家事ができない俺のもとに何故か学年で人気のアイドルがやってきたけどこの子メイドのこと勘違いしている!?〜「エプロンは裸でつけるものだと……」「ちゃんと服を着てください!」〜

すかいふぁーむ

第1話

 両親がいなくなった。

 死んだとかじゃない。安心して欲しい。

 父親の海外転勤で、未だラブラブの母さんは耐えきれずついていったわけだ。表向きの理由は「お父さん家事が全くできないからついていかなきゃ」だった。


「まあ確かに」


 父は別に亭主関白ではない。家事は母さんのもの! とかいい出すタイプじゃないし、なんならむしろ率先してやる。ただその度仕事が増えるのだ。

 料理をすればボヤ騒ぎをおこし、洗濯をすれば洗面所を泡だらけにする。

 そういう意味で、母さんの判断は正しい。ただ、問題は一つじゃないんだ。


「俺だって父親の血が流れてるんだぞ!!!」


 トマトを切っただけで殺人現場もびっくりな凄惨な状況に陥った台所で一人叫ぶ。


「くそ……こんなことなら始めから頼めばよかった……」


 両親も俺の生活能力のなさは当然理解している。そこでとっておきの秘策を授けてくれたわけだ。


 〜回想〜


湊人みなとが家事できないのもわかってるって。母さんがとっておきの助っ人を頼んでおいたから」

「いや、俺だってやれば出来る」

「あらそう? じゃあだめだったら連絡したらいいわ? この番号ね」

「え?」

「あ、もう行かなきゃ!」

「いやこれどこにつながるんだよ!?」

「じゃーねー。身体に気をつけて! まあちょこちょこ様子は見に来るからー!」


 〜回想終わり〜


「さて……番号は……いやでも誰に繋がるんだ? 親戚のおばさんとかだろうか?」


 考えても仕方ないのでとりあえずかけてみる。

 3コールもせずに電話口の向こうとつながった。


「ひゃ、ひゃい!」

「あれ? えーと……」

「あ! だ、だいじょうぶ、大丈夫です! 聞いてます!」


 声の主が思ったより若かったことにびっくりする。


「あの、困ったらここにって……」

「はい! 大丈夫です!」

「大丈夫なのか?」

「大丈夫です!」


 プツ……。



「なんだったんだ……?」


 とりあえずよくわからないけど大丈夫らしかった。意味はわからないがこの惨状を自分でなんとかしないといけないことだけはよくわかった。


「仕方ない……片付けるか……」


 時間にして三時間ほどだろうか。なんとかキッチンを元の状態まで戻したところで、インターホンが鳴った。


「はい?」


 モニターに写っていたのは一目でうちに手伝いに来たことがわかる人物だった。

 やたらでかい業務用の掃除機を背負って、両脇にパンパンに荷物を持っており、布団たたきやらホコリ落としやらが飛び出ている。

 そして、そんな荷物を抱えていることよりなにより気になったのはーー


「メイド……?」

「ひゃい! み、湊人くんの専属メイド、大山花鈴おおやまかりんです」

「大山!?」


 服が違うから気付かなかった!

 大山花鈴。学年の男なら誰もが知るアイドル。

 容姿端麗。おっちょこちょいだが家事スキルもすぐれ、家庭科の実習で助けられた人間は数しれず。

 天真爛漫が服を着て歩いているような明るい人柄もあって、お嫁さんにしたい女子ナンバーワンの座を揺るぎないものにしている人気のクラスメイトだった。


「あの……入れてもらえると……」

「ああ、悪い」


 手がぷるぷるし始めていたので慌てて玄関に迎えに行った。


「えっと……ようこそ?」

「はい! お邪魔します!」


 一体何の因果で学年のアイドルがこんなところに……。

 ましてや、こんな姿メイド服で……。


「あの、何からやればいいかな?」

「いや、今特にないけど……」

「えええぇぇぇぇええええ。呼ばれたから来たのにっ!」

「3時間もあったら片付くわ! 流石に!」


 逆に言えばキッチンの片付けですら3時間かかったわけだが……。洗剤をぶちまけすぎて3回位雑巾かけるはめになった。おかげで新築同様のピカピカのキッチンになってる。やればできる。俺。


「あわわ……キッチンで一体何があったんですか?」

「綺麗だろ……?」

「一部分だけぴかぴかにされてるのにほかがひどいことになってます! なんですかこの赤い飛沫⁉」

「あれ? 綺麗にしたはずだったのに……」

「とにかく掃除ですねっ! わかりました。お任せください!」


 そう言うと大山は何故かメイド服に手をかけて脱ぎ始めた。


「え?」

「どうしたんですか?」


 そう言いながらもするするとエプロンがほどかれて、メイド服がストンと落ちそうになって……。


「ストップ!」


 慌てて止めた。


「あの……湊人くん? その……大胆……だね?」

「いや違うから⁉ むしろ大胆だったのは大山さんだからね⁉」

「なんでですか! メイドといえば裸エプロンじゃないんですか?」

「誰だそんなこと教えたの! とにかくだめです。うちではちゃんとそのままの恰好でいてください」

「むぅ……私がどこでも脱ぐ子みたいじゃないですか! こんなこと湊人くんのまえじゃないとしません!」

「できれば俺の前でもしないでくれ……」


 理性が持たない。

 何の罰ゲームなんだ一体……。脱ぎかけの大山を前に自分を抑えられたことに驚く。

 多分あれだ。なんで大山が来たかわからないから混乱していてそっちに意識がいってたせいだな。

 いやでもホント……なんで来たんだ……?


