君の鳴く声は

高遠まもる

キミとボク

キミはある日、突然やって来た。


そして、瞬く間に、ボクにとっては無くてはならない存在となった。


キミとボクは、春も夏も秋も冬も、ともに過ごした。


雨の日には一緒の部屋で、お互いがお互いに気を使わずに過ごした。


晴れた日にはキミを追いかけて、走り回ったこともあった。


雪の日には一緒にコタツに入って、ボクは時折キミの頭を撫でていた。


それでも、ボクにはやらないといけないことや、したいことがあって、本当の意味でずっと一緒に居られたわけではなかった。


出掛けるボクを、キミは優しく見送った。


帰ってきたボクを、キミは暖かく迎えた。


もちろん、キミにも独りでしたいことがあって、そして生まれて来たからには、やらないといけないこともあって、本当の意味でずっと一緒に居られたわけではなかった。


出掛けるキミを、ボクは暖かく見送った。


帰ってきたキミを、ボクは優しく迎えた。


ボクとキミとは、お互いに精一杯に生きていた。


ボクとキミとが、お互いの温もりを求めて、初めて一緒に寝たあの日、キミは盛大にシーツを濡らした。


ボクが生まれ故郷を出ていく時、キミはボクの生まれ故郷に留まった。


しばらく離れていたけど、ボクが故郷に帰るたび、キミは変わらず迎えてくれた。


たまらなくなって、ボクはキミを乱暴に抱き締めた。

ただただ、撫で続けていたこともあった。


ボクが故郷に、ボクの妻になる人を連れて帰ってきた日、キミは珍しく拗ねていた。


彼女には優しくしてくれた。

でもボクには冷たかった。


それでもボクは結婚をした。

その翌年、地面が盛大に揺れた。


本来なら翌月には故郷に帰るハズだったボクは、それで思わぬ足止めを食らった。


いてもたってもいられなかった。


両親が心配だった。

友人が心配だった。

キミのことも、もちろん心配だった。


だからボクは、羽田から無理やりに隣の県の空港に飛んで、そこからは臨時の高速バスとタクシーを乗り継いで、無理やりに帰った。


カップ麺や缶詰めなどの食料、ビタミン剤、カイロ、トイレットペーパー、読み掛けの分厚い小説……そしてキミの好物を持って帰った。


キミは、どこか呆れているように見えた。


それでもボクはキミの温もりを求めた。

変わらぬキミの香りを思い切り吸い込んだ。


また東京に戻っていく時、キミはどこか寂しそうに見えた。


それから二ヶ月……ボクと妻は故郷に正式に帰ってきた。


キミは妻を我が子のように慈しんでくれた。


ボクらの寝室に、キミは夜中に入ってきて、色んなお土産をくれた。


妻のことを一晩中、舐めてくれたこともあった。


もう子供を産めないキミにとって……最後の子育てのつもりだったのかな?


妻は望まないお土産に、しょっちゅう悲鳴をあげていた。


でも、キミは妻のことを間違いなく可愛がっていた。


妻はキミのことを間違いなく可愛がっていた。


キミのせいで、妻は重度のネコ好きになった。


キミが亡くなる少し前、キミは大きなヘビを玄関に連れて来た。


まだ息の有ったヘビをボクらに見せると、キミはもう興味が無いとでも言いたげに、それはもう雑にヘビを野に放した。


ヘビはキミの気紛れのおかげで、何とか逃げ帰った。


キミが亡くなったのは、あろうことか妻の誕生日だった。


キミが危篤でも、ボクは仕事に行かなくてはいけなかった。


妻が慌ててタクシーでキミを、掛かり付けの獣医さんのところに連れていった。


キミの命はタクシーの中で終わっていた。


妻は動物病院の待合室で泣き崩れた。


獣医さんに後日、お礼を言いに行ったら、キミは長生きだったと言われたよ。


16年はネコにとっては長い時間。

ボクにとっては短すぎた時間。



あぁ……叶うならキミを、もう一度、膝の上に抱きたい。


キミの鳴く声は、かすれたダミ声。

いっぱい子供を産んだからなのかな?


あぁ……叶うならキミの声を、もう一度だけ聞きたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君の鳴く声は 高遠まもる @mamosayu2018

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