ブラックジャガーの(ただごとじゃない)日常

史郎アンリアル

一撃をとりもどせ!

 セルリアン、フレンズたちの平和を脅かす正体不明の存在。それらからジャパリパークを守るため、フレンズたちは警備隊や探検隊といった群れを結成し、日々戦っている。

 しかし、アンインチホーにはそのどれにも属さない猛者がいた。

 彼女の名前はブラックジャガー。そこに住む誰よりも強く、たった一人でジャングルを守り続けていた。

 しかし、闇に隠れて生きる彼女の物語が明るみに出ることは滅多にない。これは、そんな彼女の隠された受難の話である……。


 夕方のキョウシュウチホー。ダチョウはその日の占いを終えて住処に戻ろうとしていた。

 占い台に置いてある大きな卵を持ち上げ、立ち去ろうとしたその時、一人のフレンズが彼女の前に現れた。

「あ、ごめんなさい。今日の占いは終わりまして……」

 よくあることだ。彼女の占いはよく当たると有名で、時に彼女の活動時間を知らない夜行性のフレンズが活動時間外に訪れることはそう珍しくはない。

 外見から察するに、大型のネコ科フレンズだろうか。ダチョウがいつも通りに断ろうとするが、相手は踏みとどまった。

「すまない。急ぎの用事なんだ。占ってほしいことがある」

 鬼気迫る、とまでは言わずとも、ただならぬ緊張感を伴うその声に、ダチョウはほんの少し身のすくむような感覚を覚えた。

「……わかりました。占う内容を教えてください」

「私の、姉さんについてだ」


 深く暗いジャングルに、セルリアンたちのうめき声がこだまする。

「この一撃をくらえ!」

 その隙間を縫うように、一人の雄たけびが通り抜ける。

「あ、あっちいけよぉ!」

「ミナミコアリクイちゃん、こっちこっち! 早く!」

 セルリアンの群れを蹴散らして進む影に隠れて、ミナミコアリクイとマレーバクはおびえながら走っていた。時折、ミナミコアリクイが一人だけ両腕を広げて影の向こうにいるセルリアンを威嚇する。特に効果はないのだが。

「……ふぅ。この程度か」

 群れを突破すると、先頭の影が振り向いた。その涼しい顔は、先ほどまでの戦いの激しさなどなかったかのように後ろの二人を安心させた。

「さすがだよ。ありがとう、ブラックジャガーちゃん!」

「も、もう大丈夫なの? よかったぁ。安心のポーズぅ……」

 ミナミコアリクイは安どの笑みを浮かべながら、再び両腕を広げる。しかし相当おびえていたのだろう、その体を支える両足は、まだわずかに震えていた。

「少し味気なかったな。悲鳴の割には数が少ない」

「もうっ! 私たちは怖かったから呼んだのに!」

「あぁいや、ごめん……」

 まだ戦いのほとぼりが冷めないのか、影はしばらく冷たい表情を変えずにいたが、本気でおびえるマレーバクの顔を見て、ようやく他の表情を取り戻した。

「とにかく、お前たちが無事でよかった。それが何よりだ」

 今にも降り出しそうな曇り空がわずかに割れ、そこから差し込む光が影の表情を輝かせた。

 ブラックジャガーは、不器用ながら二人と同じ安どの顔をしていた。

「お前たちを住処まで送ろう。俺はもうしばらくこの辺りを警戒する」

 ブラックジャガーが歩き出そうとしたその時、光はもう一つの影を明るみに晒した。

「ブラックジャガーちゃん、後ろ!」

 振り向いた時には、すでにわき腹を鈍い衝撃が走っていた。気がつけば体は茂みを突き抜け、無防備な体勢は何の抵抗もなく地面の衝撃を全面に受けた。

 突如として消えたブラックジャガーの向こうにいたのは、通常のセルリアンに大きな双腕を付けたようなセルリアン、ファングセル。それも横幅だけでフレンズ一人分はあろう程の大型の個体だった。

 ファングセルはその特徴として、全身が黒く、特にこの個体は体の各末端部分が緑色に染まっている。薄暗いジャングルに巨体を隠すには格好の姿だった。

 突如として姿を現した大型セルリアン。マレーバクが気づいた時にはすでにその腕を大きく振りかぶり、ブラックジャガーの体を払い飛ばすように、脇腹に裏拳を叩き込んだのだ。

「ど、どうしようミナミコアリクイちゃん……」

 マレーバクが震える瞳で見た先では、既にミナミコアリクイが威嚇のポーズをとっていた。長い尾と両足で身体をしっかりと支えているが、恐怖のあまり硬直しているようにしか見えない。

