第3話 袖触れあうも多生の縁

 あたし、大杉おおすぎあおい

 恋に生きる中学二年生。


 最近、大好きな翔斗しょうと君があたしを下の名前で読んでくれる。

 何かの階段を一歩上ったわ!


 今週からあたしの受け持ち掃除区域は防災備品室だ。

 何で掃除の話かって?

 それは……あたしと翔斗君は同じ掃除グループだからだ!


 何故あたし(大杉)と翔斗君(湯沢ゆざわ)が同じ掃除グループなのか。

 出席番号順でぶつ切りにできなかった深い訳があるに違いない。

 多分、相澤さん(一番)と安藤さん(二番)が授業を抜け出してデートしていたせいか、門間君(二十九番)と柳沼君(三十番)が体育館裏で喫煙していた高校生をボコったせいだと思う。


 お陰で今年度は、掃除が楽しくて仕方ない。

 身長よりも高く積まれた段ボール箱の間を、ウキウキしながら箒で掃く。


「ここ、掃き終わったね。もう拭くよ?」


 雑巾を持って、翔斗君がやってきた。


「ここから窓側は終わってるよー」


 極力平静を装って答える。


「ん」


 あたしが避けた前を、翔斗君が通り過ぎる。

 擦れ違うときに巻き起こる風を浴びただけでもドキドキする。

 マジヤバい!

 ぐふっ、心臓の古傷が(第二話参照)。

 はふぅ……


「ちょっと、なにボケっとしてんの?」


 しゃがんだ翔斗君の背中を愛でていたら、急に背後から刺々しい声が。


 振り返ると、入口には箒を持って仁王立ちする、四つのクロワッサン。中央には整った顔。


 同じ掃除グループの、手島てしま美玲みれいちゃんだ。

 冷たい美女って感じの子で、医者の娘。

 顔を守護する、四つの縦ロール髪。

 優等生で、成績はいつもトップ。

 ダンスを習っている筈なのに、よく転んで男子に助け起こされている。


 美玲ちゃんがずかずか詰め寄ってくる。


「あんたね、何だらだらと掃除してるの!?」

「え? ご、ごめん。箱が積んであって入り組んでるから……」

「さっさとやってよね! ホント、グズなんだから。てか何であんたが湯沢君と組んで私が茂部君と組まされてるの!?」


 美玲ちゃんがぷりぷり怒りながら、あたしの足元を箒で掃き始めた。


「ほら、そっち! 次、そこ!」

「え、あ、お?」


 あたしは美玲ちゃんに言われるまま、あっちへどかされ、こっちへどかされ……


 彼女はようやく立ち止まった。


「ふん。私はあっちを掃除してくるわ。あんたは……」


 美玲ちゃんの口角が吊り上がる。


「せいぜい頑張りなさい」

「み、美玲ちゃ……」


 言いかけて、足元に違和感。

 足首にビニール紐が絡まっている。

 あたしがドジだから……じゃない。

 さっき動かされながら、床のビニール紐を美玲ちゃんが絡めたんだ!

 足首に絡んだ紐は、四方のダンボール箱の壁から延びている。

 くっ、負けないっ!

 紐が絞まる前に足首を引き抜き、箒を杖にバランスを取る。

 が、


「危ない、葵!」


 腕を掴まれ、翔斗君の胸元に引き寄せられる。ダメよ、あたし、まだ心の準備が~。


 でも、そういうのじゃなかった。

 あたしがついさっきまで立っていたところに、段ボール箱ぐ崩れ落ちていたのだ。


 まだ廊下であたしたちを見ていた美玲ちゃんが、舌打ちを一つ漏らす。


「ちっ……私は先に戻って、先生に報告してくるわ」


 美玲ちゃんが去っても、あたしたちは立ち尽くし、崩れた箱を呆然と見つめていた。



   ***



 職員室でひとしきり叱られると、あたしは放課後に段ボール箱の片付けをすることになった。

 翔斗君が一緒に叱られてくれたのが救いといえば救いかな。


 放課後。

 防災備品室で黙々と段ボール箱を積む作業をしていると、影が室内に伸びた。


「手伝うよ」


 翔斗君だった。


「ありがと……」


 あとは会話もなく。

 箱は元通りに積み上げられた。


 明らかに光量の足りない昇降口を後にすると、外はもう真っ暗だった。


 もうすぐ校門。

 言わなくちゃいけないことがある。


「さっきは手伝ってくれてありがとう」

「あ、ああ」


 翔斗君はぎこちなく返事をすると、言葉を続けた。


「掃除のときは……ごめん」

「何が?」

「つい、呼び捨てにした」

「いいよ。呼び捨てで」


 しばしの沈黙。

 再び口を開く翔斗君。


「あのさ、前から気になってたんだけど……僕の額とか指とか……何かおかしい?」

「っ!」


 顔に血が上るのを感じる。

 きっと真っ赤だ。夜でよかった。

 きっと頭から湯気が出てる。

 あたしは酸欠の金魚のように口をパクパクさせて、しばし翔斗君を見つめた。


 恥ずかしい……

 でも、もう一人のあたしが心の中で囁く。

 やるならいまだ。

 今こそその時。

 言え……  言え…… 言え……  言え……

 深呼吸。

 そして渾身の力で口を開く。


「あの、その、手に……触りたいな……って……」


 ガチガチになりながら、翔斗君の反応を窺う。

 彼はといえば、まるで鏡でも見ているかのようにガチガチに固まっていた。


「いいよ。僕も、その……同じだったから」

「え……」


 数秒だったのか、数分だったのか――

 あたしたちは、校門の横で正対したまま立ち尽くしていた。


 翔斗君が口を開く。


「葵の手も、見せて」

「?」


 言われるままに手を差し出す。

 彼は手相を眺めると、いきなり自分の指を絡めた。


「わひゃっ!」

「途中まで、一緒に帰ろう」


 不覚にも泡を食ったあたしは、翔斗君に手を引かれるまま家路についた。

 右手に最高のご褒美を感じながら。


 食パン――

 シャープペン――

 見ていてくれた?


 あたし……ついに翔斗君にれたよ。それどころか、今、手を繋いでるよ。

 頑張ってもっと仲良くなるから、天国で見守っていてね!



   ***



 食パン「あなたの血肉になってます」

 シャープペン「まだペンポーチにいます」



   おしまい

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【短編】青春したい葵ちゃんと神回避する翔斗君 近藤銀竹 @-459fahrenheit

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