第6話 別れ


 彼は少年の顔を見た。お礼を言われてちょっと照れているようだ。ちょっと内気だが、素直で優しい子どもだ。もっと一緒にいたい。いろんな事を話したい。そんな誘惑に彼はかられた。だが彼にはこれからやる事がある。母親を探し出す事。そしてそっちの方が、結界を抜け出ることよりもずっと難しいだろう。その為のパートナーには、この少年の能力では物足りない。もっと能力の高い、新しいパートナーを探しださなくてはならない。彼は少年にどう切り出そうか迷った。今まで自分の事、そして母親の事を話して協力を訴えてきたのだ。ちらっと少年をうかがい見ると、少年も何か考えながら歩いている。国道を横切った少年は、向かいのスーパーの駐車場に入ると立ち止まった。

「良かったね。結界から出る事ができて。」

 そう言うと、少年は左肩をちょっと下げた。彼は左肩から飛び降りた。少年を見上げると、彼は思い切って言った。

「ありがとう。本当に助かったよ。きみのおかげで結界も出ることができたし。でもお母さんは、やっぱり自分で探すよ。君は宿題とか色んな事で忙しいだろう。来年の四月から中学生だし。」

 少年は顔の前で手を振ると、照れくさそうに言った。

「宿題とか別に必ずやんなくてもいいんだ。先生はチェックしないし、別に僕は期待もされてないし。それに誰だって中学生になれるんだし。」

 彼は早く次のパートナー探しを始めたかった。ここは殺し文句を言って、早く彼と別れた方がいい。自分と同じ様に、彼にもく殺し文句で。

「学校から帰らないで僕と一緒にいると、君のお母さんも心配すると思うんだ。お母さん、君のためにおいしいおやつを作って待っているかもしれないよ。」

 少年は急に不機嫌ふきげんな顔になって、彼に背中を向けると歩き出した。彼は自分の殺し文句が効いたのかどうかわからなかった。でもさよならも言わない少年に腹が立った。彼は遠ざかる少年の背中に大きな声で呼びかけた。

「お母さんによろしく。でも狛犬としゃべった事は秘密にしてね。」

 少年は振り返ると彼をにらみつけた。そして彼の方に走って戻ってきた。少年の目に涙が浮かんでいる。少年は彼の目の前に立つと、早口でまくし立てた。

「僕は今まで生まれてから、一度もお母さんの手作りのおやつを食べたことがないよ。だってお母さんは僕を産んだ時に死んじゃったから。僕はお母さんと話したことがない。お母さんの声を聞いた事もないんだ。だから僕は君がお母さんを探すのを・・・」

 少年はまだ何か言いたそうだった。でもそれ以上言うと、涙がこぼれるのがわかっているのかもしれない。少年は唇をかみしめると、きびすをかえし、駐車場の出口へ走り出した。彼は遠ざかる少年の背中を追いかけながら、大きなため息をついた。それと同時に彼の目から涙がこぼれ出した。少年のように彼には我慢がまんができなかった。生まれて初めてできた友達を失った後悔こうかいが、彼の流れる涙を止めてくれなかった。


 

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狛犬物語(雷一と小力の冒険) 霧島連太郎 @tnynknrn

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