第23話 教祖ドノバン

「皆さん、こんにちは」

 

 男が静かに話し始める。


「まず初めにですが、我が教団は着実に教徒を増やし続けています。今日、初めてお会いする方もいらっしゃるのではないでしょうか。私は教祖のドノバン・ズールです」

 

 教祖ドノバンは部屋中を一通り見渡すと、教徒の多さに満足したように微笑んだ。


「我が教団は、教徒の皆さんのおかげで成り立っています。その皆さんのために私は心を砕き、その信心にお応えするよう日々邁進していく所存でおります」

 

 その言葉一つ一つは不思議と深く心に響く。そのことに気づいたアークは考える。


 ――稀言とまではいかないが、この男の言葉は人の心に作用する力を持っているようだな。

 

教徒ではないアークですら、心に踏み込まれそうになるほどなのだから、教徒である人間が教団に深くのめり込んでしまうであろうことは容易に見てとれた。

 

 未だドノバンは演説ぶっている。それを聞いているうちにあることに気づかされた。

 

 演説で教徒の心をわしづかみにし、その後に奇跡とやらを見せ、懐柔しようというのだろう。なるほど、うまく考えたものだとアークは思った。アークは少しの間思索に耽けた後、ドノバンを見る。ちょうど演説が終わり、彼は部屋中を見渡した。


「では、皆さん方のお悩みごとを聞かせていただくといたしましょう。どなたか、手を挙げていただけますか」

 

 その言葉を合図に、部屋中の教徒たちが競うように手を挙げ始めた。その様子を一通り見渡すと、ドノバンが一人の老女を指名する。


「では、あなた。こちらへいらしてください」

 

 教祖の指示どおり、老女は祭壇の上へ登った。


「さあ、あなたのお悩みをどうぞお聞かせください」

「は、はい……」

 

 縋るような目で老女はドノバンを見つめ、ポツリポツリと話し出す。


「実は、背中が痛くて痛くて……。お医者にも診てもらったんですが、原因不明で治せないと言われて……。こうしている間も痛くて、もう涙が出そうなんです」

「ほお……それはさぞかしお辛いでしょうね」

 

 哀れむような目で老女を見つめるドノバン。


「でも、もう大丈夫ですよ。私が治して差し上げますからね」

 

 一連の様子を見ていたラクエルが、馬鹿にしたような口調で呟く。


「へっ、医者でも治せねーような病気を、あのオッサンが治せるわけ……」

「しっ」

 

 奇跡を起こすカラクリを解くことに集中したいアークは、ラクエルを黙らせた。こうしている間にも、祭壇の上では奇跡が起きようとしていた。

ドノバンが老女の背中に片手を当てる。すると、次の瞬間、眩しい光が片手から溢れ出した。その光景を目にした教徒たちの間から、大きなどよめきが起こる。


「ああ……っ!」

 

 老女の口から感嘆の声が漏れた。ドノバンが彼女に問いかける。


「どうですか? 背中の痛みは」

「痛くない……痛くありません!」

 

 老女は感謝するようにドノバンの手を両手で握った。


「ありがとうございます、ありがとうございます!」

「いいえ、私の力など大したことはありません。あなたが私を信じてくださる心が、あなたの病を治したのですよ」

 

 一連の様子を見たアークは考える。

 

――何の異能だ? 一体。呪文も何もなしに魔術的現象を起こすなど、見たことがないぞ……。

 

 混乱するアークを横目で見ていたスノウが突然、声を上げた。


「アーク、あの人は嘘つきです。異能を使えないのに、使えると言っています」

 

 その発言に、ドノバンが驚いたように目を見開く。


「お、おい、嬢ちゃん……」

 

 一斉に部屋中の教徒の視線がこちらに集中したのに気づいたラクエルが、スノウを宥めようとする。


「この部屋の中で本当に異能を持つ人は、アーク一人だけです。あの人に異能の力はまったくありません」

 

 アークは驚いた顔でスノウを見た。


「スノウ……お前、どの人間が異能を持っているか、わかるのか?」

「はい。異能がある人は特別な光を放っています。逆にない人は何の光も放っていません。あの人がそうです」

 

 教徒の間から、ざわざわとした声が上がる。そして、こちらに向けられていた視線が、祭壇の上のドノバンに再び集中した。


「……お静かに!」

 

 ドノバンが厳かな口調で言う。それに反応し、教徒たちは開いていた口を閉じた。


「お嬢さん。一体、何の証拠があって、そんなことをおっしゃるのですか?」

 

 ドノバンに問われ、キョトンとした顔を浮かべるスノウ。


「それなら、わたし自身が証拠です。生霊の書に刻まれる知識は絶対です。間違いなど、あり得ません」

「生霊の書?」

 

 ドノバンの太い眉がピクリと上がる。そして、少しの間、何か思索する素振りを見せた。


「……どうやら、我が教団にふさわしくない方がいらっしゃるようですね」

 

 ドノバンがパチンと指を鳴らす。すると、祭壇の脇から数人のローブを羽織った男たちが現れた。そして、男たちはアーク一行を取り囲む。


「我が教団にたてつく、勇気あるお嬢さんをお連れしなさい」

 

 教祖の指示に従い、二人の男がスノウの両脇を固めた。自身が置かれている状況が理解できていないのか、彼女はなすがままになっている。


「ま、待て……っ!」

 

 アークは慌てて男たちを止めようとするが、すぐ別の男たちに押さえ込まれる。

 

 どうにかして、この苦境を乗り切ろうと考えるアーク。そうしている間にも、スノウがドノバンの元へと連れていかれる。


「さあ、お嬢さん、こちらへ……」

 

 ドノバンはスノウの肩に手を置くと、教徒たちを見回した。


「皆さん、残念ですが、今日の礼拝はこれでおしまいです。これから教団に紛れ込んだ異物を私自ら取り除きますから、どうぞご安心ください」

 

 その言葉を受け、混乱していた教徒たちがようやく落ち着きを取り戻す。

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