天使の羽は高校生

大畑うに

彼は彼の片割れ

 真夏にはまだ少し早い季節。にも関わらず容赦なく照り付ける日差しには喘ぐ他にない。体温調節する犬のように舌を出しながら団扇でシャツの中を仰いでいると、ふっと顔に影がかかった。


「暑いなら日陰に行けばいい」


 ひんやりとした声が落ちてくる。自分を見下ろす春日清人を生気のない目で見つめながら、相馬卓也は頭を左右に振った。額の汗が空気に流れる。


「日向にいないとダメなの知ってるだろ〜」


 あ〜暑くて頭痛くなって来た! と騒ぐ相馬に、春日は苦笑する。

 それから、手にしていたスポーツドリンクのペットボトルを相馬に手渡し、自然と横に座った。


「天日干し、いつ終わりそう?」


 そう言いながら、膝を抱え覗き込むように見てくる春日に、相馬は顔をしかめた。

 ペットボトルは相馬同様汗をかいている。


「休日の公園に、男子高校生が2人で芝生の上に座ってるって、滑稽じゃない?」


 至極楽しそうな春日の言い分に、天を仰ぐ相馬。


「俺だって隣にいるなら美女がいいし、くっつくのも美女がいいんだよ!!」


 大声で叫ぶ。快晴の空に吸い込まれた声はやけに鮮明に辺りに響き渡る。


「そうかな、僕は楽しいけど」


 真顔で心底楽しそうに言われ、相馬は肩を落とした。


「俺はちっとも楽しくないんだよ。酷使されるの俺の方じゃん。暑いのも苦手なんだよイケメン君は涼しげでいいよな」


 不満を垂れ流す相馬に、彼は爽やかな笑顔を向けた。

 それを受け、やっと観念したのか、やれやれと言った様子で立ち上がった相馬は、つまらなそうに空を見上げた。


 くすりと眼下で笑い声がする。


 相馬より頭一つ高い春日も、ゆるりと立ち上がると、汗ひとつかかない美形を全く崩すことなく「暑いね」と言った。


「全然暑そうに見えねー。……なんだよ、もういいから、さっさと後ろ向け」


 ぶっきら棒に、鳥でも追い払うかのようにしっしっと手を動かす。

 春日は、吹き出すのを我慢しながら、言われた通りくるりと向きを変えた。


「まったく、いくらなんでもわざわざくっつく必要あるんかね」


 未だにグチグチ言う相馬の言葉を無視し、春日は陽気に振る舞った。


「天気は良好。僕も調子が良い。絶好のフライト日和だと思わない?」


 顔だけちょいっと向けられ、相馬は頰をひきつらせる。視線が離れない。彼はイケメンの視線に耐えかね、その背中に寄り添い、腕全体を春日の肩甲骨辺りに添えた。

 春日は微笑んでいる。

 相馬の方も、仏頂面を些か和らげ、微笑した。

 すると、相馬の体がぼんやりとしていく。

 空気に溶け出すように輪郭が揺らめく。

 やがて、水面に白い絵の具を一滴垂らすかの如くモヤがかかった身体は、徐々に人の姿をなくしていく。

 それと同時に色濃くなる鮮やかな白。幾重にも重なる白い線が、新しい形を作り出していく。

 陽の光に反射するそれは、神々しさを顕にし、ゆっくりと広がっていく。

 翼だ。

 白く艶やかなそれは、紛れもなく羽根だった。

 相馬自身が、この世のものとは思えないほど美しい翼に姿を変えたのだ。


 春日の背中にぴったりと寄り添ったそれは、一部を完全に彼と融合させ、最早境目も分からないほど自然に溶け込む。


 目を瞑っていた春日は、初めからそこにあったかのように背中から生えている翼を感じ、ゆっくりと瞳を開ける。

 それからうっとりと目を細めると、先程相馬の手が触れた箇所に指を伸ばす。

 それから後ろに手を回し、自らの肩甲骨辺りから生えている柔らかな羽を撫で上げた。


『おい、やめろ、くすぐったいだろ』


 どこからともなく聞こえた声は、明らかに相馬のそれだった。

 春日は嬉しそうに声を弾ませる。


「今日は西の山にパトロールに行くからね」


 羽根が震える。


『大天使様の仰せのままに』


 春日の表情は見えないが、どうせいつものようにニッコリと胡散臭く笑っているに違いない。

 そう思いながら、相馬は精一杯羽根を広げた。 



おわり

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天使の羽は高校生 大畑うに @uniohata

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