第五話 何でも屋初心者の初めての人探し。 3
「あ、せんせい! こっちこっち!」
指定されたファストフード店にやって来ると、僕の姿を見つけて大きな声で呼びかけて来たのは、先程僕が連絡した卒業生、
「ひさしぶりだね、せんせい。もものこと覚えてる?」
「うん、もちろん覚えてるよ。覚えてたから連絡したんだしね……」
「そっか、そうだよね。えへへ、へんなこと言ってゴメンね?」
まぁ、ご覧の通り少し変わった子なのだ。
しかし、こう見えても彼女は非常に優秀な生徒だった。
ぱっと見は小学生に間違われてしまうような身長の可愛い女の子。
喋るとその印象がさらに強まってしまう子ではあるのだが、その実彼女はとんでもない天才少女なのだ。
僕が彼女を教えていたのは中学時代だが、当時から彼女の才能はとびぬけていた。
塾で毎月実施される全国模試では、常に全科目一桁台の順位をキープし、偏差値も全科目70台。
模試を実施する業者から、毎月彼女の優秀な成績を賞する表彰状とメダルが校舎に届いていたほどだ。
勿論、毎回の定期試験でも全科目で学年一位を叩き出し、僕の努めていた塾の評判を上げるのにも一役買ってくれていた。
さらに言うなら、『椎名さんが通っているのなら……』という保護者の口コミで、当時は彼女の同級生や下級生の入塾希望者が爆増して、評判どころか、経営にも一役も二役も買ってくれていたのだった。
まぁ、当の彼女はと言えば、学校の先生の説明で納得がいかなかった内容などを、僕に質問して来ては、僕の頭を悩ませる困った生徒だったのだが……。
そんな彼女のお陰で、三流大学卒の僕が地域で評判の塾講師になれたとも言えなくもないので、僕としては彼女に感謝もしているのだった。
現在彼女はこの日本における最高学府の大学院に通っているのである。
講師の僕は三流大学卒なので、完全に追い抜かれてしまっている訳だ。
「それにしても、一年ぶりぐらいだね。ももさんは元気にしてた?」
「うん、ももはいつでも元気だよ? それくらいしか取り柄ないし……」
この子の取り柄がその元気さだけと定義されるなら、世のほとんどの人たちもまたそうなってしまうのだが……。
彼女の良くないところは、その自己評価の低さだろうと僕は常々思っていたが、それは数年経った今でも変わっていないらしい。
「一応言っておくけど、君にはほかにも取り柄がいっぱいあるからね?」
「えぇ? なんだろう? ……ああ、この大きくなっちゃったおっぱいとか?」
「それを僕の判断で”取り柄”と定義してしまうのは、僕の沽券に関わるからノーコメントで……」
そう言いながらも心の中では、彼女のそのコメントを全面肯定する僕なのだった。
「ももさんは何か食べたいものある?」
「うーん……三角チョコパイ?」
「それを疑問形で僕に聞かれても困るんだけど……とりあえず、三角チョコパイは買って来るから待っててね」
「はぁ~い! ありがとう、せんせい!」
「それで、せんせいの頼み事ってなぁに?」
僕の買ってきた三角チョコパイを平らげたももさんは、紙ナプキンで口元を拭った後で僕にそう質問して来た。
「うん。先に伝えた通り、僕は今人探しをしてるんだけど……君の所属してる学外サークルの人たちにも聞いてみて貰えないかと思ってさ……」
「いいよぉ~、どんな人を探してるの?」
「ああ、この子なんだけど……マウエ サトリさんって言うんだ……」
彼女は大学を跨いで組織されている学外サークルに複数所属しているのだ。
前述した通り非常に優秀な頭脳を持つ彼女だけれど、頭脳に限らずその身体能力にも恵まれていて、スポーツ系のサークルから文化系のサークルまで様々なサークルに勧誘されて所属しているらしい。
僕は彼女の有する非常に広い横のつながりを利用して、山口が繋いでくれたみつきさんとは別ルートで探し人を探そうと考えたのだ。
