第三話 何でも屋初心者の初めての人探し。 1


 『何でも屋』始まって以来の大仕事。

 依頼人の娘さんを探す、いわゆる『人探し』の仕事だが、結局のところ『猫探し』と出来ることは変わらなかった。


「もしもし、また『探し物』を手伝って欲しいんだけど……」


 僕は携帯の電話帳から、駅前のカフェで働く卒業生の名前を探して電話をかけた。


「あはは、センセまた『猫』探してんの? 大変だねぇ……もう『何でも屋』の看板おろして、『猫探し屋』に変えたらいいんじゃん?」

「開口一番、辛辣なご意見ありがとう」


 『探し物』と言って、それがすぐに『猫探し』だと思われるほど、僕はこれまで彼女に『猫探し』の手伝いをさせて来たということだ。

 間上氏が驚愕したほどの数を手伝って貰っているのだから、必然だ。


「ただ、今回は『猫』じゃないんだよ……」

「ああ、じゃあ『犬』とか? 意表をついてハムスターとか?」

「いや、今回は『人探し』なんだよ――」

「ほら、やっぱりペットじゃん……って、え? センセ今、『人探し』って言った??」

「……う、うん」

「『人探し』!? 『猫』じゃなくて!? と、とうとうそういうそれっぽい仕事が来るようになったの!? センセやったじゃん!!」


 電話の向こうで興奮気味に喜んでくれる齋藤さいとうには悪いが、どうにも嬉しく思えない僕がいる。

 なんと言うか、彼女のノリは、身内に対する母性愛にあふれているというか……

 例えるなら、ずっと定職に付けなかった甥っ子が、やっと就職できたと聞いて喜ぶ叔母の様なテンションに感じるのだ……

 なんと言うか、素直に喜べないカテゴライズを、彼女の中でされているような気がして、僕は複雑な気持ちになって苦笑いを浮かべてしまうのだった。


「今度お祝いしなくちゃね! 私ご馳走するよ!!」

「いや、そこは依頼の報酬で僕におごらせてよ!」

「いやいや、今度いつそういうキチンとした仕事が入るか分かんないじゃん? そういうお金は人に奢って無駄遣いするんじゃなくて、キチンと貯金とかしなよ。センセもいい年なんだし……」

「急に現実つきつけるの止めて……悲しくなるから……」


 不思議なのだが、どうしてこう女の子はしっかり者が多いのだろうか?

 あくまでも僕の送り出した卒業生調べになってしまうが、圧倒的に女子の方がキチンと定職に就いて、地に足をつけて生活している率が高い。

 男子は大半がフリーターとか、ふわふわした仕事についているか、まだ大学院に通っていて学生を続けているとか、不安定な生活をしている奴が多いのだ。

 かくいう齋藤も今は駅前の一等地に店を構えるおしゃれなカフェで正社員として働いている。有休もあるし、ボーナスも支給されるキチンとした職場らしい。

 有休なんてとれないし、ボーナスもほぼ出なかった塾講師を辞めて、有休もボーナスも一切ない『何でも屋』なんてやっている僕とは、雲泥の差だ。

 年齢とか関係なしに、僕のことを少し上の目線から心配しているのも頷ける。

 ……自分で考えていて、悲しくなる現実だった。


「それで? どんな人探してるの? 『思い出の幼馴染』? 『昔お世話になった恩師』? 『告白できずに卒業しちゃった初恋の人』?」

「いや、そういう『あの人は今』的な『懐かしの人』を探す系じゃなくてね……家出して行方をくらましちゃった、依頼人の娘さんなんだけど……」

「……いやいや、そういうのはセンセじゃなくて警察とかに頼まないと……」

「うーん、警察って事件にならないと動けないから、頼んでも警察の方が困っちゃうかも?」

「じゃあ、もっとキチンとした探偵とかに頼まないと……センセじゃ明らかに『役不足』でしょ?」

「斎藤、『役不足』って、『与えられた役目の方が実力不相応に軽いこと』を表す言葉だから、この場合は『力不足』っていうのがいいかもよ?」

「出た……センセのマジレス。センセって、先生じゃなくなったのに、ホントいまだにセンセだよね……」

「何その哲学的な問答……まぁ、言いたいことは分かるけどさ……」


 軽快に進んでいく会話のお陰で、なんだか僕と彼女が先生と生徒だった頃のことを思い出す。

 あの頃もこうして、全く中身の会話を交わしながら、彼女に授業をしていた気がする。

 我ながら、まるで成長していないな……


「センセ、大丈夫なの? そんなガチの『人探し』なんて……見つけられるの?」

「いや、依頼を受けた以上、見つけるしかないよ。……出来る出来ないじゃなくて、やるしかないんだから、何が何でも探して見つけないと……」

「あはは、まぁセンセならそういうよね……で、結局なんだかんだ言って、それをどうにかしちゃうんだよなぁ……絶対無理だって言われてた私を、付きっ切りで勉強見て第一志望の高校に合格させちゃったくらいだもんね……」


