第24話 捕らわれたスノウ


 スノウを連れたドノバンは祭壇を離れ、部屋から出ていった。その後を追おうとするアークだが、男たちに固く両腕を拘束される。


「……仕方ない」

 

 アークは小さく息を吐く。そして、稀言を紡いだ。


『片時も離れぬ影よ、彼の者たちを捕らえ、我の前に差し出せ!』

 

 男たちの足元に伸びていた影が伸び、稀言のとおり男たちを捕らえる。突然のことに男たちは慌てふためき、奇妙な叫び声を上げた。


「おおっ、今のはさっき俺にも使った……」

 

 アークに拘束を解いてもらったラクエルが、感嘆の声を漏らす。それには構わず、アークは急いでスノウの後を追おうとする。


「……あんた?」


 不意に何者かに声をかけられたラクエルが、驚いたように目を見開く。気づけば、若い女性がこちらに歩み寄っていた。彼女は先程目にした、ラクエルの妻ソニアだ。


「何で、あんたがここにいるの?」

「何でって……」

 

 ばつが悪そうに、ラクエルが言葉を濁す。その様子を見ていたアークがあることを思いつく。


「ちょうどいい。ソニアといったか、あんたも一緒についてこい」

「あたしも?」

 

 突然の言葉にソニア、そしてラクエルが狼狽した様子になる。


「もしかしたら、この教団の真実の姿が見られるかもしれんぞ」

「真実の姿……?」

「そうだ。見るのが怖いか?」

 

 アークに問われ、ソニアは少しの間考える素振りを見せた。


「……いいわ。あたしも一緒に行く」

「よし、行くぞ!」

 

 アークは小さくうなずくと、ドノバンとスノウを追うため部屋を出た。少し遅れて、ラクエルたちも後に続く。


「一体どこへ行った……?」

 

 建物の中は案外広く、ドノバンたちの姿をすぐに見失ってしまった。


 ――あのドノバンという男、スノウが生霊の書だということを知って、明らかに顔色を変えていたな……。

 

 アークが気になるのはそれだけではない。スノウは彼が異能者ではないと言っていた。


「一体どういうことだ?」

 

 アークはポツリと呟く。スノウの言っていることを疑っているわけではない。なぜ、ドノバンが自身を偽ってまで教祖という立場に身を置いているか、理解できなかったからだ。


「どうしたんだよ?」

 

 深く思索に耽りそうになるのをラクエルに遮られ、アークは我に返る。


「何でもない。それより、早くスノウを捜さねば……」

 

 しかし、ドノバンがどこに行ったのかわからなければ、話にならない。


「ここにいたのですね、あなたたち」

 

 突然、何者かに声をかけられる。声のした方向を振り向くと、アークたちを案内した女性が立っていた。彼女はローブを被った男たち数人を引き連れている。


「ちょうどいい。教祖がどこへ行ったのか、教えてもらおうか」

「……そう言われて、素直に教えると思って?」

 

 アークの要求を女性が冷たくはねのけた。


「あなたたち、不届き者を捕まえなさい!」

 

 その言葉を合図に、女性の背後に控えていた男たちが飛びかかってくる。先程と違うのは、各々が武器を手にしているところだった。それを目にしたラクエルが不敵に笑む。


「へっ、こっちには異能を使える小僧がいるんだ。何人かかってきても怖くねーぜ! おい、さっきみたいに影で捕まえちまえよ」

「……いや」


 アークは、まいったとばかりに首を横に振った。今いる場所は薄暗く、男たちから伸びている影が建物の影と一体化してしまっている。これでは影を使って拘束する稀言は使えそうにない。そうこうしているうちに、アーク一行は男たちに取り囲まれてしまっていた。ラクエルが焦燥の声を上げる。


「お、おい……どうすんだよ?」

「何とかする、少し待っていろ」

「待っていろったって、もう取り囲まれちまってるぞ!」

 

 ラクエルはソニアを庇うように彼女の目の前に立った。ソニアは怯えたように夫の服の裾を掴む。


「……わかったぞ」

 

 考えをまとめたアークがラクエルに向き直る。


「ラクエル、あんた足は速かったな?」

「あ、ああ。多少は自信があるぜ」

 

 アークは小さく首肯すると、ある方向を指さした。その先には、分厚いカーテンが閉められた大きな窓があった。


「あのカーテンを開けてきてくれ」

「な、何で?」

「いいから言うとおりにしろ。それだけでオレたちは助かる」

 

 今ひとつ納得していない顔をしていたが、ラクエルはわかったとばかりに首肯する。


「もう相談は終わりか?」

 

 一連の様子を見ていた男たちの一人が言う。そして、こちらに向かって一歩踏み出した。


「行け!」

 

 アークの言葉を合図に、ラクエルが男たちの間をかいくぐって走り出す。


「あっ、待て、こいつ!」

 

 男たちが慌ててラクエルの後を追う。だが、彼の走るスピードは男たちの誰よりも速く、追いつくことができない。


「おらよっと!」

 

 大きな窓まで辿り着くと、ラクエルは勢いよくカーテンを引いた。次の瞬間、この空間に眩しい光が差し込んでくる。それに、ここにいる誰もが眩しそうに目を押さえた。

 

 図ったとおりの状況になり、アークはおもむろに稀言を唱え始める。


『片時も離れぬ影よ、彼の者たちを捕らえ、我の前に差し出せ!』

 

 すると、男たち、そして女性の足元から伸びていた影がさらに伸び、彼らを拘束した。


「な、何なの、これは……っ!?」

 

 女性がじたばたと手足を動かす。そんな彼女の元へアークが歩み寄る。

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