第5話 山羊は何を語るのか

「今日は何をするの?」

「情報収集」


 僕の方を見もしないで黒剣が返事をした。デスクトップパソコンのキーボードを叩きながら。そんな彼女は液晶のモニターを食い入るように見つめている。


「何の情報?」

「今朝の事件さ。大量の変死体@犬と猫と山羊一匹だ」

「山羊がいたの?」

「気付かなかったのか? 昌彦」

「よく見てない。ぱっと見て気分が悪くなったから」

「なるほどな」

「ネットに記事が出てるの?」

「ああ。尾河瓦版おがわかわらばんにその記事がアップされてる」


 尾河瓦版とは、僕たちが住んでいるこの街、尾河市の地方新聞で週三回発行されている。そのウェブ版は毎日更新されているのだが、迷子の猫を探してくださいとか、金魚を飼っていた水槽を貰ってくださいとか、溝に嵌まったお年寄りを小学生が助けたとか、そんな超ローカルな広告や記事ばかりの新聞だ。そういえば、委員長の中野倉はこの新聞によく投稿しているらしい。


「どんな風に書いてあるの?」

「見出しは『桜川の河川敷に大量の変死体@犬猫山羊』だな。内容は、『今朝、桜川の河川敷に於いて動物の変死体が発見された。発見者は市内に住む高校生。殺害されていたのは犬や猫、山羊など十数匹に上るとみられる。警察は動物愛護法違反の疑いで捜査を開始した』だとさ」


 あの中に山羊がいたとは気付かなかったけれども、その他の点については大体僕が見たそのままが記事になっていた。


「このあたりに野良猫はそれなりにいるけど、野良犬や野良山羊なんていないからな。どこで盗んだか……。山羊が手掛かりになるだろうな」

「そうかもね。野良山羊なんて聞いたことないから。どこかの家で飼ってたのかな」

「雌なら乳も出るし、雑草をよく食べてくれるから広い庭がある家なら案外重宝すると思う。牛や馬と比較して小柄な体形だから世話するのも楽だろう。ちょっと大きな犬くらいに思っていればいいのさ」

「そんなものなのかな」

「そんなもん。めええ。めええって結構鳴くけど、犬が吠えるよりはずいぶんマシなのさ。さあ行くぞ」

「何処に?」

「飼い主の家。山羊の」

「マジで」

「マジ。山羊飼ってる家なんかそう無いからな。すぐに見つかるさ」


 黒剣はにやりと笑ってパイプ椅子から立ち上がる。

 そして颯爽と部室から出ていく。


 僕は慌てて黒剣の後に続いた。


 黒剣は速足で自転車置き場へと向かっていたが、それは結構な速さだった。僕は駆け足で彼女の後を追う。

 僕は息を切らしながら自転車置き場へとたどり着いた。黒剣はというと、何事もなかったかのように涼しい顔をしていた。そして、僕の自転車の荷台をポンポンと叩く。


「はあはあ。ちょっと速いよ」

「貴様が運動不足なだけだ。さあ、ロックを外して自転車を出せよ」

「君の自転車は?」


 僕の問いかけには黙ったまま、黒剣はにやにやと笑っていた。そして再び僕の自転車の荷台をポンポンと叩く。


「自転車通学じゃなかったの?」

「もちろん。さあ、デートの時間だ」


 軽々しくデートなんて言う彼女が本気のはずがない。何と言うか、タクシー替わりに使われる予感しかしなかった。

 僕は自転車のロックを外してから自転車置き場から引っ張り出して、そしてサドルにまたがる。黒剣は荷台に横座りして僕の腰に両手を回した。


「道交法違反なんですけど」

「構わないさ。さあ出せよ」

「うん」


 黒剣と二人乗りするなんてやっぱり恥ずかしい。彼女の、石鹸のような香りが漂ってきて、更に胸の鼓動が激しくなる。心臓の音が彼女にも聞こえているんじゃないかって心配になるのだけれども、僕はそのまま自転車をこぎ始めた。


「何処に行くの?」

「桜川の土手」

「わかった」


 とりあえずは現場を見るのだろう。

 僕は今朝のあの惨状を思い出しながら、必死に自転車をこいでいた。





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僕と黒剣【長編版】 暗黒星雲 @darknebula

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