 斎藤が懐かしそうな声でそんな話をするもんだから、僕も当時のことを思い出す。

 斎藤は授業中でもよく喋る元気な生徒だった。

 勉強がとにかく嫌いで、苦手で、テストでもそれはもう酷い点ばかりを取る生徒だったが、誰よりも粘り強くガッツのある娘だったのを覚えている。

 偏差値を上げる為に僕が出したそこそこに無茶な課題にもついて来て、結局志望校に合格してしまった。

 彼女はことあるごとに『センセのお陰』と言ってくれるが、結局頑張ったのは彼女なのだ。僕からすれば、彼女は受かるべくして受かったと思っているくらいだ。

 僕がそんな風に過去を懐かしんでいると、彼女は僕の頼みごとを先回りして確認してきた。


「で? センセは私に『その依頼人の娘さんをここ最近私が店で見てないか?』って言うのを聞きたいわけだ……」

「うん。その通り……今携帯に写真送ったんだけど、どうかな?」

「……あ、来た来た……って、何この娘、信じられないくらい可愛いじゃん!? 下手したら、そこらのアイドルより可愛くない?」

「……そうなん? 僕、アイドルとか詳しくないから……」

「……はぁ、聞いた私がバカだったわ……センセ、昔山口が『これ、俺の彼女』って言って同時大人気だったアイドルの写真みせても『へぇ、結構可愛いじゃないか』って言って簡単に騙されてたような奴だもん……今のアイドルなんて分かる訳ないか」

「いや、当時は仕事が忙しすぎて、テレビとか見る時間もなくて……」

「当時はそうかも知れないけど、今はそこまで忙しくないのに、センセは結局アイドル全然分からないじゃん……要はアイドルとかに興味ないんでしょ?」

「……確かに、もうどの子も同じに見えるもん……」

「それ、完全におじさんの発言だから、言わない方がいいよ?」

「う……気をつけます」


 それからしばらく、斎藤は黙り込んだ。

 恐らく、ここ最近の店の客の顔を思い出してくれているのだと思う。

 彼女は昔から、英単語や数学の公式は覚えられなかったが、人の顔を覚えるのはものすごく得意だったのだ。

 その特技は今の仕事にも生きているらしい。

 以前彼女のファンになって、この店の常連になったという客に話を聞いたとき、その人は、こんな事を話してくれた。

 その人が以前気まぐれで酔った彼女の働くカフェを、数カ月ぶりに訪れたとき、斎藤はその人のことを名前で呼んで、以前その人が話した話を彼女の方からしてくれたのだそうだ。

 それが嬉しくて、その人はそれからそのカフェに通うようになり、今では常連になったのだと嬉しそうに言っていた。


「うーん、少なくともここ一週間この娘はうちには来てないと思う」

「そっか、ありがとう。もしその娘を見かけたら――」

「こらこら、人の話は最後まで聞くもんだよ、センセ」


 そんな彼女が見覚えがないというので、引き下がろうとする僕を止める齋藤。


「私は見覚えがないけどさ、これだけ可愛いんだから、さっき話に出た山口なら知ってるかも知れないよ?」

「えーと……メイド喫茶の店長やってるんだったっけ?」

「うん。アイツは店の女の子のスカウトって名目で、しょっちゅう駅前でナンパしてるから、この娘にも声をかけてるかも……一応聞いてみたら?」

「確かに、アイツなら声かけてそうだな……ありがとう齋藤。恩に着る」

「あはは、別にこれくらい……また今度コーヒー飲みに来てくれたらそれでいいよ。私もその娘が駅前通らないかとかも見ておくから、見かけたら電話するね」

「助かる……それじゃ、また今度店に行くよ!」

「うん、じゃねセンセ。『人探し』頑張ってね!!」


 斎藤との電話を終えた僕は、すぐに電話帳から山口の電話番号を探す。


「『お客様のおかけになった番号は、現在使われておりません……番号をお確かめになって、もう一度おかけ直しください……』」

「しまった、かれこれ一年はかけてなかったから、携帯変えちゃったか……」


 こんなことなら斎藤に山口の連絡先を聞いておけば良かったと後悔する僕だったが、山口が経営するメイド喫茶は知っていたので、僕は彼の店に直接お邪魔することにするのだった。


 続く――


 

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