化け物を飼う男

第3話 始まりの朝

 僕は焦っていた。


 少し寝坊してしまったからだ。

 遅刻するかもしれない。


 必死で自転車をこぐ。

 いつもの通学路を、土手の上の道をそれこそ必死で。


 まだ朝のさわやかな空気の中を突っ走る。


 道端に少女が二名いた。

 一人は小柄でややぽっちゃりとした体形をしており、長い髪を三つ編みにしてお下げにしている。もう一人は背が高くスマート。ショートカットの髪に赤いセルフレームの眼鏡をかけている。僕が良く知っている二人組だった。


 こんな場所で何をやっているのだろう。

 悠長にしていては遅刻してしまう。


 僕は自転車を止めて声をかけた。


「おはよう委員長。何やってんの? 遅刻しちゃうよ」


 二人は同じクラスの女子生徒だ。お下げの方は北谷菜月きただになつき、眼鏡の方はクラス委員長の中之倉紗英なかのくらさえだった。


 菜月は泣いていた。

 委員長は菜月の背を撫でながら声をかけてきた。


「おはよう昌彦。今、警察を呼んでるの」

「何かあったの?」


 僕の質問に無言で指をさす委員長。

 彼女の指さす方向……河原の茂みだったんだけど、そこには何か動物の死体が転がっていた。しかも複数。


 僕は自転車を降りてその死体の方へと歩いて行った。


「気分が悪くなるよ」

「大丈夫さ」


 強がりだった。

 現場を見て本当に気分が悪くなった。思わず吐きそうになる。


 そこには何匹もの犬や猫と思しき死体があった。あるものは腹が破裂して内臓が飛び散っているし、あるものは手足や首が切断されてバラバラ……そんな凄惨な状況だった。


「多分犬と猫。10匹以上かな……誰がこんな事をしたんだ?」


 僕の質問に委員長は首を振るばかりだ。誰が、どんな理由でこんな事をしたのかなんてわかるはずがない。でも、これは警察に通報すべき案件だって事だけは確実だと思う。


「これを見つけたのが菜月だったんだな」

「そうなの。菜月、ショック受けちゃって」


 それはそうだろう。クラスの中で、北谷菜月は動物好きで有名だった。誰にでも優しく繊細な印象の女の子だ。反対に、クラス委員長の中之倉は正義感が強く、男勝りで曲がった事が大嫌いだった。


「許せないな」

「ええ、絶対に」


 僕の言葉に力強く応える委員長だった。


 程なくパトカーが現場に到着した。


 駆け付けた警察官は三名。彼らも現場を見て顔をしかめていた。僕たちは見たままの事を警官に説明し、そのまま学校へと向かった。


「北谷は休まなくて大丈夫なのか?」

「うん。大丈夫だよ。ちょっと気持ち悪いけど授業は受けるよ」

「菜月は意外と根性があるんだよな」

「そうかな?」


 中之倉の言葉が腑に落ちなかったのか、北谷が僕の方を見つめる。


「そうなんじゃないかな。僕なら学校休んじゃうかもしれないから」

「昌彦は根性無しだからな」

「それは昌彦君に悪いよ。そんな事ないよね」

「ははは」


 何だか照れてしまって笑うしかなかった。

 激しい突っ込みが得意な委員長と優しい菜月。クラスの中では大人しい僕と対等に話をしてくれる女の子だった。


 女子二人は徒歩だったので、僕は自転車を押して一緒に歩く。

 菜月は落ち着いたようで、楽しげに委員長と話している。何気ない二人の会話を聞いているだけで、会話に参加していない僕も楽しくなってくるから不思議だ。


 程なく学校に着いた。

 僕たちは職員室へ行き事情を説明した。警察から連絡が入っていたようで、何もお咎めはなかった。


 教室に入ったところで一時限目が終了した。委員長と菜月はクラスメイトに囲まれて質問攻めに合っていた。

 僕はと言うと、一人の女子生徒に腕を掴まれて教室外へと連れ出された。


 その女子生徒に、廊下でぼそりと言葉を掛けられる。


「同伴出勤とは良い御身分だな、昌彦」


 癖のあるセミロングの髪に大きな瞳。その瞳に睨まれる。


 彼女は黒沢剣くろさわつるぎ。日本人離れした褐色の肌を持つエキゾチックな美少女だった。

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