終
「誰⋯⋯ですか?」
私が知らない人を見た第一声はこれだった。
私のことを思って私が知らない人は極力この家には、入れないようにしている母親が招き入れた客人なのか、それともただ単に泥棒の類なのか、もしそうだったとしたら今すぐに百十番しなければ、そう思い手に持っていたスマホで、電話をかけようとしたその瞬間声が聞こえてきた。
聞いたことのない声。
「姫ー! この子凄い怯えてるんだけど、今日私が来るって伝えてないのかよ」
聞いたことのない声の主、和服眼鏡お姉さんは、私の母親の名前を呼んだのだった。
それに私が怯えてる? そんなわけあるわけがない。そりゃ他人と会うなんてもう何年かぶりのことだけれど、その間に私も成長をしてるんだ!
そう自信をつけて自分の体を見てみると、震えていた。ガクブルガクブル、震えていた。それに汗も垂れてくる。
これは間違いなく怯えている。
私自身が怯えているのを確認したその瞬間、まるで助け舟を出すように一人の声が聞こえてきた。
今回は毎日聞いている声だった。
「麗華ちゃんなーにー?」
母親は、いつもの優しいトーンでそう言いながら、小走りで台所から出てきた。
「この子怯えてるんだけど、私が来ること言ってないの? って聞いたの」
母親から麗華と呼ばれた和服眼鏡お姉さんは、多少困惑しながら母親に聞いた。
すると母親は、頬に手を当てとぼける素振りを見せながら言うのだった。
「忘れちゃってた」
最後にてへっがつきそうなくらい媚び媚びの母親の声に、正直キツイと思っていると和服眼鏡お姉さんこと、麗華さんの小さい声で何かが聞こえた。
「クソっ可愛いな」
私には麗華さんが、何を言ったのかは聞き取れなかったけれど母親には聞こえていたようで、母親は何故か照れていた。
「忘れちゃってたってなんだよ。この子人が苦手なんだろ? それなら先に私が来るってことぐらいは言っとかないと、危ないんじゃないか?」
母親の照れた様子をまじまじと見ていた麗華さんは、一瞬で冷静になると私の心配をしているように思えることを言った。
「うーん。サプライズ?」
「サプライズじゃねーよ! もしこの子が失心でもしたらどうする気だったんだよ」
「まぁその時はその時だしね。これも荒療治の一種だと考えよう」
「姫、お前とりあえず荒療治ってつけとけばいいと思ってるだろ」
「そんなことないですよーだ」
私を置いてけぼりにする二人の会話で、私は戸惑いを隠せずに何度も何度も視線を二人の間で行き来させてしまう。
するとそんな私を見て母親は、すぐさま駆け寄ってきてくれた。
「ごめんごめん。置いてけぼりにするつもりはなかったんだよ」
そう言いながら母親は、私の頭を優しく優しく撫でてくれた。
そのおかげもあってか私の戸惑いは消え、私は段々と穏やかな気持ちになっていった。
するとそこで、私の正面から鋭いツッコミが入った。
「姫、荒療治したいんだったら今のとこも助けに入るべきじゃないんじゃないか?」
ツッコミに対しても、母親は私の頭を撫でながらしかたなくといった様子で、答えた。
「今の状況で、娘に助け舟を出さない親を私だったら親とは思えないと思っただけですよ。子供がいない麗華ちゃんにはわかんないだろうけどね」
すると麗華さんは、今度は私と母親どちらにも聞こえない程の小さな声で何かを呟いた。
「子供がいないのは半分姫のせいだから!」
その後少し何かを考えた麗華さんは、呆れた様子で一つため息を吐いた。
「はぁー。もうわかったよ。それでいいよ。それよりも早く私のことをこの子に紹介してくれ」
麗華さんに命令口調で言われた母親は、私の頭から手を離し、パンと手を一度叩き思い出したかのように喋り出した。
「そうねまだ雪花に紹介してなかった。この人は、桐生 麗華っていってね私の高校からの友達なの」
今までの会話からまぁ昔からの馴染みなのだろうとは思ってたけれど、そっか高校からのってことは、おば──。
その時今までどちらかと言えば温厚なイメージだった麗華さんから、温厚とは真逆の冷酷で鋭い言葉が私に投げかけられた。
「おいお前。今私のことおばさんって言おうとしただろ」
私は首を横に振ることで、否定することしかできなかった。
「いいか、私をおばさんと言う奴は私の敵だけだ。覚えとけよ」
そんなどこかで聞いたことがあるセリフが、私の麗華さんに対する怯えを呼び戻した。
私は麗華さんから逃げるように母親の後方へ姿を隠す。
「もう麗華ちゃん。あんまり雪花を驚かさないでよ。これから麗華ちゃんが先生になるんだよ、信頼関係はちゃんとしなくちゃ」
母親は私のことを庇うようにしてくれた。
けれど母親の文言の中に、一つ無視できないものがあり私は、母親の服を少し引っ張り母親の視線をこちらに戻し質問をする。
「先生って? どういうこと?」
