する。

 ガギンッ、という鋭い金属音が周囲に轟き、全身を劈くような衝撃となって基地内を駆け巡った。


(槍……いや、違う。超長距離まで一瞬で伸びた棒状の得物——《壊威呪棍フェナウス》!)


 アランには、その攻撃の正体が理解できた。何故ならそれは、よく見覚えのある知り合いの攻撃であったから。

 自身と契約する精霊の力を武具に宿し、特殊な能力を付与する《精霊剣》の技術によって作り出された、常識はずれの神器。

 契約精霊の名を与えたその戦棍の持ち主、その正体は——。


「いやぁー。アランさんが滅多にしない訓練の相手を務めるなんて、そんな機会を逃すのは馬鹿みたいじゃないっスか」

「……お前の相手をすると言った覚えは俺にはないんだが?」


 使用者の身長以上に長い、赤い地肌をした戦棍。両端は金色の装飾があしらわれ、全体にも金の筋が幾何学的な模様を描きながら刻まれた戦棍は、バキンッ、という大きな音を上げて四つに分裂。それぞれの間は鎖で繋がり、三節棍へと変化する。


「別にいいじゃないっスか。姐さんみたいに過激な戦闘をする訳でもない、ただの同期っスよ」

「俺の同期の中に、安心できるヤツなんて一人もいた記憶が無いぞ。どこでそんな記憶捏造したんだ、キース」


 馬房の管理者、第三駐屯基地に常駐する神兵の中で最高の位階を戴く男。

 キースは獰猛な笑みを浮かべ、自分の得物を油断なく構えていた。


     ——————————


 ガァン、ギャリィィィッ!!!

 キースは三節棍を巧みに使いこなし、精緻かつ柔軟に、何よりも速く攻撃する。

 アランの剣と交錯するたび凄まじい金属音があたりに飛び交い、周囲には火花が散っていた。


「アッハッハ! 相変わらず綺麗な黒剣っスね! 暗くて深い黒に紫があしらわれた芸術的な武器! まるで黒曜石オブシディアンの輝きだ!」

「黒に輝きもクソもあるかよ! というかなんで当然のように剣を交えてるんだ!」


 漆黒の刀身を持つアランの剣は、明らかに鋼で作られたものではないと分かる代物だった。絶え間なく力の波動を放ち、胎動するその剣はまるで生きているようで、不気味な存在感を放出している。

 そんな剣を持ちながら、しかしアランは攻勢に転じるわけでなく、ただひたすらキースの攻撃を迎え撃つだけだ。

 アランにしてみれば、この状況は全く想定外の事態である。しかし剣を抜かないというのはあくまで手加減であり、それが要らない相手ならば剣を抜くことに躊躇いはなかった。

 しかし今アランが行っているのはあくまで鬼ごっこ。逃走者が追跡者を攻撃するのはルール違反、という話だ。

 次第にアランが、攻撃の数で上回るキースに押され始める。五節、七節、無節棍と素早く切り替え、攻撃にパターンを与えないキースの技術は、トップクラスの軍人の名に相応しい代物だ。


「なるほど。逃げに徹すればアランさんもこうなるんスね」

「誰でもそうだろ。こっちは相手を殺すことに特化してんだ。防御だけなんていつか破られるに決まってるだろ」


 軽口を叩き合いながら武器を振るうアランとキース。

 傍目からすれば、もう大分付いていけない状況だが、二人の戦闘は更に激化していく。

 伸縮自在、変形自在、縦横無尽に振り回されるキースの《壊威呪棍フェナウス》は、触れた相手を麻痺させる特殊効果が付与されているため、触れることができないのだ。

 電撃による麻痺ではなく、毒呪詛によるものなので、回避する術は触れないことしかほぼ存在しないのだ。

 既にアランとキースの攻防は、他の神兵では付いて行くことができない速度にまで加速し、獲物を奪われたキャルたちも、唖然と外から見守ることしかできない。

 ただし、アランの実力を知ることだけは、しっかりと果たせているのだが。

 キースの棍術は、無作為に振われるものではない。相手の油断を誘い、情報量を常に飽和させ、調子を狂わせる。達人の領域のキースだからこそ可能な連撃の技術。

 しかし、それが分かるからと言って、その情報量を抑えることができる訳ではない。棍の振るい方、方向、威力からその事前動作。全てを予測し、対応し切ることなど絶対に不可能だ。

 突如、キースが自身の得物を懐に仕舞い込む。そこから一切減速させずに全ての分解を結合、裏拳の要領で神速の打ちをかけた。

 これに対し、アランは即座に剣の腹で受け止め、後方に飛び退く。衝撃を逃すためだ。

 だがアランの背後には、悠然と構えられた建造物があった。


「——ッ!! ぐっ……」


 全身で壁を貫き、建物の中へ。内部は食堂だったのか、スパイスの香りで充満し、意識を澄ますには都合が悪い。

 そしてキースも、その隙を逃すわけがない。

 追いかけるように壁の穴に飛び込み、出会い頭に鋭い一撃で奇襲をかけるも、アランは即座に打ち払って対応。二人の力が衝突し、机や椅子が吹き飛ばされた。

 幸いこの時間に食堂を利用している神兵は少なかったが、少なからずパニックになった様子だ。

 埃や粉塵が舞い上がる中、アランは素早く駆け抜け、反対側の窓から外に躍り出る。

 キースは追いかけるよりも先に奇襲をかけるように棍を伸ばす。しかしアランは一瞥もくれずにそれを回避し、地面に降り立ち、逃走を続けるべく走り出す。

 最早、この場は完全に、アランとキースの一騎討ちとなっていた。


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銀月の夜行少女ーインセクトミネスー 幕ノ内豊 @mattari-19

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