第4話 僕の科学部

「同伴出勤ってどういう事さ」

「ああスマン、同伴登校だったよ」

「同伴って。委員長と一緒だったって事?」

「まあそういう事だが……。やはり、お子様に皮肉は通じないな」

「同い年なのに大人ぶる。意味わかんないよ」

「ははは。冗談だ。気にするな」


 彼女の名は黒沢剣くろさわつるぎ。クラスでの愛称は黒剣こっけんだ。名前を縮めただけで安易だし、色黒の容姿を揶揄しているようで自分としてはどうかなと思っていた。しかし、本人は気に入っていて、剣ちゃんとかのちゃん付けで呼ばれる事を嫌っている。


 黒剣は僕の手を掴んで、昇降口の下駄箱のところまで引っ張っていった。


「さあ話せ。何があった?」

「ええっと。何のことかな?」

「遅刻してきた理由だよ。まさか、委員長たちと乳繰り合ってのか??」

「何言ってんだよ。そんなことあるわけないだろ」


 黒剣の言葉を否定しつつも、顔が熱くなっていくのを感じる。きっと、首筋から耳たぶまで赤く染まっているだろう。黒剣はいつも、僕が恥ずかしくなる部分を的確に突いてくる。


「甲斐性なしの昌彦には無理だろうな」

「甲斐性なしって何のことだよ」

「貴様の事だ。少しは女の気持ちをわかってやれよ」

「意味が分かんないよ」

「教えてやらない」


 はぐらかされた。

 この人はいつもこうなんだ。肝心な事は上手くはぐらかす。


 彼女は一歩前に出て僕に近づく。

 

 女の子の香りがする。石鹸か何かの香り。

 僕は緊張して動悸は激しくなって、呼吸も激しくなって、でも、息が黒剣にかかってしまったら恥ずかしいし、どうしていいのかわからない。


 黒剣は上目遣いに僕を見つめ、そして静かに話始めた。


「本当の事を言うんだ。何があった?」

「動物の死骸があったんだ。河原の道沿いに」

「死骸?」

「犬や猫だと思うんだけど、十匹以上だと思う。手足はバラバラで内臓も飛び出てて、頭も転がってて……うっ」


 話していると現場を鮮明に思い出し、気分が悪くなった。

 僕は咄嗟に口元を抑えたのだけれども、黒剣は僕の変化に気づいたのだろう。素早く一歩下がって腕組みをする。


「吐くならトイレへ行けよ。後始末が面倒だからな」

「大丈夫さ」

「ならいいけど」


 強がりだった。

 多分、顔面蒼白になっているだろう。さっきまで頬が紅潮してたのとは雲泥の差だと思う。


 その時ちょうどチャイムが鳴った。


「大丈夫か? 戻るぞ」

「わかってる」

「放課後部室でな」

「ああ」


 パチリとウィンクして足早に教室へと戻る黒剣。僕はよろよろと彼女の後を追った。


 その日の授業は散々だった。

 先生の言ってることが全く頭に入らなかったし、ノートもきちんと取れなかった。僕の脳裏にはあの動物の死骸が繰り返し映し出され、そして黒剣の言葉が何度も耳の中で反響していた。


 放課後になってから部室へと向かう。


 そう、僕と黒剣は同じ部活に所属している。

 科学部ってやつだ。


 マイナーな部活で部員は5名。その中の1人は三年生で受験がどうのこうのと言って早々と引退した。二年が僕と黒剣の二人。他に一年生が二名いるのだが、GW明けてから顔を出さなくなった。実質的には部員は二名。僕が部長で黒剣が副部長だ。活動は基本的に週三日。月水金になっている。部内には地学班と化学班があり、地学班は鉱物採集や天体観測をしている。僕たち二人は地学班だ。化学班の方だけど、以前はサイダーを作ったりラムネや綿菓子を作ったりしていたらしいのだが、今は誰も在籍しておらず名前だけが残っている。


 今日は木曜日なので部活は休みなのだが、黒剣が呼び出したという事は何かやろうとしているのだろう。彼女は意外とメカに強く、天体望遠鏡のメンテナンス等は得意なのだ。週末、天気が良ければ必ず夜間活動をするに違いない。そのための計画書を作らされるのではないかと思っている。


 授業が終わり、清掃当番をこなして部室へ向かおうとしているところで委員長に呼び止められた。


「おーい。昌彦。ちょっといいかな」

「なんだい?」

「今日は科学部は休み、放課後は暇なんだろ?」

「暇じゃない……いや、暇かな?」

「どっちなんだ」

「それが、黒剣に呼び出されちゃってね。機材の点検でもするつもりなのかな?」

「機材って……ああ、天体望遠鏡か」

「そうだよ。ちょっと古いんだけど自動導入の可愛い望遠鏡さ。GPSがついてれば完璧なんだけどね」

「自動導入って……望遠鏡が勝手に星を探してくれるってアレだよね」

「そう、恒星だけじゃなくて惑星だってばっちりさ。マニュアル操作だと視界に捉えるの大変なんだよ」

「ふーん」


 しきりに頷いている委員長だが、その後ろで何か言いたげな菜月がいた。


「何か用なの?」

「いやね。私は今から委員会に出席しなきゃいけないんだ。菜月の護衛をな、昌彦に頼もうと思ってたんだが……」

「ご……護衛なんて」

「だって一人じゃ心細いって言ってたじゃないか」

「だからって、昌彦君に頼まなくてもいいじゃないの」


 顔を赤くしてぷうっと頬を膨らませている菜月だった。


「あ……っと、菜月は科学部に顔出す? 部外者でも問題ないと思うんだけど」

「邪魔しちゃ悪いから、先に帰るね。見たいアニメもあるし」

 

 菜月は突然、校門へと走っていく。


「あーあ。行っちゃったよ」


 委員長もため息をつく。

 僕の一言が不味かったのだろうか。


「ま、黒沢と仲良くな。菜月の事は気にしなくていいよ」

「いいのか?」

「ああ。じゃあな」


 委員長も行ってしまった。

 頼られているようで、しかし事実をごまかされているようで釈然としない。悩んでも仕方がないのでそのまま部室へと向かった。


 校庭の脇にプレハブの部室棟が二棟ある。

 その中に我が科学部の部室がある。


 既に扉の鍵は開けられていた。

 概ね四畳半ほどのスペースに長テーブルとパイプ椅子が四脚ある。壁際にはテスクトップパソコンは既に起動されており、黒剣がキーボードを叩いて何か作業をしていた。


 

 

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