 ゆっくりと二人に迫るファングセル。しかし、その動きは一つの音で止まった。

 力のない足音。それは茂みの向こう側、ブラックジャガーのものだった。

「やめ、ろ……」

 全身を走り続ける痛みに耐えながら、彼女は立ち上がった。しかし与えられた衝撃は大きく、その目ははっきりと相手を捉えることができずにいた。

「お前、の、相手は、俺、だ……!」

 歯を食いしばり、苦悶の表情を浮かべるブラックジャガー。その姿を見て、マレーバクの背筋をかつてない恐怖が襲った。

「そんな……」

 ファングセルが狙いを二人からブラックジャガーに変える。手近な枝につかまりながらどうにか足を前に出す相手に向かって、その巨大な拳を振り上げた。

「助けて、誰か……!」

 マレーバクが叫びにならない叫びをあげ、ファングセルが拳を振り下ろそうとしたその瞬間。

「隙だらけよっ!」

 新たな影が、ファングセルの頭上から真っすぐに、目にもとまらぬ速さで降り立った。

 何が起こったのか、影の他にその状況をすぐに理解できた者はいない。だが、結果だけなら、振り上げたファングセルの腕が輝きと共に消えていく現実が、確かにそこにあった。

「ジャパリパーク警備隊オオタカ、クールに参上!」

 マレーバクに振り向き笑顔を見せる彼女の後ろでバランスを崩し崩れ落ちるファングセル。その光景を見て、二人の瞳に希望の光が宿った。

 二人が安心するのを確認して、オオタカは再びファングセルの頭上に飛び上がる。そしてとどめを刺すべく、さらに大きく羽ばたこうとしたその時。

「やめろ……」

 ブラックジャガーの怒りともとれる鋭い眼光は、ファングセルではなくオオタカを突き刺していた。

「そいつは、俺が……!」

 明らかに戦える状態ではない。気力だけで立っているようにも見えるその姿を見て、オオタカは思わず攻撃の手を止めた。

 その隙を見てか、右腕を失ったファングセルはふらつきながらもジャングルの奥に姿を消した。


 ジャパリパーク警備隊、アンインチホー駐在所。オオタカが拠点としているその場所にブラックジャガーは運び込まれた。情報提供のため(本人としてはブラックジャガーが心配で)、ミナミコアリクイとマレーバクも共に。

「彼女なら無事よ。体を打って意識を失いかけていただけみたい。しばらく休めば元通りになるわ」

 ブラックジャガーを奥のベッドに寝かせ、オオタカは二人に声をかけた。二人は少しだけ安心したようで、互いに顔を見合わせる。

「セルリアンの発生情報は一通り把握しているわ。あとは私たち警備隊がクールに解決するから、あんたたちは住処に帰りなさい」

 意外にも、オオタカは二人を心配するそぶりを見せなかった。

「で、でも……」

 ベッドの上に横たわるブラックジャガーを見ながら、ミナミコアリクイが踏みとどまる。

「安心しなさい、周辺のセルリアンはすでにほとんど倒したわ。また襲われそうになったらすぐに呼びなさい。クールに駆けつけるわ。ここから先は私たち警備隊の仕事なの。ここはあんたたちが長居していい場所じゃないわ」

 オオタカは押し出すように無理やり二人を外に出し、深くため息をついた。

「あいつらは……?」

 入れ違いのようなタイミングで、ブラックジャガーが目を覚ました。オオタカがすぐに駆け寄る。

「あんたは寝てないとだめ。無理したら余計に心配されるわよ」

「そういうわけにはいかない。俺は、あの二人を……」

「やめなさい」

 歯を食いしばり起き上がろうとするブラックジャガーの手を、オオタカは強く握った。

「あんたにもわかるでしょ? 今回は相性が悪かったのよ」

 フレンズやセルリアンにはそれぞれ属性相性のようなものがあり、強い者同士の戦いほど、その影響は大きくなる。ブラックジャガーの傷を見るに今回のファングセルはおそらくアクティブ属性。マイペース属性のブラックジャガーでは分が悪い相手だった。対してラブリー属性のオオタカであれば優位に立てる。警備隊の判断であれば、強力な相手に属性不利なフレンズを戦わせるなどあってはならないことなのだ。

