第二話 何でも屋初心者が教える猫探しの秘訣。


 さて、間上氏が驚嘆きょうたんしていた僕の猫探しだが、確かに秘密は存在していた。

 それが何なのか、興味がある人間が果たしてどれくらいいるかは分からないが、あんな風に言われたら少し自慢したくなるのが人間だろう。

 ……まぁ、本当に自慢するほどのものでもないのだが。


「なんか向井先生、随分褒めちぎられてませんでした? 私の聞き間違えじゃなければ……」


 僕が注文したコーヒーを今更持ってきてくれたのは、この店の給仕をしている清香きよかちゃんだ。

 彼女が僕のことを”先生”と呼ぶのは、彼女が僕の元教え子だったからである。

 塾講師を10年もやっていれば、10世代の学生を巣立たせたことになる訳だ。

 必然的に生活圏内には、巣立っていった元教え子が増えていくのも必然だ。

 それこそ、近所のコンビニから、少し離れた駅にあるコーヒーショップやファミレスに……この街の至る所に僕のことを『向井先生』と呼ぶ若者がいるのである。

 正直、どこに行っても誰かしらの卒業生と顔を合わせることになるので、監視されているような気持ちにさせられるが、もうそれも気にならなくなった。


 そして、これこそが、僕が短時間の内迷い猫を見つけ出す秘密の正体である。

 『卒業生監視網』

 僕がそう名付けた、情報交換ネットワークだ。

 要するに、地元から都心に向けて散らばった元教え子達の目を借りて、僕は猫を探していたのだ。

 勿論、他にもいろいろ裏技も使ってはいるが、一番大きいのはこの情報網だろう。

 捜索対象の猫の写真をその情報網に拡散し、目撃情報をかき集めてその猫の行動範囲を絞って捜索していたわけだ。

 加えて、卒業生の中に何人かいる獣医やペットショップ店員から、猫を捕まえるコツやおびき寄せるコツなんかも細かく伝授して貰ったりもしているのだ。

 捜索から捕獲に至るまで、僕はそんな多くの卒業生の力を借りていのである。


 何でも屋は僕一人しかいないが、協力者が大量にいる……。

 結局のところ、人海戦術を使っているだけなので、褒めてもらうのが申し訳ないのが本当のところだったりもする。


 ……んまぁ、とにかく。

 僕は過去に築いた人脈を駆使して、猫探しをやって来たのだ。


「猫探しがすごいって褒められたんだから、清香ちゃんの聞き間違いではないよ」

「……なんか、向井先生のくせに大物に褒められてるとか生意気ですよね?」

「それはどういう意味かな、清香ちゃん。……ん? ちょっと待って。大物ってどういうこと?」


 得意げになる僕にしっかり釘を差してくる清香ちゃんの言葉に、聞き捨てならない単語を聞いた気がして僕は思わず聞き返した。


間上まうえ重三じゅうぞう……大手食品メーカー間上グループの実質トップですよ? まさか名刺まで貰っておいて気付かなかったんですか? 流石は向井先生ですね……」

「間上グループって、あのマウエ? え? そうなの? もし本当なら、超大物じゃん?」

「だからそう言ってるじゃないですか……」


 『こいつ馬鹿だ』とでも言わんばかりに溜息を吐く清香ちゃん。

 マウエと言えば、ソーセージとかハンバーグとか、肉系の食品に強いスーパーで見かけないことはない食品メーカーだ。


「そのマウエグループの総裁が、先生に何の依頼だったんです?」

「いや、それは言える訳ないでしょ? 一応守秘義務ってのがあるんだから……」

「チェッ……そこは私と向井先生の仲なんだし、教えてくれてもいいじゃないですか?」

「信用第一のこの業界で、そういうこと言うのやめてね。なんか胸が痛くなって話しそうになるから……」

「私、向井先生のそういうとこ好きですよ!」

「だから揺さぶるのを止めろと言うておろうに……」


 依頼主が予想外に大物だったことを知って、僕の胸の中には”本当に僕でいいのか”という疑問が強く浮かび上がってくる。

 猫探しを褒められて、ちょっと調子に乗っていた僕だったが、僕なんかが本当に人探しなんてできるのだろうか?


 不安は膨らむものの、すでに引き受けてしまった依頼を袖にできるような立場でもない僕は、持てる全てをかけてこの依頼を全うしなければならないことを、強く心に誓うのだった――。


 続く――


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