後編 にんげんになりたい
ボクはにんげんだったときのきおくがある。
にんげんのときはおかあさんから「ソウタ」と呼ばれていた。2本足で歩いていたし、少しだけど話すことができた。おかあさんとしか話したことはないけど。
おかあさんネコも兄弟ネコもいまのきおくしかないようだったから、ボクがにんげんのおかあさんの話をすると、みながいつもバカにした。
でも本当なのだ。
そして、きおくがあるってことはボクはにんげんにもなれるのだろう。
ボクはたくさんのよるを寝たら元気になったので、助けてくれた『ミク』のためににんげんにもどることにした。だれかがにんげんになるほうほうをを知っているはずだ。
いちばん知ってそうな人を考えたが、ぼくが知ってるのはお母さんと兄弟、そしてあの小屋にいた年寄りネズミだけだった。
彼女は優しいし、言う事が他のネズミとは違ってものしりに見えた。もしかしたらボクと同じく生まれる前のきおくがあるのかもしれない。
ボクはにんげんになるほうほうをさがすのだ。
ミクの家にはおとうさんとおかあさんがいて、3人でくらしている。
彼女は『こうこうせい』という仕事で、まいにち『がっこう』にへんなのりもので通っている。じてんしゃ、というらしい。
かわいそうに…ネコにはがっこうなんてない。ミクは朝いつも「行きたくないなー」とボクをやさしくなでながら言う。おかあさんってこんなかんじだろうか、ミクにさわられるとココロがふわふわする。
「行かないで、ミクもネコになってボクと遊ぼうよ」とさそうのだが、けっきょくため息をつきながらいってしまう。
ボクがにんげんならいっしょに『がっこう』に行くのに。そしてため息から君をまもるのだ。
くやしい、はやくにんげんになりたい
ぼくはミクのおかあさんが家から出るときにこっそりと家から出た。ミクのおかあさんたちはいつも忙しそうにしてて、あのひょろひょろだったぼくが外に出るなんて思いもよらなかったみたいだ。
少し歩くと広いばしょにでた。ボクと同じネコがごろごろしている。
「あの…」
そのうちの一匹に声をかけるが、そいつは知らんぷりして行ってしまう。違うネコに声をかけようと近よると、そいつも行ってしまった。
「あーあ…困ったな…」
ボクがぼうぜんとしていると、
「お困りかい、ぼ~や」と後ろから声をかけられた。身体がまっしろで目が青いネコ。首に赤いわっかを付けている。
「うん、おしえて欲しいことがあるんだ」
「いいけど…おまえ、ここいらで見ないネ。どこからきたんだい?」
「ぼくはピッケ。ミクの家にいる」
「ふーん…お前に似た子供を連れた親猫をこの前見かけたけど、この街を通ってどっかいっちまったヨ。置いてかれたのかい?」
「…うん…ボク足が悪いしぶさいくだから」とボクはしゅんとして言った。洗ってもらったが、目の前の真っ白い猫はとってもきれいで前にいるのが恥ずかしいくらいだ。ネコのおかあさんはボクのことをいつもぶさいくだとぶつぶついっていた。
「おまえさんは母親に捨てられてラッキーだヨ、人間に拾われるなんてサ。さっきの奴らなんてずっと人間に飼って欲しくてここでうろうろしてもう桜が3回は咲いてる。おまえの家族は今頃何匹か死んだり恐ろしいホケンジョや人間に捕まって殺されたりしてるはずだヨ。運命ってやつはひにくだねェ…」
なんだか頭のいいネコのようだ。もしや…
「あの、おしえて欲しいことがあるんだけど」
「ああ、そうだったネ。なんだヨ?」
「ぼく、にんげんになりたいんだけど、どうしたらなれる?」
彼女はあっけにとられたように目をまん丸にして、そして笑った。
「ひゃーはっは、おもしろいネ、あんた。人間は人間、猫は猫だヨ。どっちかに産まれたらどっちかでしか生きられないんだヨ」
「そ…そんな」
ボクがあまりに絶望していたせいか、彼女はボクにここでくらすヒントをくれた。優しい猫のようだ。
「いいか、代わりにいいことをふたつ教えてやるヨ。まず、道やここみたいな広場で猫に出会ってもうかつに話しかけないこと。猫ってやつは目を合わせるのを嫌がるんだヨ。次に、人間になる方法だが、もしかしたらケンジャなら知ってるかもしれないヨ」
「え?ケンジャ?それは名前?」
「そうサ、年寄ネズミのケンジャっていうんだヨ。ここいらでは一番のものしりだ。そいつが知らなかったらあきらめるんだネ」
「ありがとう、えーっと…」
「あたいはロキ。近くの真っ白の洋風の邸宅で飼われてる。午前に家を内緒で抜け出してここでふらふらしてるから、きげんが良かったら話してあげるヨ。あとね、あんたは不細工じゃないヨ。綺麗なミケネコなんだから、しっかり胸を張りな!」
「ありがとう、ロキ。でもなんでボクに話しかけてくれたの?」
「ああ、以前ここで見かけたりっぱな三毛猫のオスに一目ぼれしてネ。おまえがそいつに柄が似てるから、心がうごいたのサ」と少し照れたようにいった。
