第十四話:再会 ~叩きつけられるのは、少年の激情~
池袋を中心に発生した、
ショッピングモールも同様に、非戦闘員の移動は順調に進んでいた。だが他の場所とは違い、市民や傷病者の人数と反比例するかたちで警察官の人員は増えていた。
高草木を目にした直後、イセルは刃嵐たちを置いて高草木へと走り寄る。急に接近してくるイセルに対し他の警官が身構えるが、高草木は手を軽く上げてそれを制止する。
高草木の前に立ったイセルは躊躇する素振りもなく、相手の胸倉を掴み上げた。
「なっ……!?」
有馬の口から声が漏れ、後ろに控える他の警官が臨戦態勢に入る。イセルと高草木の両者に割って入ろうと素早く動き出し、
「手を出すな」
今度は言葉として、高草木が明確に指示を発した。警官たちは戸惑いを見せながらも、上司の命令に従いその場で静止する。
「貴公であれば守り抜いてくれると信じた。貴公ほどの戦士ならばそれが可能だと判断した。だからレイナを貴公に任せた……!」
高草木に向ける眼差しは、彼を睨み殺さんばかりに鋭い。
放つオーラは重く、殺意と呼んでも差し支えない。
直接相対しているわけでもない警官ですら身を竦ませる。当事者である高草木は小さく喉を鳴らすが、それ以外目立った反応を見せず、静かにイセルの言葉を聞いている。
「市井の民を守るのが衛士の役目だろう!? なのにレイナが攫われたとはどういうことだ!? 貴公は何をやっていた!? 貴公が居ながら何故こんな事になっている!? 何故レイナが狙われた!? 何故だ、何で、どうして……!」
振り絞られる声は怒気に穢され、呪詛めいた濃度で聞く者を責め立てる。
だがその声は僅かながら震えており、まるで泣き出す寸前の子供に似た頼りなさがあった。
高草木はイセルの言葉に返答せず、俯いて視線を逸らす。それはイセルの怒りに気圧されてのものではなく、民間人を守るという警察官の職務を果たせなかった己への自責が、その苦い表情から見て取れた。
「落ち着け異世界人! この建物内には芳麻さんだけじゃない、100名以上の避難者が居たんだ! 芳麻さんだけに目をかけ続けるなんて無理だ! そもそもこんな無差別テロの最中に、特定の個人が狙われるなんて誰が思う!? 想定できるわけがない!」
高草木を庇うように有馬が声を上げるが、イセルは反応することなく険しい表情で高草木を見続ける。
「おい聞いてるのか――!」
「よせ有馬!」
なおも言い募ろうとする有馬を、高草木が俯いたまま諫める。そうして再びイセルを見る高草木。
「勿論、そんなものは言い訳にならない。君からあの
君の怒りは
血の滲むような声が、高草木の台詞が上辺だけのものではないと聞く者全てに知らせる。それは高草木の表情を――罰を受け入れんとする罪人のような真摯な面差しを、文字通り目の前にしているイセルが、分からないはずがない。
それでもイセルの中に渦巻く感情は、収まることはない。少なくとも戦場において、感情を制することの出来る己が、何故こんなにも怒りに振り回されているのかを疑問に思うことすら出来なかった。
荒れ狂う思いの捌け口を求めるように、イセルが右拳を振り被る。高草木の後ろに控える警官たちが慌てた様子で動き出すが、イセルの行動を阻むには遅すぎる。
高草木は抵抗することなく歯を食いしばるのみだ。そんな高草木の横面目掛けて、イセルは拳を叩き込もうとする――。
「落ち着け馬鹿野郎」
拳が高草木の目の前で停止する。それはイセルが手心を加えたからではない。啓治が横合いからイセルの右腕を掴んで阻んだ結果だ。
「放せケイジ」
啓治に目をくれずに、押し殺したような声でイセルが告げる。
「放すわけねえだろうが。こんな力でぶん殴られてみろ? おやっさんなら死にゃしないだろうが、まず間違いなく病院送りだ」
一段声を低くする啓治が、イセルの腕を掴む手にさらに力を加える。イセルの右腕一つに対し、啓治は両腕――それも、身体強化を発動させてようやく拮抗している。込められている力は推して知るべしだ。