「あーそれはね。もう麗華ちゃんが邪魔するから説明途切れちゃったじゃん」
「す、スマン。でもこの子が──」
「でもじゃない。もう大人ってことを認めなきゃダメだよ。麗華ちゃん」
「はい」
母親には弱そうな麗華さんだった。
すると母親が、もう一度パンと手を叩き話の筋を戻す。
「それでね。簡潔に言うと雪花には麗華ちゃんが運営する学校に行ってもらいます」
「え?」
「わかんなかった? 流石に簡潔すぎたかな。じゃあもうちょっとだけ説明するね。お母さんね雪花のことが心配なの、このまま引きこもり生活してて将来私がいなくなった時に雪花が生きていけるのかが、心配で心配でしょうがないの。だからだいぶ荒療治ではあるけど、信頼できる麗華ちゃんの所に預けようって思ったの」
「え? は? え? は? どういうこと、お母さんの言いたいことはわかるよ。そりゃいつかは絶対にお母さんもいなくなるのもわかってるよ。けどさ学校は嫌だよ。人と関わるのも嫌だよ。だってまたいつあの日みたいになって、お母さんを泣かしちゃうかわかんないもん!」
私の眼には涙が姿を表していた。
涙は一粒生まれるたび、一粒垂れる。
そして私はいつのまにか泣いていた。
嫌なことから逃げる子供のように、泣いていた。
「だからこそお母さんは、雪花に麗華ちゃんの学校に行ってほしいと思うの。これはね修行なんだよ雪花。雪花が成長するために必要で、人生の中で必然的に訪れる壁なんだよ。お母さんはね、その壁を雪花にはぶち壊して進んでほしいな」
「でもでも」
どれだけ言われようと、私の首が縦に振られることはないそう思っていたのに、この後の母親の言葉で、私は縦に振った。
「雪花──頑張ってきな!」
その一言は、私の心に刺さった。
その一言で、私の涙は止まった。
その一言だけで、これから頑張れる気がした。
「うん! お母さん私──頑張ってくるよ」
その後母親とお母さんから、学校のことを詳しく教えてもらった。
まず生徒人数は私を含めて少女五人。
そして私以外の四人も何かしらの欠点というか、このまま社会に出ても上手く行く未来が見えない、言ってしまえば問題児達らしい。
四人の欠点を教えてもらおうと思ったらそこは、行ってみてのお楽しみと軽く流されてしまった。
もう一つ重要なことは、その学校は寮制ということぐらいだろうか。
まぁ寮と言ってもよくある一つの部屋に何人かで住むという形ではなく、アパートのような場所で一人一人に部屋が与えられるようなので、プライベート空間はあるようだった。
そこは一安心だった。
説明も終わり私が、じゃあ私はいつからそこに行けばいいのかを聞こうとしたタイミングで、麗華さんがその話をしてくれた。
「それじゃあ姫、こいつは今日からうちの学校に来るってことでいいんだよな」
「うんそれでいいわ。そのために昨日そっちに伺ったんだしね」
当たり前のように流れていくので、そのまま聞き流しそうになったけれど。
「今日なの!?」
「そうよ。それじゃあ用意してきなさい」
私の驚きを軽く流したそのまま勢いで、私の背中を物理的に押し、部屋へと向かわせる。
一回頑張ると言ってしまった手前引くに引けないので、私はしょうがなく自分の部屋で荷物の整理を始めた。
一、二時間かけて準備を終え荷物を抱えながらリビングに行くとそこでは、母親と麗華さんが二人きりで楽しそうに喋っていた。
高校生の頃の二人を簡単に想像できるほどに、二人は二人きりだった。
先に私に気づいたのは、麗華さんだった。
「おう。準備できたか。じゃあ行くか」
私はコミュ障ぶりを発揮して未だにまだ麗華さんと会話をしていないけれど、なんとかうなずく。
麗華さんの車に荷物を積み込む作業も終わり、後は本当にこの家から出発するだけとなった時。
「着いて落ち着ける時になったら連絡してね」
心配そうな目を隠せていない母親はそう言った直後私の肩を掴み、母親と私が向かい合う形になり、一言言った。
「雪花──頑張ってきな!」
私も最高の笑顔で返す。
「うん!」
その後車に乗り込んだ麗華さんが、教えてくれた。
「姫な、結構限界きてたぞ。昨日久しぶりに会って話聞いたらそう感じた。もしこのままの生活が続いてたら姫自身が、爆発してどうにかなっちゃってたかもしれない」
驚きがまさって私はリアクションをとることも、容易ではなかった。
そんな私に麗華さんは、多少の怒り、そして優しさを込めて言ってくれた。
「ああそうだ。だからこそお前は、自分の将来のためにも、姫のためにも、その人間嫌いを少しでも良くしなくちゃならない」
この言葉を最後に車中での会話はなくなった。
こうして私の未来への一歩が踏み出された。
欠点少女 tada @MOKU0529
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