9話 ヒロインはエロインです。

女医は穂香を大切な娘を見るような目で見つめ、

「2人だけで行くの?」


「はい、そちらの方が良いと直感で感じるので」

「姫巫女候補生の直感を、私は尊重するけど、危ないと思ったらすぐに助けを求めるのよ」

「うん、ありがと」

「じゃあ穂香ちゃん、これを」


女医と一緒に、家臣の心得を教えてくれた桃色の制服を着た看護師が、スマホと小さな革の手帳を渡した。

茶色のとても地味で小さな手帳だ。


「今月分のIDとパスワードと暗号表」

「うん、ありがと」


あるじが、パラパラと捲ると、ぎっしり文字が見えた。

どんだけあるんだよ。しかし、暗号表って・・・


女医は、由良穂香の頬を愛おしそうに撫でて、僕をじっと見つめた。


「それじゃ穂香をよろしくね。」

「はい」

「いい家臣、そして、いい男になるんだよ。」

「はい」


クリニックを出ると、あるじは、スマホを操作した後、かざした。

「家臣くん、見て見て、うちの調査部仕様の最新式です」

スマホには、地下街を通りすがりの人の個人名が記されていた。


「めっちゃ個人情報じゃないですか!」

「ホント、みんな筒抜けな酷い世の中だよ」

「あんたらがね」


多分、操作すれば個人名以上の情報が出てくるのだろう。


「これは、うちの調査部が違法に取得した情報じゃなくてですね、

あちこちに流れている情報を、整理して表示しているだけなのです。

それなりの組織の人間なら、知っている可能性のある情報です。

そんな連中が知ってて、私たちが知らないってのは、情報戦において、不利になるのですよ。」


「う~ん」


まるでゲームの世界だ。

僕は異世界に飛ばされて訳ではなく、これは現実世界の出来事だ。


「見て見て見て、あの女の人、専務と浮気してるってさ」


綺麗なお姉さん系の美女が、旅行用の鞄を持って空港の方へ歩いていた。


「これから浮気旅行じゃない?

雰囲気からして・・・ひゃは♪そしてこれが、あのお姉さんの下着姿」

「あっ!」


あるじのスマホには、下着姿の女の人が写っていた。

目を隠しているが、間違いない!


「もう~家臣くんたら、エロインだから!ダメだぞ!」

「いや・・別に僕は・・。」

「ネットにエロい事晒すと、確実に流出するのです。

情報の管理は、秘密結社の命です。

『秘すれば花なり』です。はい、リピートアフタミー」

「秘すれば花なり」

「秘密にするからこそ、そこに力が生じるのです。

だから情報管理は徹底するのです。」

「しかし、調査部って基本変態なんですか?」

「家臣くん失礼です!

うちの調査部は決して変態では、ない・・・」

「あっ、でもこの写真は・・・・」

「えっ・・・・うん、はい、家臣くんの言う通りです。

うちの調査部は変態の集団です(溜息)

でも人は多かれ少なかれ変態です。

私だって、変態です。

なぜならヒロインはエロインだからです。」

「あるじはヒロインでエロインですか?」

「そうです、私はヒロインでエロインです。

家臣くんなんかより、ずっとエロインです。

でも、これ以上言うと、家臣くんが照れてしまうので、

控えておくのです。さて・・・気分を変えて、

私たちも浮気旅行に行きますか」


「浮気って・・本命もいないのに、浮気旅行は出来ないでしょう」

「雰囲気なのです(笑)

あの女の事は、今日はわ・す・れ・て・・ね」


あの女の事・・先ほどのクリニックでの事がよぎった・・・


「家臣くん!」

スマホを見ていた由良穂香が、僕の手を強く握って

「パターン黒です」

「えっ?」

「パターン黒、秘密結社員です。

あの人は秘密結社員です、家臣くん、隠れよう」

「敵?味方?」

「微妙・・・」


僕は、フードコーナーがあるパン屋に入った。

パン屋のフードコーナーには、仕事前のОLさんたちで、込み入っていた。


これから専務と浮気旅行に行くであろう、綺麗なお姉さんがクロワッサンを、食べている横の席に、僕らは座った。

綺麗なお姉さんの、ちょっと危険な色気に、あるじも、ちょっとドキドキな表情だ。


その結社員の男は、黒いジージャンを着こなし、少しだけ攻撃的な雰囲気を醸し出しながら、石畳の地下街を、黙々と歩いていた。

年齢は、25前後ってところかな。

濃いサングラスは、少しだけ目立っていた。

秘密結社員として、それはどうなんだろうか?


「でも、なんで隠れるんです?あるじも、秘密結社員でしょう」

「彼が、私を誘拐したグループの、バックにいる連中かも知れないのです。

可能性は薄いですが・・・用心に越した事はないのです。

それと彼は戦闘要員です。私たちなんか瞬殺です。」


その戦闘要員の男が間近に迫った瞬間、あるじの肘がコーヒーカップに当たり、

「ガシャン」と落ちる寸前に、

僕がコーヒーカップを受け止めることが出来た時は、

「あれ、僕は何かの能力者?」と勘違いしかねなかった。


しかし、なぜこの瞬間に、コーヒーカップを落とします?運なさすぎです!


「あるじくん、凄い!」

あるじは小声で囁き、僕は耳元であるじの息吹を感じた。

そして、

「あるじは、あなたです。」

「あは♪」


結社の戦闘要員の男は、僕らに気付くことなく、早朝の地下街に、姿を消した。


「彼は私たちに気付かず、私たちは気づいた。

これが、情報量の差だよ。この差が勝敗を分けるのです。」


あるじは僕の耳元で言った。

そして、


「あるじくん、後を付けるのです」

「あるじは、あなたです」

「あは♪」



つづく

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