三十路女勇者の婚活事情
私の番号は、呼ばれることはなかった。
結局あの男も、こんな女と結婚するなぞ御免だということか。笑えてくる。これまで死に物狂いで戦ってきたのは何だったのか。
この戦場に、私が生き残る術はなかったのだ。
「リリィさん!」
その時、誰もいなくなった会場で呆然と立ち尽くす私を呼び止める声があった。虚ろな表情で振り向くと、先ほどの――『8番』の男がそこにはいた。
なんだ貴様。私を嘲笑いにきたのか。私と一番親し気に話していたくせして、私を選ばなかったくせに。この性悪男め、どうしてくれようか。
「いやあ残念でした。実は僕、リリィさんの番号書いていたんです。でもリリィさんと、勇者様とお話できただなんて、一生の思い出です。今日はありがとうございました」
今、何と言った。
この男は何と言った。
私の番号を書いた、だと。私も彼の番号を書いた。ではなぜ、私はここで一人立ち尽くしているのだ。
そう問い詰めようとしても、あまりの驚愕に声がでない。餌を求める鯉のように口をぱくぱくと動かすことしか叶わない。そんな私の様子にも気づかず、8番の男は一礼して去っていった。
何故だ、どうして、何がどうなっている。
ただわかるのは、私は千載一遇のチャンスを逃してしまったということだけ。
この戦場で私は、またしても負けたのだ。
「くそおおおお!もう酒だ!わた――我は飲むぞ!」
「そっちの方があなたらしいです。勇者様」
猫を被るのもやめ、全てを放り出して酒に溺れようとしたその時だった。
またしても、我を呼び止める声があった。先ほどの男とは違う、どこか懐かしい、けれども聞きなれた声だ。
「司会……、まさか貴様が――」
「さすが勇者様。ご察しがいい」
これまで、戦場で倒れた私を介抱し続けた男、婚活パーティの司会の男がそこにはいた。お馴染みの胡散臭い笑顔で、私を見つめている。
こいつが、こいつのせいか。理由はわからぬが、我の邪魔をしたのは、こいつなのだ。我は思わず、奴の胸元を締め上げた。
「貴様――」
「私は、あなたが……ゲフッ、ちょ、勇者様、ギブ、マジで、死んじゃう」
次第に青ざめていく彼を見て、少し冷静になった私は、ゆっくりと手を離した。四つん這いとなってげえげえと喉元を抑える彼を見ていると、段々と冷静になってきた。
「貴様、どうして我とあの男の邪魔をした」
「見てられなかったんですよ!」
ようやく呼吸が落ち着いてきた司会の男は、涙目ながらにそう叫んだ。
その涙が感情によるものか、苦しみによるものかは、区別がつかないが。
「女らしくなくても!自分を貫き通す貴方が!僕は好きだったんですよ!」
「な、な――」
「それなのに貴方は、自分を曲げてまで、婚活に執着して……!そんなのちっとも貴方らしくない!ましてや自分の好みでもない男と妥協して結婚しようだなんて……、僕の好きな勇者様は、リリアーナ・ヴァン・ヘルクレイツァは、そんな女じゃない!」
ぼろぼろと泣き続ける彼を見て、何かが胸の中から込み上げてくるのを感じた。
そして、先ほど感じた違和感が、再び我の中を巡る。
――それでいいのか
きっとよくなかったのだ。
自分に嘘をついて、偽ってする結婚に意味はあるのか。自分を曲げてまで、自分を偽ってまでする結婚に、何か意味があるのか。
「がさつで、女らしくなくて、でもそんな貴方がいつの間にか好きになっていたんです!偽らない本当の貴方が!嘘偽りない返事を、僕は聞きたい!」
30年生きてきて、初めて向けられる異性からの好意。
女らしくない、勇者然とした我が、好きだと言う男。
そうだな。彼の言う通りだ。自分を偽ってする恋愛になど、先はない。我は我、それでいいじゃないか。彼の言うところの『蓼』で我はいい。蓼を好む虫も、ここにはいるのだ。
だから我も、嘘偽りなく、彼に気持ちをぶつけるとしよう。
「いや、我、弱い男はちょっと」
彼は再び、膝から崩れ落ちた。
「あ、あははは……」
「すまんな」
「いや、それでこそ勇者様です。僕の好きになった、真っすぐで不器用な人です」
一言余計だ。
けれど、胸のどこかでつっかえていたものが、すうと落ちたような気分だ。この窮屈な偽りの皮を脱ぎ捨てて、なんとも気分が良い。
こんなときはそうだな、やっぱり酒に限る。
「よし。いつものように倒れるまで酒を飲むぞ」
「はは……。介抱は任せてください」
「違う。お前も飲むんだよ」
思いもよらない台詞に、男は目を丸くする。
「我の好みは、『我よりも強い男』だ。それは酒の強さも然り――だろ?」
勇者の次なる戦場は、婚活パーティー。
次なる獲物は、酒の強い雄。
三十路女勇者の婚活事情 稀山 美波 @mareyama0730
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