「もうー。何使って掃除したんですか? まさか床をたわしで擦ったりしてないですよね?」

「いやぁ……」

「これは大変な作業ですね……! あ、晩御飯は何がいいですか?」

「え? そこまでやってくれるの?」

「逆に湊人くんは掃除だけで帰って大丈夫なんですか……?」


 冷静になる。

 両親不在のこの状況、最後に残されたカードだったこのメイドシステムがなくなると俺はともかくこのローンの残った家が大変なことになるのは確定的に明らかだ。


「よろしくおねがいします」

「よろしい。おばさんから私の部屋も聞いているので大丈夫ですよ」


 そうかそうか。なら安心……ん?


「私の部屋?」

「本当に何も聞いてないんですか?」

「全く……」

「はぁ……とにかく、おばさんたちがいない間、私は湊人くんを責任持って育てる専属メイドです! 何なりとお申し付けくださいね? ご主人さま?」

「ああ……ええっと……え?」


 にこやかにスカートの裾を上品につまんで告げた大山花鈴は、可憐で、神々しいほどに美しかった。


 ◇


「ということで、無事お家につきました!」

「ありがとねえ、花鈴ちゃん。世話の焼ける息子だけど、よろしくねえ?」

「はい! 任せてください!」


 ふぅ……。

 おばさんへの電話、何回やっても慣れない……。でもおかげで本当に……こんな絶好の機会をもらえた……!


「頑張るぞ!」


 おばさんと知り合ったのは近所の料理教室だ。

 最初は湊人くんのお母さんだなんて思いもしてなくて、ただ話しやすい、若々しいお母さんだなあって、そう思ってただけで、だからペラペラと、私は好きな人のことを話しちゃってた。

 あろうことか、本人のお母さんに……。


「今思い出しても顔から火が出ちゃうよぉ……」


 なんで好きになったか、ついつい話しやすいおばさんに乗せられるように喋ったときのことが今でも鮮明に思い出される。


「だって……あんなのずるいよ……」


 あれで好きにならないなんて無理っ!


「あのままじゃ私、クラスでいいように使われてただけだった……」


 家庭科の課題。

 ミシンを使った自由課題で、私はメイド服を作った。

 その出来栄えは我ながら完璧で、こうして好きな人の前に出てくる戦闘服にもしちゃえるくらいの、そんな出来。

 でも、それを見たクラスの子達は、私を便利な道具だと思った……。


「湊人くんが助けてくれてなかったら私、危うく学年中の課題を押し付けられるところだったよぉ……」


 今思い出してもかっこいい。

 私が押し付けられてるのを知った湊人くんがサラッと言った一言が、全部変えてくれたんだから……。


「やっぱり裁縫とか家事出来る子、すげーいいよな?」


 かぁっと身体ごと熱くなるのを感じる。

 あの言葉があったから、いままで頑張ってきた。ご両親がいないのは短ければ3ヶ月。

 たった3ヶ月……。私はこのチャンスを最大限生かさないといけない……!


「湊人くんに私を好きになってもらう……」


 頑張るからね!


 ◇


「へっくしゅん!」


 寒くもない部屋にいるというのにくしゃみがでる。

 今日は怒涛の一日だった……。トマト殺人現場事件に始まり、メイド服の大山……。

 掃除もご飯も流石の一言だった。気づいたらお風呂まで入っててもう、言うことなしだ。いま隣の部屋にいるという事実がなければ……。


「まさか本当に住み込みでやるとは……」


 向こうの両親も大丈夫というところが驚きだった。

 うち? うちはいまさら驚かない。うちの母さんならやりかねない。それに尽きる。


「にしても……大山はこんなことしてていいのか……?」


 大山と言えば思い出すのは、入学直後の家庭科の課題の件だ。

 たまたま見かけたときに、大量の課題を押し付けられているのを見た俺はすぐに隣りにいた便利な親友を使うことを企んだ。


 青木春斗あおきはると。なんで俺とつるんでるのかわからない学年一のイケメン。

 付き合いたいランキング堂々の第一位。男の俺から見ても非の打ち所がない完璧超人。あいつが横にいたから、大山さんは助かった。


「やっぱり裁縫とか家事出来る子、すげーいいよな?」


 俺の意図を一瞬で察した中身までイケメンな春斗はすぐさまこう答えてくれた。

 いつもより大きな声で、周りにしっかり聞こえるように。


「ああ、やっぱこういう課題一つでも、差が出るもんなあ?」


 あとは簡単だった。

 押し付けていた女子の中心グループはもれなく、イケメン好き。校内で一番イケメンで、一番影響力のある春斗の言葉は劇的に作用する。

 そうなれば芋づる式に他の人間も押し付けにくい空気になる。


 大山に寄りかかっていた負担はあっという間に取り払われた。


「やっぱすげえよな、春斗は」


 だからこそ、大山も春斗のことが好きなのだとばかり思っていた。

 その証拠にこんなモブもいいところの俺相手にしょっちゅう声をかけてくれるし、何かと気にかけて話しかけてくれている。

 将を射んと欲すれば先ず馬を射よということだろう。確かに春斗と一番仲がいいのはなぜか俺だからな。


「これからも役に立てるように春斗の好みとか、しっかり伝えてあげたいんだけどな……」


 うちにいる。これがマイナスにならないように春斗にどう伝えるべきか……。

 頭を悩ませる。

 メイドがやってきた一日目は、色んな意味で眠れない夜になった。

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