「身内だからと
初めて啓治に目を向けるイセル。今にも飛び掛からんばかりの形相に対し、それを見る啓治の目は冷ややかなものだ。
「ただでさえマンパワーがカツカツになっている状況だってのに、さらにここから一人の人間を捜し出さなきゃならないんだ。一人でも多くの人手を捜索に投入する必要がある。それなのにおやっさんみたいな優秀な捜査官を、クソガキの
淡々とした口調のまま、啓治は呆れたように溜息を一つ吐く。
「おやっさん殴ってお前の怒りが収まれば、麗菜ちゃんは戻ってくるのか? そもそもお前のその感情は、そんなことで収まる程度のものか? こうやっておやっさんに突っかかって時間潰すよりも、さっさと情報共有してすぐにでも動き出す方が大事だとは思わねえのか? 英雄サマはそんなことも言われなきゃ分かんねえのか?」
「まだガタガタぬかすなら、今すぐ帰れ首を突っ込むな。お前がどれだけ戦えようが、喚き散らして周りの足引っ張るようなガキなんざ、邪魔以外の何者でもねえ。居ない方がマシだ」
啓治の容赦ない物言いに、イセルの表情は一層凄みを増す。だが反論の言葉がイセルから出ることなく、代わりに歯噛みする音が口から漏れる。
「イセル」
今度は刃嵐がイセルに近づき声をかける。啓治とは違い、声も表情も柔らかい。
「このような事態になったのは警官だけの……高草木警部補だけの責任ではない。国民の安全を守るのは、我々国防隊の責務。であるなら、我々にも責任がある。
君の怒りも、相応の罰も、芳麻さんを救出した後で必ず受ける。芳麻さんは必ず探し出す。だからイセル、今はどうか
語り掛けるように、そして諭すように。刃嵐は丁寧かつ誠実な口調でイセルに言う。
イセルは俯き、硬く瞑目する。身を震わせる様は、己が
やがて、啓治に掴まれている右腕を乱暴に払い、高草木の胸倉を掴む左手を静かに下ろす。
「……すまないイセル。芳麻さんは必ず助ける」
高草木の言葉にイセルは答えず、悄然として俯くままだった。
「啓治もありがとう。それからすまない、こちらが不甲斐無いばかりに……」
「おやっさん。悪いけど今は、そういうの無しだ」
表情から幾らか険を除いた啓治だったが、それでもきっぱりと言い切る。
「筧三尉の言う通りです。今はとにかくより多くの情報を、一刻も早く集めるべきです。芳麻さんが誘拐された経緯を、我々にも教えてください。微力ではありますが捜索に協力します」
啓治と刃嵐の二人に促され、高草木は口を噤む。そして気持ちを切り替えたように、目に力を取り戻した。
「承知しました。簡易なものではありますが、今回のテロとは別で捜索チームの本部を立ち上げています。案内します」
「お願いします。それからイセル、君も行くだろう?」
刃嵐がイセルに投げたのは「君はどうする?」というような選択肢の広い問いではなく、共に行動することを前提とする呼びかけだった。
「
異形と度重なる戦闘を行い、そこに追い打ちのように麗菜を誘拐されたという事実を突きつけられたイセル。高草木の言葉は、身体はともかく精神的な負担を案じてのものだった。
「今後の行動に参加させるかはともかく、芳麻さんはイセルの友人です。少なくとも経緯を知る権利はある」
高草木の懸念を、刃嵐は落ち着いた口調で返す。そして俯いたまま立ち尽くしているイセルに視線を向ける。
「……行くに決まっている」
顔を上げるイセル。その表情は決意に満ちていた。
「私だけが引き下がれるわけがない。レイナを絶対に、見つけ出す」
拳を固く握りしめるイセル。淀みなく為された宣言は力強く、感情的だった先ほどとは打って変わって堂々とした、卓越した戦士に相応しい姿だ。
けれど眼差しに宿る熱は、裡に秘める激情が凪いでいないことを物語っていた。
白銀の英雄と落第魔導士 カシマカシマシ @kasimakasimasi
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