第四話 何でも屋初心者の初めての人探し。 2
「ここか……山口のメイド喫茶」
メイド喫茶というものに、僕は行ったことがなかった。
この仕事を始める前は塾の先生をしていたから、ほとんど休みもなかったし、休みがあっても教材研究に追われていた記憶しかない。
休みがないと、学生時代の友達から飲みに誘われたりもしなくなり、あっという間に友達は激減した。
必然、『メイド喫茶行こうぜ!』的な誘いを受けることもなくなり、自分からもそのような場所に行こうという気にはならなかったので、これまで一度たりともメイド喫茶という場所にご縁がなかったのだ。
「……やっぱり、『おかえりなさいませ!』とか言われるのかな?」
だから、僕のメイド喫茶に関する知識は、一昔前のメイド喫茶全盛期に遅い時間のニュースバラエティ番組などで特集を組まれた際に取り上げられた数分の取材内容と、漫画やアニメやドラマに取り上げられた脚色されたようなものしかないのだ。
「…………………」
メイド喫茶『ミミック』という看板の掲げられた入り口の前で、立ち尽くすこと数分間。
唾を飲み込み、深呼吸してドアノブに手をかけたときに、そこにかけられた営業時間を表記されたプレートを見て、僕は何とも言えない肩透かし感を食らうのだった。
「ははは……なんだ、営業時間外じゃないか……」
店内には人の気配を感じるので、山口がいるかも知れない。
僕はそう思って、開店前のメイド喫茶『ミミック』のドアをコンコンッとノックした。
「はぁ~い……」
ドアの向こうから聞こえて来たのは、可愛らしい女の子の声だった。
僕の身体は、一気に緊張して硬直する。
塾講師なんてやったいたけれど、僕は基本的に人見知りのビビりだ。
塾の生徒や保護者、今の仕事の依頼人と初めて会うときに問題なく喋れるのは、それが仕事だと割り切っているからなのだ。
今ももちろん人探しの仕事中だが、ここには元生徒の山口という青年から話を聞く為にやって来たので、メイドさんと話す心の準備は出来ていないのである。
我ながら、難儀な性格だと思うが性分なのだから仕方がない。
「すみません、まだ営業時間じゃないんですよぉ~……」
ガチャリと音を立てて開いた店の扉の向こうから、声から想像した通りの可愛らしい女の子が顔を出した。
「あ、す、すみません……僕はお客さんじゃなくて、いや、ある意味お客さんなんですけど、メイド喫茶に来た客ではなく、店長の山口さんに用がありまして……」
「あ、店長のお客さんでしたか……少々お待ちください」
完全にどもっている情けない僕に対して、朗らかな笑顔で対応してくれるメイド姿の女の子。
胸の名札には「みつき」とこれまた可愛らしい文字で書いてあるのが見えた。
「店長~っ!! お客さんですよ!!」
そう言って店の奥に呼び掛けるみつきさん(仮)。
「んん? 今日は別に誰かと約束した覚えは……って、なんだ先生じゃんか?」
「おお、山口だ! 良かった、ホッとした……」
みつきさんの呼びかけに応じて、店の奥から山口が出て来たのを確認して、僕は心底安心した。
こんな可愛らしい初対面の女の子と二人きりなんて、僕に耐えられる訳がないのだ。
見知った顔が現れてくれて、胸を撫でおろしている僕のことを見て山口は面白いものでも見たかのように笑っていた。
「先生がうちの店にいるとか、マジウケんだけど!」
自分もまさか元生徒の経営するメイド喫茶にやって来る未来が来ようとは、夢にも思わなかった。
「で、先生は俺に何のようなん? うちには猫耳美少女メイドはいても、猫はいないぜ?」
これまでの経緯から、元生徒達に僕は完全に『猫探しの人』と認識されている辺り、実に僕らしい現実だった。
「なるほどねぇ……でも、わりぃんだけどその子には見覚えねぇわ。斎藤の言う通り、そんな子駅前で見かけてたら、100%間違いなく声かけてるし絶対に忘れないから……少なくとも、俺が出歩いてた時間にはここ数日の間その子は駅前にはいなかったと思うぜ?」
「そうか……うん、ありがとう。仕事的にはふりだしだけど、その時間そこに彼女がいなかったって言う情報は可能性を潰す意味で十分価値があるから、山口は謝る必要はないよ」
「はは、相変わらず先生は先生だな……律義って言うか、クソ真面目って言うか……折角メイド喫茶に来たんだし、何だったらみつきの接客でも受けていくか?」
「い、いいよ! そんなの!! みつきさんにご迷惑だろ!!」
僕とのやり取りを「先生らしい」とまとめる山口の申し出を僕は慌てて断った。
なんと言うか、元生徒の店で可愛い女の子に接客されるという状況に、僕は言いようのない罪悪感を覚えて仕方がなかった。
「マジで先生は先生だよ……メイドは接客が仕事なんだから、迷惑だってことはないだろうにさ……ま、女に弱いのも昔のまんまだよな、先生はさ……」
そう言って懐かしそうに眼を細める山口。
果たして僕は、彼の記憶の中でどんな講師として記録されているのか……想像して少し怖くなったので、僕は考えるのを辞めるのだった。
「けど、人探しか……力になれなくて申し訳ないけど、そうだな……あとで店の女の子達に聞いてみるよ。いろんなところから来てくれてるから、もしかしたらどこかでその子のことを見たって子がいるかも知れないしな」
「それは助かる。ありがとう」
「先生には昔すごく世話になったからな……それくらいは手伝うさ」
僕がコピーした写真を差し出すと、山口はそれを受け取って早速みつきさんに見せて聞いてくれていた。
「……ん? これって、もしかしてマウエさん?」
「お、みつきはこの子のこと知ってるのか?」
「うん、同じ大学の子……何? その人マウエさんを探してるの?」
「そうみたいなんだよ……その子が今どこにいるか、みつきは知らないか?」
「う~ん……どうだろ? 私は学部が違うしなぁ……一応、同じ学部の子に聞いてみるね」
「サンキュ、助かるよ!」
ふりだしに戻ったと思ったが、世間は狭いとはよく言ったものだ。
「先生、みつきがもしかしたらその子の知り合いと連絡が取れるかも知れないって。コーヒーでも出すから、少しだけそこに座って待っててくれよ」
偶然の繋がりから、奇跡的に舞い込んだ微かな希望。
果たして、ここから探し人の情報を手に入れられるのか?
