プロローグ2「面白い存在」

 ーー異能力者に生まれた、それだけのことだ。

 ーー能力を持っているから何になる。

 ーー能力があるから何だと言うのか。


 男は一人、そんなことを考えながら重圧的で拒否反応を起こしそうな、白いドアをノックする。


「ーーどうぞ」


 中から低い男の声が響いてくる。

 誰もが緊張を加速させる一瞬だーー

 だが、男はため息を吐いた。もう帰って、寝ていたいと……そんな後ろ向きな具合で。


 男は今年で十六歳になるが、まだ十五歳。

 中学三年生の受験生だ。

 暦では、一月で一年が終わり新たに一年が始まってまだ二ヶ月しか経っていない。


 高校受験真っ只中の、誰もが通る辛く緊張がストレスとなり、終われば解放感から泣きだしてしまいそうなそんな時期。


 そして今日ーー


 いや、今この時ーー


 男はまさに『高校受験』の真ん中に居る。


 日々の勉強の積み重ねを発揮し、印象良く臨機応変に対応し試験管からどれだけの点数を稼ぎ、作文という嘘真半々で書き尽くされる一枚の紙切れを仕上げられるか。


 人生で一番最初の運命分岐点に、立っている。


「失礼します」


 それなのにーー男には緊張感を一切持っていない。


 全てはプラン通りにーー

 全てに流れがあるかのようにーー


 男のドアを開ける手には、無駄な力が一切込められていない。

 堂々と一糸乱れない心で、素の感情で、いつも通りの真顔で、


「受験番号七十三番。冴島月華です、今日はよろしくお願い致します」


 男は受験番号と名前を言うと、長めにお辞儀をする。


「頭を上げてください。そちらへ」

「はい」


 試験管に促され、頭をゆっくりと上げると椅子に座る。

 さっぱりとした短めの黒髪に、ビシッと決められた制服、そして何より頭が良さそうに見える黒縁の眼鏡。

 中学では優等生だっただろう印象を与える、勉強家風な見た目である。


「お座りください」

「失礼します」


 噛むことはないーー


 何故なら、この面接試験と呼ばれるものには筆記試験と同じくして流れがある。

 と、男ーー冴島月華は唱える。


「まず、冴島さん。中学で得意な教科はどれでしたか?」

「はい、得意な教科は歴史社会でした」

「歴史社会……はい、ありがとう御座います」


(そう、まず初めに「はい」と言って一拍置けば良い。何も返事無しに返答しては、返事もできないと駄目人間扱いされる)


 そもそも、まだ中学三年生で完璧な返事や完璧な相槌など、できる人間は居ないが、ここでは少しでも意識をしておく方が良いーーと、月華は考えている。


「次に、何部へ所属されていましたか?」

「はい、部活は茶道部でした」

「部活ではどのようなことを学びましたか?」

「はい、部活では仲間と楽しく交流しながら、礼儀作法、美味しいお茶の淹れ方などを学ばせていただき、特に古くから残る日本文化に身を置き深く知ることができました」

「とても素晴らしい茶道部だったこと、聞いていて感じました。茶道部に入り、日本文化にも身を置いたことが歴史社会にも繋がりがありますか?」

「はい、仰る通りで茶道部に入ったことで私は茶道の世界興味が湧き、千利休を知りました。そこから、歴史にも興味が湧き歴史社会をより深く知ろうと思いしまた」


 完璧な返答である。

 模範解答を丸暗記し、そのまま読み上げているかのように美しくスムーズな返答だった。


 聞く試験管も、深く相槌を打ってしまうほどだった。


「分かりました。とても素晴らしい返答に、少々私、驚きを隠せません」

「ありがとう御座います」

「ここまで素晴らしい返答をされてしまっては、私としては他にあなたへ質問を投げかけて長々と面接試験をする理由が見当たりません。なので、最後の質問へ移らさせていただきます」