「そっか…ロキ、ありがとう。明日そのケンジャに会いに行くよ」
「ああ、がんばりなヨ」
ロキから聞いたケンジャのいる場所は遠そうだったので、ボクはひとまず家に戻った。ミクがしんぱいしてくれているかもしれない。
家ではミクのおかあさんがボクをさがしていたらしく、あおいかおをしていたが、ボクを見つけてホッとした顔をした。
そしてボクが「
彼女がボクの頭を撫でる手が優しいからふわふわ眠くなり、ボクはミクを待たずにのみながらいつのまにか寝てしまった。
「ピッケ、今日は冒険に出たんだって?勇敢なのね。でも遠くまで行っちゃダメよ」
ミクはボクを柔らかい膝に乗せて背を撫でた。そして、次の日にはロキのとにた赤いわっかをボクのくびにつけた。
ミクが心配するので、ミクのおやはボクを外に出さないようにした。
ボクは外に出ようとしているうちに、ヒニンしゅじゅつもうけ、僕はケンジャのこともにんげんになりたいのも忘れていった。
だって、ミクのそばにいられて幸せだった。ミクが幸せそうに笑っている。それで十分だ。
何年たったろうか、ミクはおとなになり、ボクは年をとった。ミクの部屋にこいびとがくるようになり、彼女はけっこんした。
もちろんボクを連れて新しい家にひっこしをした。
二人はとてもボクを可愛がってくれた。
ある日家に赤ちゃんが家に来た。ミクが産んだボクの弟だ。ニャーニャー言ってるからまだにんげんかニコか決まっていないのかもしれない。きっとこれからミクとかみさまできめるのだ。
ボクは家族がふえてうれしかった。
でも生活は一変した。
ボクのゴハンも忘れがちなミクに話しかけると、
「うるさい!あんたはニャーニャー、赤ちゃんはギャーギャー、もういやっ!」とボクと弟にヒステリックに叫ぶようになった。
ある日、彼女がキッチンでうつらうつらしていると、赤ちゃんが泣き出した。
「あーあー、泣くなよ!ミクがねてるんだ、起きちゃうだろ?」
ボクはなんとか弟をなだめようとしたが、ますます泣き出した。ボクが弟のそばでおろおろしていると、
「こらっ!ピッケ!!せっかく寝てたのに、なんてことしてくれるの?あんだだけは私の味方だと思ってたのに…裏切りもの、出てけっ」
恐ろしい表情で叫ぶ彼女はもうミクじゃなかった。固まったボクはびっくりしてちびってしまい、それでますますおこった彼女にばちんと叩かれて家の外に出された。
ボクはまた捨てられた。
しばらく家の前で待っていたが、お腹がすいたので泣いてみた。もちろんなにも出てこない。仕方なくボクはミクの家をじっと見てから歩きだした。
そういえば、外に出たいと思っていたことを昨日のように思い出した。
ケンジャを探そう!そしたらにんげんになって、おかしくなったミクを助けられる。
ボクはふらふら歩きだした。お腹がすいていた。
どれくらい歩いただろう。気がつくと、見たことのあるアパートが目の前にあった。
お腹がすいて動けないのでじっとしていたら、帰ってきたにんげんが端のドアに近づいた。くたびれたおばあさんだったが、にんげんのおかあさんに似ている。
…おかあさん?!にんげんのおかあさんだ!
ボクは彼女にヨロヨロと、でもちからの限りちかよった。
あと一歩、というところでスカートのかげにいたボクに気がつかない彼女がバタんとドアを閉めた。ボクはドアに挟まった。
ガコン、とボクの身体内でなにかがちぎれるようなはじけるような音がした。それはボクのいのちがこわれる音だった。
「あらっ、猫ちゃん!ごめんね、挟んじゃったんだね、大丈夫かい…あれ…」
彼女はボクの顔をみて何かを想いだしそうな表情を浮かべた。
ボクはからだじゅうから力をかき集めて声をだした。
「おかあさん…」
かみさまが力を貸してくれたのだろうか、ボクのことばはおかあさんに通じたようだった。
彼女は眼を見開いてひざを下につけ、だらんとしたぼくを抱きあげた。
「まさか
おかあさんがじごくに行くなら、ボクもいっしょに行くからあんしんして
ボクはそう言ってあげたかったが、空気だけで声は出なくて、おかあさんは泣いてばかりで
にんげんのおかあさんはミクといっしょでとても温かかった。謝らなくていい、おかあさんの温かさだけでボクは
とっても幸せだ
うまれてきて良かったよ
気がつくとまたボクはかみさまの前にいた。またボクは死んでしまったのだ。
「もう
かみさまはボクをあわれむように見つめた。いじわるではない、ネコと同じ深い優しさをかんじる。
でもボクは迷いなく言った。ネコには深い深いこころがあるのだ。
「かみさま、もういちどだけおねがいします」
うたかた 海野ぴゅう @monmorancy
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