第2話 化け物と義体

 私は天井を見ていた。

  

 白い天井。


 頭を動かそうとしたが動かない。

 眼球だけを動かして周囲を確認する。


 ベッドの左右にスタンドがあり点滴がいくつもぶら下がっている。

 何やら波形を表示しているモニターもある。


 体はまるで動かない。

 口には呼吸器は装着されている。


 自分は生きているのか……。


 いや生きているのだろう。

 ここはどこかの病院。集中治療室に違いない。


「先生、気が付きました」


 看護師の声がした。 


 初老の医師が私の顔を覗き込む。


「気が付いたかね。君は助かったんだよ」


 微笑みながら声をかけてくれた。

 その脇に私の上官がいた。


 私は咄嗟に同僚の安否を尋ねようとしたのだが、上手く声が出せなかった。


 私の意図を察したのか、彼は静かに語った。


「天木三尉は殉職した」


 そうか。

 生身のあいつは死んだのか。


「君が義体使用者で良かったよ。生身ではとても耐えられなかっただろう」


 義体使用者。

 サイボーグ手術を受けた者はこう呼ばれる。


 私は生来手足が不自由であった為、サイボーグ化の道を選択した。

 義体の維持には多額の資金が必要だった。

 

 その為、自衛隊に入隊した。

 戦闘用の義体を無償で使用できたからだ。


「あのような事態に陥るとは想定外だった。君たちには迷惑をかけた」


 迷惑……そうか、そうだった。


 ひつぎ島にある生物学研究所が何者かに襲撃されるかもしれない。その情報に基づき、私たちの部隊は警備行動を取っていた。当然、どこかの特殊部隊やテロリストを想定していた。


 しかし、実際対峙した相手は見た事の無い怪物だった。

 あの怪物はどうなったのだろうか?


黒鉄くろがね部隊と攻撃ヘリ部隊を投入して鎮圧した」


 察しの良い上官が疑問に答えてくれた。


「鎮圧? 焼き払ったのだろう? 艦砲射撃迄実施してな」


 初老の医師が一部訂正した。


 あの時見た降下部隊は黒鉄、パワードスーツだったのか。

 そして圧倒的火力で焼き払ったと。


「そういう事だ。コントロール可能と思われていた遺伝子改造生物が暴走した。テロリストがあの事態を引き起こした」

「研究所内部に入り込んでいたらしいよ」

「ドクター」


 上官が釘をさす。初老の医師は肩をすくめて笑っている。


「そういう事だ。外からの防備を固めたつもりだったのだが、既に内部に潜んでいたとはな。ところで黒沢。貴様の今後について話がある」


 今後?

 私をクビにするのか?


 いや、体が壊れてしまえば用はない。除隊もやむを得ない。


「選択肢を三つ用意した。一つはクローン再生。数年かかるが、健常者と同等の体になる。もちろん生身だ。二つ目はこれまでと同等の義体を使用する。この選択は復帰が早い。三つ目だが、新型の戦闘用義体を使用する。あの怪物に格闘戦で勝てるぞ」

「黒沢曹長。一般用義体への換装も可能ですよ。その場合、戦闘任務には就けませんが」


 初老の医師が捕捉してくれた。選択肢は四つだった。

 

 わざわざ訪ねる事は無い。

 私の意志は決まっている。


 もっと強い義体に換装してあの化け物をぶっ飛ばす。

 もちろん、機会があればの話だが。


「良く分かった。早速準備しよう」


 察しが良すぎる。

 何事かと思って初老の医師を見つめた。


 彼は笑いながらタブレット端末を見せてくれた。


「済まないね。君の言語中枢と接続させてもらってるんだ。もう一度確認するよ。義体の換装に同意するんだね。間違いないね」


 間違いない。

 もっと強くしてくれ。


「分かったよ」


 初老の医師が答えてくれた。上官は静かに頷いていた。


 

 その一週間後、私は新しい体を得た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る