 警備隊所属のオオタカはもちろん、数々のセルリアンと戦ってきたブラックジャガーも、このことは言われるまでもなく理解していた。

 しかし、それでも。

「あいつらは、俺が守らなくちゃいけないんだ」

「……そう」

 ブラックジャガーは続けて何か言いそうな動きを見せたが、その声が出るより先に、彼女の意識が途絶えた。

「あんたは強い。きっとあのセルリアンにだって余裕で勝てたでしょうね。でもあんたは変わったわ。いい足手まといができたものね」


 それから数日後、ブラックジャガーはすっかり元気になって戻ってきた。彼女が動けない間はオオタカを中心とした警備隊特設部隊がセルリアン退治にあたっていたが、復帰後はオオタカの指示で特設部隊は解散。例のファングセルに遭遇したとの情報も特になく、アンインチホーにかつての日常が帰ってきた。

 しかし、ミナミコアリクイとマレーバクには気になることがひとつ増えた。

 それは、いつものように二人でブラックジャガーの戦闘訓練を覗き見ていた時のことである。

 例のファングセルに遭遇する前はほとんどそればかりやっていた「一撃」の練習をしなくなったのだ。

 二人はそれがあまりに気がかりだったので、ブラックジャガーにそのことを一度だけ尋ねた。すると彼女は「なんだ? その一撃って」と聞き返すだけだった。

 不安になった二人は、ためらわずそのことをオオタカに相談した。しかし、その答えは二人にとって容易に想像できたことだった。

 セルリアンはフレンズの大切な物や感情、いわゆる「輝き」を奪う。例のファングセルは、あの時ブラックジャガーの「一撃」という輝きを奪ったのだ。

 そして、それによる問題はすぐに発生した。いつものように三人がジャングルを歩いていた時、小さなセルリアンの群れに遭遇した時のことである。

 かつては一瞬で対処できていたはずのブラックジャガーが、苦戦していた。

 本来であれば目の前の群れを薙ぎ倒す強烈な一撃を放つところで、牽制のような弱い打撃ばかりを続けていたのだ。結果として三人は無事に群れから脱出することができたが、その戦い方は、かつての彼女を知る二人にとってはあまりに不安を伴うものだった。

 そして、問題はやがて危機となる。


 三人は、例のファングセルに遭遇した時と同じ群れに襲われた。

 しかし、ミナミコアリクイとマレーバクにとって、ブラックジャガーの存在は前回ほど安心を伴うものではなかった。

 守るべき二人を攻撃させまいと必死に抵抗するブラックジャガー。しかし、記憶にある彼女の戦いと同じ動きができない。

「くそっ……」

 それは、だいぶ前から彼女自身がはっきりと自覚していた。

「なぜだ、なぜだっ!」

 何か、自分が戦う上で最も大切にしていたはずの何かが足りない。思い出せない。過去の善戦した出来事を思い出そうとしても、当時の自分の姿が鮮明に蘇らない。

「俺に、何が足りないっていうんだ!」

 力の入らない拳をセルリアンに押し付けながら叫んだその時、無数の羽が目の前の群れを突き刺した。

「まだわからないの?」

 やはり、オオタカはこの危機を察知して駆けつけていた。彼女は低空飛行のまま、ブラックジャガーの進路を妨害するように移動しながらセルリアンたちを倒していく。

「やめろ、やめてくれ……!」

「やめないわ。だってこのまま続けたらあんた、また前みたいに負けるもの。もしかしたら前よりひどい負け方で、ね」

 オオタカは言葉の後半で、ブラックジャガーの背後に隠れる二人を鋭く睨んだ。

「違う。駄目なんだ。俺が、俺が二人を守らないと……」

 ブラックジャガーはオオタカに攻撃が当たらないよう立ち回るが、どう動いても目の前を大きな翼にふさがれてしまう。やはり、思い通りには動けない。

「俺には、こいつらを守ることしかできないんだ!」

 無理にでも攻撃を押し通そうと拳を振り上げたその時、ブラックジャガーの左右を一組の影が追い抜いた。

「そんなことないよ」

 気がつくと、彼女に背を向けて大きく両腕を広げていたのは、本来そこに立つはずのない存在。

「私たちだって!」

 そして、もう一人がややおびえながらもセルリアンに立ち向かっていく。

「ミナミコアリクイ、マレーバク……」

 それまでブラックジャガーが一度も見たことのない光景が、彼女の目の前に広がっていた。自分の守るべき友が、自分を守って戦っている。彼女にとってそれは信じがたいことだった。