「はい」


 まさかの、面接試験ではあり得ないことが起きた。質問は十個程度用意されているが、しかしそのうちの七つも試験管自らに飛ばさせてしまったのだ。


(……やっぱり流れ通りだな。流れに身を置き、その流れを読取って、流れのままに何事もこなせばすぐに終わる。簡単過ぎる)


 全ては流れを読み、流れのままに答えていった月華の計算通りだったのである。

 月華は心の中でため息を吐くと、最後の質問に何が選ばれるか流れから読みとる。


(多分……これだな)

「最後に、我が学園に入学したらどう生活し、どう卒業していきたいですか?」

「(やっぱりか)……はい、私は貴校に入学しましたら、勉強と運動に力を入れ、周りの仲間と深くコミュニケーションを取っていき、有意義に三年間を生活していきたいと考えています。裏切ることのない知識と、素晴らしい仲間を作り、そして、卒業後は国立大学へ入学し大手企業へ務めたいと考えています」

「はい、素晴らしい面接試験をありがとう御座いました。これで面接試験を終了します、お疲れ様でした」

「ありがとう御座いました」


 試験管が手を伸ばし、月華はその手をゆっくりと握り握手を交わす。

 試験管も面倒だろう、面接試験において受験生の面接一つで握手を求めるなど、月華には到底理解のできない出来事だ。


 しかし、月華も流れのままに握手をした後に、試験管に促されてから椅子から立ちまたお辞儀を一つ長めにしてから退出した。


 後にこの面接試験は、『伝説の面接』として[必勝!! 高校受験…面接試験の流れ!]とタイトルの参考書に三十ページに渡る説明として書き残されることとなるーー



 ◆◆◆



「今日の面接試験の中で、一人素晴らしい受験生を見つけました学園長」

「……素晴らしい? 受け答えがということか?」

「いえ、受け答えに留まらず、返答がまるで用意された模範解答かの如くーー」

「出来上がっているということか……それで?」


 今日、冴島月華が受験を受けた高校、そこの学園長は面接試験を担当した試験管から一枚の書類を受け取る。


 そこには身体測定の結果と、中学最後の期末テストの結果が乗っている。

 学園長はそれに一通り目を通すと、とても興味深そうに、そして不吉に、笑みを浮かべて書類を置く。


「どうしますか? 取りますか?」

「面白い……問答無用で合格とするべきだろう。ただ、切るときは早く切らせてもらうけどねーーどちらに転ぶか楽しみだ冴島月華」

「合格ですか。ただ、我が学園のコンセプトに少し沿いませんが」


 試験管は身体測定の結果の一部に指を置く。


「これはーー」

「だからだよ……」

「はあ……しかし」

「だから……だよ副園長。分かるか? ただの真面目な学生なのかーーそれとも化けの皮を被った暴れ馬か。私はね……暴れ馬であることに賭けるよ」


 学園長ーー梓ベルは言い放つ。



「面白いじゃないかーー勉強もでき、面接試験においてはもはや出来過ぎな彼が、能力値十一しかない平均以下だなんて。さあ、今年から学園が荒れるかもしれない……ふふふっ、興味深い冴島月華」



 学園長の不吉な笑みに、副園長は頭を一つ下げて退室する。


「化物が……」


 学園長室を背にし、副園長は小声でそう呟き長く暗い通路を歩き出す。

 学園内にも関わらず、サングラスを掛け、筋肉がスーツの生地を押し伸ばす厳つい四十路半ばの副園長。


 ーーその姿は、さながらヒットマンかのよう。


「ふふふっ……ふははははっ!」


 と、通路の突き当りにある学園長室からは大きな笑い声が響いてくる。

 足を止め、副園長は後ろを振り向き、


「化物が、吠えていると言うのか。嫌な一年が始まりそうだな……なあ? そうだろ」


 と、今度は誰かに話し掛けているように呟く。


「……寝ているか。ふっ……まあ、良いか」


 何処にも居ない、見えない話し相手を寝ていると言って諦めると、副園長はコツコツと靴を鳴らしてエレベーターへ乗り込むのだった。






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勉強より戦争だろ?と…その日、一人の勇者は学園を制した 赤猫子猫 @rararara00

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