目で食べられるいい時代になったものですね

ちびまるフォイ

お前にはそれが何に見えてるの

『あなたへのおすすめ!』


動画サイトを見ていると、トップページに料理の動画がでてきた。

動画を再生してみると配信者が料理を食べているグルメ動画だった。


『おいし~~い! みんなも召し上がってくださいね!』


動画が終わると満腹感と舌に後味が残る。

今まさに動画に映っていた食べ物の味だ。


「こんな美味しいもの……食べたことない!」


後になってわかったことだが、俺はどうやら「超視覚」というものらしい。

共感覚の一種で目で見たものから味なども同時に感じてしまう。


そのうえ満腹感まで感じられるのはどれだけいるのか。


「でもこれで食費が浮かせられるからいいかもな」


自分の特殊な体質のことはむしろポジティブに受け取った。



それからもさまざまなグルメ番組や動画を漁ったが、

やっぱり最初に見た動画の味が一番美味しかった。


特に、動画の最後に大きく映る配信主と魚のソテー。


あのアップだけでごはん3杯でも食べられてしまう。


でも毎日同じ動画を何周もしているので、

ごはん食べられるほど胃の容量は残っちゃいない。


「ふぅ、今日も食べ見たなぁ……」


今月に入ってからぐんと生活費が抑えられた。


外食で浪費していた食費が一気に浮いた。

外で食べたいとも思わなくなった。


料理屋さんで出された食べ物よりも動画で紹介されている

有名店の料理や自分好みの調理済みアイデア料理のほうが美味しいからだ。


待ち時間もなければ接客の悪い店員に気分を悪くすることもない。

汚いテーブルにうんざりすることも、コックさんの腕で味が変動することもない。


無料で、早くて、美味しい一流の料理が動画サイトに溢れている。


「やっぱりこの動画が一番おいし……あれ? あれれっ……?」


部屋で今日も同じ動画を見ていたときだった。

急に体に力が入らなくなったかと思うと椅子から体が横倒しに倒れた。


 ・

 ・

 ・


「……目が覚めましたか? ここは病院ですよ」


「え……どうして……? 俺、家で動画を見ていたはず……」


「あなたにはいろいろお伝えすることがありますが、

 まずはこの鏡を見てください」


医者は鏡を取り出して俺の顔を見せた。


「これが……俺ですか……?」


鏡の中には自分とは思えないほど痩せていた小男が映っていた。


「あなた、いったいどれだけ食事をしていないんですか。

 その痩せ方は異常です。拒食症の患者さんレベルですよ」


「俺は……動画を見ていただけです……」


「点滴でなんとか栄養を入れましたが、ちゃんと食べてください」


「でも、一度あんなに美味しい動画を見てしまったら

 他に食べられるものなんてゴムみたいな味に感じてしまうんですよ!」


俺は医者に動画を見て満腹感を感じられることや、

動画以外で食べる「実食」は苦痛でしかないことを強く訴えた。


誰だって明日から健康のためにうんこを食べろと言われたらイヤだろう。


「だめです、食べてください」


医者はそれでも動かなかった。


「サプリメントなどで栄養補給をすることも可能ですが限界はあります。

 すでにあなたは病気なんです。しかも薬で治らないたぐいの」


「し、しかし……」


「絶対に、なにがなんでも、食べてください。食べないと死にます。

 あなたがなんとか食べるエネルギーと、

 死んだあなたを後片付けするエネルギーどちらが大変だと思いますか」


「わかりました……頑張って食べます……」


「絶対ですよ。死んだら元も子もないんですから」


「はい、約束します。でもなにを食べたら良いか……」


「ほらあなたがいつも欠かさず見ている動画があるでしょう?

 あれを食べてみればいいじゃないですか。

 好きなものから一歩ずつ克服していきましょう」


「そうですね、やってみます!」


俺は病院からの帰りに包丁を買い、大きめの鍋を買った。

調理して食べると動画以上の味で幸せな気持ちになった。


「動画じゃ生だったけど、火を通したのは正解だったな」


量が多かったので食べきれなかった分は冷蔵庫に入れておいた。

手慣れていなかったのもあって、周りも結構汚してしまった。


服を片付けてからお風呂に入って体をきれいに洗った。

布団に入るといい気分で眠れた。





この日から、グルメ配信者が動画を配信することは二度となかった。

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