「お前たち、どうして」

「ブラックジャガーちゃんが戦えないなら、あたしたちが戦うよ!」

「私だって、守られてばかりじゃないんだから!」

 驚きのあまり動きを止めたブラックジャガーを尻目に、二人は次々と群れをかき分けて進んでいく。

 二人は善戦していた。なぜなら二人の属性はオオタカと同じラブリー属性。ブラックジャガーが不利な状況に強いのだ。しかし、その戦いぶりを見てわずかに笑みを浮かべるオオタカには、それ以上の理由が初めからわかっていた。

 そして、二人とオオタカの進撃はいつしか群れの最深部まで到達した。

 目の前に立ちはだかるのは、例のファングセル。片腕を失ったままふらついてはいるが、その無機質な眼光はかつてより強く相手を睨みつけているように見えた。

「やめろ、お前たちの勝てる相手じゃない!」

 かつて自分にあれほどの重傷を負わせた大型ファングセル。傷を負っているとはいえ、非力な二人がかなう相手とは到底思えない。しかし、かと言って今の自分が勝てる相手とも思えない。ブラックジャガーは悔しさで歯を食いしばりながら、オオタカの方を見た。

 しかし、オオタカは二人の後ろでホバリングしたまま、戦う姿勢を見せなかった。

「どうして……」

「信じてるからよ」

「えっ?」

「二度は言わないわ。繰り返すのはクールじゃないから」

 オオタカは二人とファングセルが睨みあう様子を眺めるまま、ブラックジャガーと目を合わせることはなかった。

「きっと、あの子たちは勝てるって思ってるのよ。二人じゃ勝てなかったとしても、あんたとなら……って」

「そんな……」

 ブラックジャガーには、二人のやろうとしていることがまったくわからなかった。

 しかし、彼女に考える時間を与えるほど現実は甘くない。ファングセルはじりじりと二人に近づき、今にも殴り掛かりそうな様子だった。

「息を合わせるよ、マレーバクちゃん」

「わかった。ミナミコアリクイちゃん」

「えいやーっ!」

 二人がファングセルの間合いに入る直前、ミナミコアリクイが走り出した。身を投げ出すように全身の体重を乗せた必死の一撃。予想外の先制攻撃に、ファングセルの態勢が崩れる。

「あっちいって!」

 その隙をマレーバクは見逃さなかった、ミナミコアリクイほどではないが体重の乗った突き飛ばし攻撃で、ファングセルと大きく距離をとる。

「はぁつ!」

 その直後、なぜかは彼女自身にもわからないが、ブラックジャガーは二人の間から追加攻撃を仕掛けた。

 しかし結果は良好。ファングセルは大きくバランスを崩し。後退した。

「ブラックジャガーちゃん?」

 驚いてブラックジャガーの顔を見るミナミコアリクイ。しかし目の前で振り向いたその顔もまた、驚いていた。

「わからん。気がついたら、体が勝手に……」

「と、とにかくチャンスだよ! 今のうちに……」

 マレーバクがさらに攻撃を仕掛けようとしたその時、ファングセルの目が激しく光を放った。

「なに!?」

 想定外の変化にオオタカも驚いたが、状況の変化は彼女の飛行速度を上回った。

 ファングセルの片腕が蘇り、新たに生えた青い腕でオオタカをがっしりと捕らえていたのだ。

 そして、咆哮。セルリアンに発声器官があるのかは不明だが、ファングセルが放つ奇怪な音と同時に、無数のセルリアンが三人を取り囲むようにして現れた。

 しかし、ミナミコアリクイの表情は曇らなかった。

「ふんだ! こんなやつら、今のあたしたちなら……」

 自信に満ちた一撃。先ほどまでなら通常のセルリアンを一体確実に倒していたはずの攻撃だが、今度はまったく通用しなかった。

「効かない?」

「や、やっぱりピンチだ! 大ピンチのポーズぅ!」

 マレーバクの表情が真っ青に変わる。ミナミコアリクイが震えながら両腕を広げる。なんというか、いつも通りの光景だった。

「絶体絶命のピンチ、か……」

 ミナミコアリクイが倒し損ねたセルリアンが反撃に転じたその時、漆黒の一撃がその体を粉砕した。

「そんなものはない!」

 二人が振り向いた先にいたのは、先ほどまでと同じ、いや、今まで一度も変わったことのないブラックジャガーだった。

「お前たちが俺を信じるなら、俺もお前たちを信じて一緒に戦う。さっきの攻撃は、きっとそういうことだ。そして俺は……」

 あの連続攻撃で、ブラックジャガーは取り戻していた。あるいは、新たに手に入れたのかもしれない。彼女の信じるもの、この状況を打破するのに必要なもの。かつて彼女が持っていたもの……。

