第一話 何でも屋初心者に舞い込んだ最初大仕事は『人探し』の依頼だった件
十年以上勤め上げた学習塾を退職した僕は、何を思ったか『何でも屋』なんてものを始めたのだった。
『困り事・面倒事・厄介事、何でもやります。請負います』
そんなキャッチコピーを掲げて始めた『何でも屋』稼業は、当然の様に上手くいく訳などなかった。
実績のない怪しい『何でも屋』に仕事を依頼するもの好きなんてまずいない。
舞い込むのは、費用の安さに釣られて飛び込む、「失せ猫探し」か「汚部屋掃除」くらいだった。
飛び込んでくる数少ない仕事を着実にこなしても、積みあがる実績は見つけた猫の数と、綺麗になった部屋の数だけ。
その実績に寄せられる仕事は、勿論、「失せ猫探し」と「汚部屋掃除」だ。
開業して1年。
僕の仕事は『何でも屋』と言うより『失せ猫探し屋』か『汚部屋清掃員』だった。
だから、そんな僕のもとにその仕事が舞い込んだとき、僕は何かの間違いだと心から思ったのだ。
「この娘を探して欲しい」
僕に一枚の写真を差し出して、男は言った。
「あの……本当に僕なんかに任せていいんですか? 自分で言うのもなんですけど、僕はこの道1年の新米ですし、これまで猫探しか部屋掃除しかしてないような奴ですよ?」
僕の言葉に、男は面倒くさそうに片眉を吊り上げた。
いわゆる、訝し気な顔と言うやつだ。
「『困り事・面倒事・厄介事、何でもやります。請負います』が売り文句ではなかったのかね?」
「それは確かにそうなんですが……どうして僕なんかにこの依頼をお持ちになったのかがどうにも分からなくて……」
「……君に、この手の実績がないことは重々承知している。それに、君のこれまでの仕事ぶりもだ……その仕事ぶりを知って、この仕事を君に任せることを決めたのだからね」
男は溜息交じりにそう言うと、胸ポケットから紙を取り出して読み上げた。
「これまで、君が受けた依頼は、確かに『失せ猫探し』と『室内清掃』の仕事ばかりだ。まぁ、清掃の方は正直私は興味はないが、こちらの評判も非常に良いね……だが、私が評価しているのは『失せ猫探し』の方の実績だ」
「……いや、ただの猫探しですよ? 実績と言う程のものでは決して――」
「ただの猫探し? よく言うね。この1年で君が受けた依頼の数は約100件。その全ての猫を見つけ出し、飼い主のもとに返している。……これは信じがたい数字だよ」
どの辺が信じがたい数字だというのかが、そのときの僕には全く理解が出来なかった。
僕は不通に猫を探して、それを見つけて飼い主のもとに返しただけだ。
「……はぁ~、いいかね? 普通、100件も猫探しの依頼があれば、その内の数件は事故などで猫が死亡しているケースが含まれる筈なんだ。そして、捜索期間だって、通常なら数日では不可能に近い。短くても数週間、長くて1カ月が相場だ。であれば、1年で100件の猫探しを全て成功させるなんてことは、理論上不可能に近いんだ……3日に1件の猫探しをこなさなければならない訳だからね」
僕にとって、猫探しはそれほど難易度の高い仕事ではなかったので、男の言うとこはいまいちピンとこなかった。
だが、確かに僕は2、3日に一件のペースで『失せ猫探し』の依頼をこなしていたのは事実だ。……それがそんな驚異的な数字だとは、欠片も思わなかったのだが。
「だが、事実君はそのペースで猫を見つけ続けた……どうやってそれを実現したのかまでは私にも分からなかったが、君は確かに飼い主のもとから消えた飼い猫を、間違いなく見つけて飼い主のもとに連れ帰って来た。そんな君だからこそ、私はこの仕事を依頼しようと思ったんだ」
「……ええと、猫探しの実績と僕の仕事に関して、色々お調べになったというのと、その実績をもとにこのご依頼を頂いたというのは分かりました……」
そこまで話して、僕はやっとこの依頼が間違って僕のもとに舞い込んだものではないことを理解したのだった。
つまり、この男は僕がこれまで見つけて来た猫と同じように、この写真の少女を見つけてくれると信じて、依頼を持ってきたということだ。
人探しは猫探しとはわけが違うし、そのプレッシャーは正直シンドイものがあったけれど、期待を裏切ることはしたくないと僕は思ってしまったのだった。
「君には恐らく、特殊な捜索手段があるのだろう。そうでもなければ、この実績は打ち立てられない……」
どうやら、偉く高い評価をされているような気がして、余計にプレッシャーを感じるのは言うまでもない。
でも、同時に、その男から切実な思いが感じられた。
「そんな君の腕を見込んで、頼みたいんだ。……どうか、この娘を……私の娘『
その男、
まさかこのとき、この依頼があんなとんでもない事件に発展しようなんて、僕は想像すらしていなかった……
いつもの猫探しの様に、探して、見つけて、このお父さんに引き渡して終わり。
そんな風にしか、考えていなかったのだ。
とにかく、こうして僕は、初めての人探しの依頼を引き受けたのたった。
それが、
続く――
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