10話 姫巫女属性

「あっ・・・」

パターン黒を、追いかけようとしていたあるじが、悲しい声をあげた。


「ドアが開かない・・・」


あるじが、パン屋の自動ドアの前に立っているにも関わらず、自動ドアはピクリともしない。

僕が、自動ドアの前に立つと、当然の様にドアは開いた。


もしかすると、あるじは幻覚、または霊的な存在なのではないかと、一瞬、思ってしまった。


今現在、僕は記憶喪失中なわけだし・・

何らかのショックで幻覚を見ているのかも・・・


そう言えば、現実的に考えて、おかしな事ばかりだ。

だって、僕が誘拐犯グループだなんて、それも憲兵隊本部長の娘を誘拐するなんて、現実的に考えて、ありえないだろう。


さらに秘密結社だって?

都市伝説でしょう、それ・・


そして、目の前に儚い幸薄美少女・・・

幻覚か夢幻か、もしくはこの世の者ではないか・・・


彼女は、それを思わせるだけの美しい容姿だ。

僕は、そっとあるじの肩に触れてみた。


「ん?何、家臣くん」

「もしかすると、あるじは存在しないのかと思って、確認してみました」

「私は存在するよ~」


地下街のパン屋の前で、あるじは悲しげな声で言った。

「もう」とすねた後、あるじは、悲しげな表情のまま、パターン黒の後を追って歩き出した。

「すいません」

僕は小声で謝ると、あるじの後を追った。


パターン黒は、階段を昇り地上に向かった。

僕らは、通勤や通学を急ぐ人々を避けながら、走った。


階段を急いで上がると、パターン黒は公園に入って行くのが見えた。

僕らは距離を取りながら、尾行を続けた。


ジョギングコースを揃えた大きな池がある公園では、早朝のランナーや、バレー部の高校生たちが朝練をしていた。


今の僕には、朝の陽ざしがとても眩しかった。

パターン黒も、このさわやかな朝は、不似合いならしく、ちょっと目立っていた。


爽やかな朝の空を、鳥たちが囀りながら飛んでいた。


それは、爽やかではあるのだが、僕はピンと来た。

運のない幸薄少女と居て覚醒を、始めているのかも知れない。


あるじの腕を引き寄せ、襲撃してくる鳥の糞からあるじを守った。

あるじは、僕を信頼してくれているのか、僕の動きに身体を委ねてくれた。

僕なんかを、信頼してくれてるなんて、ありがたきしあわせだ。


しかし!


僕は能力の限界を、思い知らされる出来事が起こった。

僕が、一難去った事で油断したのだ。


「すいませ~ん」


その声と同時に、白いバレーボールが、曲線を描きながら、あるじの頭に当たった。

それだけなら、大した悲劇ではなかった。


バレーボールは、あるじの頭をバウンドして、ちょうど横を通ったОLさんが運転する自転車の籠にスポッと収まったのだ。

どれだけの確率でそのような事が起こるだろうか?


「おぉー」


通りすがりの人々が感嘆の声を上げた。


「すいませんでした」

走ってきたバレー部の女子部員が謝った。

注目を集め顔を赤らめたあるじは、ちょっとだけ会釈をして、逃げるように足を速めた。


僕は、これが姫巫女属性なのだと確信した。

あるじの周辺では、あるじの意思に関わらず、そして、良い悪いに関わらず奇跡が起こるのだ。


その姫巫女属性が、武者倶楽部を名乗る秘密結社に取って、かなり貴重な存在なのだろう。


そんな貴重な存在を、身元不明な僕と2人きりにする事はないだろう。

どこかで見張っているはずだ。でも、今は確認する余裕はない。


僕は、僕のあるじを追った。


「すいません、僕の不注意で」

「うん、大丈夫」


あるじは、答えた。



つづく

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出会った美少女は秘密結社の姫巫女様 五木史人 @ituki-siso

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