「この一撃を信じる!」

 助走と回転を組み合わせ、勢いに乗せた強烈無比の一撃、ワン・ヒット・クロー。それは彼女の前に立ちふさがるセルリアンを跡形もなく消し飛ばした。

「覚悟しろセルリアン。もう俺は何も見失わない。見失っても、俺を信じてくれる友達がいる限り、俺は絶対に負けたりしない! それが、俺の一撃だ!」

「行こう、ミナミコアリクイちゃん!」

「わ、わかった!」

 そこから先は、おおよそいつも通りの展開だった。いつもと違うところがあるとすれば、ミナミコアリクイとマレーバクが、ブラックジャガーと肩を並べて戦っているところくらいだろうか。

 そして、三人は再びファングセルと対峙した。

「今度は逃がさないよぉ!」

「さっきの連携で行こう、ブラックジャガーちゃん……あれ、ブラックジャガーちゃん?」

 マレーバクが攻撃の構えに入ろうとしたが、彼女の周りにブラックジャガーの姿は見当たらない。

 ミナミコアリクイもそのことに気づき、二人で辺りを見回す。しかし、ブラックジャガーの行動に誰よりも先に気づいたのは、今にもファングセルに握りつぶされそうになっているオオタカだった。

「まったく、大した技だわ」

 そして、どこからか声がした。

「闇に紛れ、一撃で仕留める……」

 木々の影から颯爽と姿を現したブラックジャガー。その右手は紫色に輝いていた。

「ジャガー天地裂断拳!」

 ブラックジャガーが右手を大きく振り上げる。発生した衝撃波は地面を切り裂き、遠距離にいるファングセルを一撃で粉砕した。


 こうして、アンインチホーのジャングルに平和が戻った。ミナミコアリクイとマレーバクは相変わらず二人でのんびり過ごし、オオタカはせわしなくパトロールの毎日を送っている。そしてブラックジャガーは……。

「一撃! ……一撃ッ!」

「相変わらず一撃バカね、あんた」

 ブラックジャガーの練習所に、オオタカが様子を見に来た。

「なんだ、お前か。悪いが今は訓練中だ。邪魔しないでくれ」

 冷たくあしらうブラックジャガーに、オオタカは怒ったように頬を膨らませる。が、すぐに戻り話を続けた。

「あら、私だけじゃないわよ?」

 オオタカが道を空けるように体をずらすと、その向こうから二人のフレンズが走ってきた。

「ブラックジャガーちゃん!」

「あっ、また一撃の練習してる! 一撃のポーズぅ!」

 向かってくるいつもの二人だが、ミナミコアリクイはまたも両腕を広げている。どこが一撃なのかは誰にもわからないが、ブラックジャガーは思わず笑ってしまった。

「あんたの戦いがとてもクールだったから、練習を手伝ってあげようと思ってね。二人にも来てもらったのよ」

「また余計なことを……」

 面倒そうに目を逸らすブラックジャガーだったが、対照的に彼女を見上げるマレーバクの瞳は輝いていた。

「それにブラックジャガーちゃん、あの時すごい嬉しいこと言ってくれたし!」

「な、何のことかさっぱり覚えてないなあ!」

 ブラックジャガーは顔を赤らめ、さらに目を逸らす。

「……コホン。それと、実はもうひとつ用事があってね」

 オオタカは一度咳払いをしてから、一枚の紙を取り出した。

「あんた、警備隊に興味はない?」

 ブラックジャガーは差し出された紙を受け取り、内容を確認した。そこに書かれているのは、警備隊の入隊試験についてだった。文面から察するに、今回のファングセルの件について、警備隊が彼女の戦績を高く評価し、即戦力として引き入れたい。とのことらしい。ジャングルで静かに暮らしたい彼女にとって、それは面倒この上ない誘いだった。

「ちょうど人事異動でアンインチホー担当の枠が空きそうになってたから、ちょうどいいと思ってね」

「あれからオオタカさんに色々教えてもらったの。警備隊ってすっごいかっこいいんだよ! ブラックジャガーちゃんなら絶対うまくやれるよ!」

 あたかも都合のいい相手として扱うオオタカと、羨望の間ざしで見つめるマレーバク、あとその横でやたらと腕を広げるミナミコアリクイ。ブラックジャガーはまさに窮地に追いやられていた。

 「いや、断る」とはとても言えない。オオタカはともかく、二人をがっかりさせるようなことはとてもしたくない。ブラックジャガーの誇りが、誰も予想しなかった答えを導きだした。

「いや、俺はすでに他の隊に入っている」

「えっ?」

「その名も……」


「『ブラックジャガー隊』だ!!!」



続く

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