第25話 偽りの奇跡
「さあ、これ以上痛い目に遭いたくなかったら、正直に教祖の居場所を教えるんだ」
悔しそうに女性が歯噛みする。
「……恐らく、この一番奥にある教祖様の自室よ」
「そうか、感謝する。安心しろ、術はじきに解ける」
小さく笑むと、アークはその場から立ち去ろうとする。だが、二、三歩歩いたところで立ち止まった。
「そうそう、忘れていた」
アークは再び女性の元へ向かう。そして、彼女の懐をゴソゴソと探った。
「な、何をするのっ?」
「これを返してもらわねばな」
アークの手には、先程女性に寄付した金貨一枚が握られていた。その様子を見ていたラクエルが呆れたように言う。
「ちゃっかりしてんなあ、おい」
「後で返してもらうと言っただろう。それより、急ぐぞ!」
アークたち一行は教えられたとおり、教祖の部屋へと向かう。
「……ここだな」
今まで見たどの部屋とも一線を画す、豪華な造りの扉が目の前にあった。アークは躊躇することなく、その扉を勢いよく開ける。
「スノウ!」
アークは捜し人の名を叫ぶ。すると、呼びかけに彼女が応えた。
「アーク」
スノウは椅子に縄でくくりつけられた状態だった。誰が彼女をそんな目に遭わせていたのかは、言うまでもない。
「お、お前たち、どうやってここまで来た!?」
スノウの傍に立っていたドノバンが、驚愕に満ちた表情でこちらを振り向いた。
「どうやってだ、など、どうでもいいだろう。力に訴えられたくなければ、スノウをおとなしくこちらに渡せ」
アークがドノバンの元へ一歩、歩み寄ろうとする。すると、彼は不敵に笑んだ。
「ふふ……っ。力に訴えるだと?」
「何がおかしい?」
不気味な笑みを見せるドノバンを、アークは不審に思う。
「今の私に恐れるものなど何もない、パンドラの箱の力を手にした私にはなあ! そして、生霊の書も必ず手に入れてやる!」
アークは深く眉根を寄せた。思いもよらない言葉をドノバンが口にしたからだ。
「貴様、今、パンドラの箱と言ったか?」
「ああ、言ったぞ」
ドノバンが手首にはめた金のブレスレットをこちらに向ける。次の瞬間、そのブレスレットは不気味にきらめいた。
「冥土の土産に聞かせてやる。私はあるお方から授かったパンドラの箱の力で、奇跡を起こしていたのだ。どうだ? 驚いただろう」
ドノバンの告白を聞いたソニアが狼狽している。
「ま、まさか、あたしたち教徒を騙していたんですか!?」
「騙していたとは聞こえが悪い。私は愚かで哀れな教徒たちに、夢を見させてやっていたのだ。ありがたく思ってほしいくらいだよ」
「そんな……」
ソニアが力なく床に崩れ落ちる。傍にいたラクエルが慌てて彼女を支えた。
「大丈夫か?」
今まで騙されていたことを知ったソニアが、悔しさからか、涙を浮かべている。
「ごめんね、あんた。あたし、こんな宗教にはまっちゃって……」
その様子を見ていたアークは当惑していた。
――パンドラの箱だと? なぜ、こいつが?
パンドラの箱――その存在を知っているのは、ごく限られた人間のはず。そして、それこそがアークが長い間探し求めていたものの一つだった。アークは驚愕の事実を突きつけられ、大きく動揺する。
「貴様には、いろいろ吐いてもらわなければならぬようだな」
アークは瞬時に戦闘態勢に入る。その様子を見たドノバンがニヤリと笑んだ。
「パンドラの箱の力を相手に戦うというのか? おもしろい」
「……大丈夫です、アーク」
黙って一連の様子を見ていたスノウが、不意に話し出す。
「その人の力は、偽物の力です。偽物の力は、本物の力には決して勝てません」
「……ああ!」
アークは大きくうなずく。スノウの言葉にいつも嘘はない。パンドラの箱の力を前に少し怯んでいた心が、前へと強く押し出された。アークはラクエルを振り向くと、同行していたベルを託す。
「行くぞ!」
アークは部屋中を見渡す。先程いた薄暗い廊下とは違い、この部屋には窓から眩しい光が差し込んでいた。まずは影でドノバンを拘束することを試みる。
『片時も離れぬ影よ、彼の者を捕らえ、我の前に差し出せ!』
次の瞬間、ドノバンの足元の影が伸び、彼の身体を捕らえようとする。
「ふん、こんなもの!」
ドノバンがにやりと笑み、手首にはめたブレスレットを伸びてくる影に向けた。すると次の瞬間、影が明滅しながら消えていった。眼前の様子を目にし、アークは少なからず動揺することになる。
「お前の力はこんなものか? 大したことはないな。では、次はこちらから行くぞ」
ドノバンがアークに向けてブレスレットをかざすと、眩い光が溢れ出した。そして、それは光の矢へと変化し、アーク目がけて何本も放たれる。アークは急いで稀言を紡ぐ。
『地上を照らす日の光よ、輝く盾となりて我が肉体を守れ!』
向かってくる光の矢が、現れた白く輝く障壁によって阻まれ、次々と折られていった。
「……訂正するぞ、なかなかやるな」
「そちらもな」
まだまだ余裕の表情を見せるドノバン。その様子を目にし、アークは内心舌打ちする。
――あのブレスレットに、パンドラの箱の力が込められているのか。厄介だな……。
先程から幾度となく稀言を使ったアークは少なからず消耗していた。それに引き替え、ドノバンはまったく疲れた様子を見せない。
『光の矢よ、不届き者を蹴散らせい!』
再び光の矢が飛んでくる。アークは稀言を紡ぎ、光の矢を防ごうとする。だが、行動するのが半歩遅れてしまい、光の矢のうちの一本がアークの腕に突き刺さる。その痛みに焼かれ、アークは苦悶の表情を浮かべた。その様子を見、ドノバンがせせら笑う。
「ははっ、どうだ? 光の矢、そしてパンドラの箱の力は!」
パンドラの箱の力――それは、今まで戦ったことのある異能者が使う力と一線を画していた。力が放出される速度は速く、その威力は格段に強い。
――やはり無謀だったか?
光の矢が刺さった腕を押さえ、アークは歯噛みする。そして、何とか打開策を練ろうと思案を始める。アークはハッとし、光の矢が刺さった自身の腕に目をやる。
稀言使いと白雪の書 あさひなつむぐ @dainasu
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