僕はあまり期待をせずに、山口に勧められるままメイド喫茶ミミックのカウンターの最奥の席に腰を掛け、山口から差し出されるコーヒーを息を吹きかけ冷ましながら飲むのだった。
「あ、そうだ先生! 一個頼みたいことあんだけど……」
「手伝って貰ったお礼だ。なんでも頼まれるよ! あ……お金の相談なら無理だけど……」
以外に美味しいコーヒーを飲んでいた僕の返答に、山口は苦笑いを浮かべる。
「現状万年金欠の先生に金の苦心はしないし、そんな金には困ってないよ。この店結構儲かってるからさ」
山口の言葉は事実なのだろう。
みつきさんのような可愛い子がいるのなら、きっとこのメイド喫茶は流行っているのだろうからな。
「ただ、頼み事は俺の知る限りじゃ先生にしか頼めない事なんだよ」
「僕にしか出来ないこと? もしかして、猫探し?」
「いや、んな訳ないでしょ? 俺猫飼ってないし……」
僕にしか頼めないと言われて、猫探しを思い浮かべた僕が一番毒されているのかも知れない。
「じゃあ、一体……?」
「実はこの店、出るみたいなんですよ」
「出るって?」
「いや、こう言ったら普通分かるでしょ? 幽霊ですよ、幽霊」
「え? ……でも、そんな気配は……」
山口に言われて、思わず店を見渡してしまう僕。
でも、山口は出ると言っていたが、この店からそう言う気配は感じられない。
「出た出た……昔から先生はそうだったよね。霊が見えるって……普通は誰も信じないようなことだけど、実際先生は俺達の周りで起きたそう言うトラブルを色々解決してくれてたじゃん? 上野の婆ちゃんの家のポルターガイスト現象とか、三上の修学旅行の心霊写真事件とか……」
山口の言う通りだ。
実は僕は幽霊の類を見ることが出来る。見るだけではなく、話をしたり、触ったりもできるのだが……
なんというか、所謂霊能力者なのである。
まぁ、それで幽霊がらみで困っている人を助けることが出来た以外に何か得をしたことはなかったし、何でも屋の仕事の一つに掲げるには胡散臭すぎて出来ないので、ほとんど役に立つことはないのだが……
こうして時折、その秘密を知る知人や友人に頼られることがある程度だ。
「それで、山口は僕にどうして欲しいのさ?」
「定期的に夜になると現れる幽霊をどうにかして欲しいんだよ。うちのスタッフや常連客にも見える子がいて、たまに騒ぎになるから困ってるんだ……」
「そっか……なら、今度幽霊が出たときに、すぐに僕を呼んでくれ。そうしたらなんとか出来ないか頑張ってみるから」
「サンキュ先生、恩に着るよ!」
山口は僕の言葉を聞いて、ホッと胸を撫でおろすように溜息を吐くのだった。
「えっと、向井先生でしたっけ?」
「ひゃい! 向井です!!」
不意に、みつきさんに話しかけられて変な声を上げてしまう僕。
自分でも気持ち悪いと思うくらいなので、きっと彼女にもそう思われただろうに、彼女は笑顔を浮かべてそんな僕の気持ち悪い声を聞き流してくれた。
「友達が言うには、間上さん知り合いの家を転々としてるらしいって……一番最近彼女が転がり込んでた子の連絡先を教えて貰ったんですけど……どうしますか?」
「も、もし迷惑じゃなかったら、その子に僕を紹介して貰えないかな?」
「分かりました。そしたら、私の仕事が終わったらその子に会う様にしますので……今夜20時に駅前で待ち合わせとかでいいですか?」
「ありがとう。……どうぞよろしくお願いします」
「あはは、本当に向井先生は店長の言う通り真面目なんですね」
「あはははは……」
みつきさんのお陰で、探し人の手がかりを掴めそうだ。
そう思っていたら、みつきさんが僕の耳に顔を近づけて一言ボソリとつぶやいた。
「多分、今夜出ると思うので……ついでにそっちもどうにかしてくれると嬉しいです」
「え? なんで、君には今夜出るって分かるの……?」
「それじゃあ、また後で!!」
僕の質問には答えずに、足早に店の奥に消えていくみつきさんだった。
「……どういうことだろう? けど、夜まで暇になっちゃったなぁ……」
僕は少し考えて、別の卒業生に会うべくスマホを操作するのだった――。
続く――
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