竜の居ない洞窟(17)

 ヤリニケラは洞窟の途中で絶命していた。

 口から腕を突っ込まれて腹の中をぐちゃぐちゃに壊されていた。顎は外れ、頬の肉は伸び切り裂けている。思わず目を背けたくなる、壮絶な死に方。その目は恐怖と苦痛に見開かれていた。


 彼の死体からは血痕が点々と続き、それを辿って行くと洞窟の外まで続いていた。

 太陽の光を浴びるのが随分久々な気がする。高くに上っている太陽のその下には、もう一つの死体が転がっている。こめかみにナイフの突き刺さった男だった。

 彼がニルスと呼ばれた男なのだろう。頭を刺されても尚ここまで移動するのは、大した執念だった。


 カフェトランは丸焼きに手伝ってもらい、ヤリニケラとニルスをアリツクシラの傍に運んでやった。……しぶしぶといった風だが、彼女はカフェトランの流儀を尊重してくれたようだった。


 ヤリニケラはともかくとしてニルスをアリツクシラの傍に移動させるのはどうかとは思ったが、他に適した場所も思いつかなかったし、何より時間がない。

 あまり時間がかかると、ヤリニケラを探して村人がここにやって来てしまうかもしれない。そうなれば後は――嫌でも察する。


「まあ」


 手についてしまったヤリニケラの血を拭うと、彼女は鼻で大きく息を吐いて、改まったように言った。


「あえてぶっきらぼうに言うと、哀れだな、こいつら全員」


「……ええ」カフェトランは小さく頷いた。


 竜のために生きることを切望した者、それに利用された者、望まぬことをさせられていた者……立場は皆それぞれ異なるが、ここで眠る三人と一匹は、それぞれ竜のために命を落とした者達だ。


 いやそれは少し違う――竜が殺したわけでもなければ、竜が意図したことでもない――竜はただひっそりと生きているだけだ。


 大きいだけのただの生命である竜に心酔した人間が、つまり竜教という概念が、彼らを躍らせ、そして結果として全員命を落としてしまった。竜のためならば命など惜しくもない、そういう考えは彼らの間では珍しくないのかもしれないが、少なくともこの全員は、今この場所で寄り添って眠ることなんて望んではいなかったはずである。


「私は、自分の脚で立っている」


 彼女が、呟くようにして言った。

 あるいは、哀れな彼らに向けて、そして自分自身に、宣言していたのかもしれない。


「支えてもらうことはあっても、立っているのは私自身だ。そしてこの足下は――ブーツの底も、その向こうも、ただ、それでしかない。何の意味も、無いんだ」


 彼女はランタンを拾い上げると乱暴に手渡して、早足に洞窟を後にした。



【竜の居ない洞窟・完】

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銀彩のエルフ ヤマナシミドリ/ 月見山緑 @mousen-moss

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