「うん、一通りのサークルの人たちには連絡してみたから、見つかったら返事が来ると思うよぉ」
「ありがとう。本当に助かるよ」
彼女は自身の所属する複数のサークル全てに、間上さんの聞き込みをしてくれたらしい。
自分で頼んでおいてなんだが、事情を説明して、聞き込みをお願いするという面倒を何度もさせてしまったのに、その報酬が三角チョコパイだけというのは申し訳ない気がしてきてしまう。
「ももさん、他に何か食べたいものある? 僕が何でもご馳走するよ?」
「えぇ~……もうお腹いっぱいだよぉ……」
三角チョコパイ一個でお腹いっぱいになる彼女の胃袋の小ささに驚愕する僕。
そんな僕の顔を見て、彼女は慌てて訂正する。
「せんせいが来る前に、月見バーガー全種類コンプリートしちゃったんだよぉ」
ということだった。
「なら、その分のお金を僕が……」
「それよりも、私はこの後のせんせいの予定に連れてって欲しいなぁ……またお化けがらみなんでしょ?」
「え? 何で、ももさんがそれを知ってるの?」
何故か僕のこの後の予定を知っていたももさんに僕が驚くと、彼女は得意顔でスマホを取り出して、そのからくりを説明してくれた。
「せんせいがこの後約束してるみつきちゃんは、私のサークル仲間なのです。そして、みつきちゃんがストーリーを更新してて、そこから私が推理したのです!」
「なるほど……」
そう言って見せてくれたみつきさんのSNSのストーリーには、
『この後バイト先の店長の知り合いの何でも屋さん(?)と、曰く付きの場所に行く予定』
と書かれていた。
その文章に添えられている写真が例のメイド喫茶のものだったから、ももさんは僕のこの後の予定を推理したというが……。
最近の子達が、SNSに頻繁に近況をあげているのは知っていたが、そんな些細な情報からここまで正確な推理が出来るのは、ももさんくらいのものだろう。
「けど、そんなに楽しいものじゃないと思うし……安全かどうかも分からないからなぁ……」
「危なかったら、昔みたいにせんせいが守ってくれるんでしょ?」
「いや、それはもちろんだけど……時間も遅くなるし、お家の人とかが心配しない?」
「ママなら、せんせいがいっしょって言えば心配しないよぉ」
言われて思い出す。
僕が塾講師時代、何故だか彼女のお母さんには気に入られて、信じられないくらいに信頼されていたのだった。
規則で無理だと再三伝えたのに、面談の度にご自宅へ招待されたことは、今ではいい思い出である。
今は引っ越してしまったが、塾講師をしていた当時は校舎の近くに住んでいた僕のアパートの近くが、椎名家のお家だった為ゴミ捨ての際などに何度もゴミ捨て場でお会いする程の中だったっけ……
勿論、一度たりともお宅にお邪魔したことはなかったのだけれど……。
「うーん……分かったよ、ももさん。ただ、一応後で合流するみつきさんに確認して、同行を断られちゃったら、そのときは別の埋め合わせを考えてね?」
「はぁ~い!」
まるで僕の生徒だった頃の様に、楽しそうに手を上げるももさんの返事を聞いて。
僕は何だか懐かしさと同時に嬉しさを覚えた。
いまだにこうして僕のことを慕ってくれる卒業生達がいることに、僕は本当に幸せを感じるのだ。
講師冥利に尽きるというやつだった。
「さてと、それじゃあ、みつきさんとの待ち合わせの時間までもう少しあるし、僕はもう一人くらい別の卒業生に会うつもりだけど……ももさんは――」
「いっしょに行くよぉ~!」
問答無用のももさんを連れ立って、僕はもう一人会う約束を取り付けていた卒業生に会うために、今度は駅から少しだけ離れたカラオケボックスへと向かうのっだった。
続く――
何でも屋だからってなんでもできる訳じゃない。 はないとしのり @Hanai-Toshinori
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