欠点少女

tada

プロローグ

 私は昔から人というものが苦手だった。

 あのなにを考えているのかわからない目。あの人間関係。あの人というもの全てが私にとっては、悪者、悪にしか思えない。

 そんな私は、人と目を合わせるだけで気持ちが悪く、酷い時には吐き気までが押し寄せてくる。

 そんな私でも中学一年までは無理をしながらも我慢我慢という気持ちでなんとか、学校に通えていた。

 けれどその日は突然訪れた。

 中学一年、春頃。

 私はいつものように学校に通い、一年一組の教室に足を踏み入れた。

 いつものように──教室に足を踏み入れたはずだった。

 しかし私は気付いていなかった。

 我慢をすることで生じるストレスというものに。

 ストレスは恐ろしいものだ。

 ストレスは人間を狂わせ。ストレスは人間に更なるストレスを与え。ストレスは人間自身が危険だと理解していても回避できない。

 ストレスは──恐ろしいものだ。

 そんなストレスが我慢をしていた私の体で、精神で、爆発した。

 爆発は私の脳を破壊した。そして爆発は私の意思を破壊した。

 その後、私は私の意思に反して手当たり次第に、教室を破壊した。

 まず握りしめていた教科書が詰まった鞄を、教室正面にある黒板に向け勢いよく放り投げた。

 その行動によって、教室中の視線が集まった。

 そのことによって私は体に、精神に、さらなる負荷がかかる。

 さらに負荷という名のストレスがかかった私は、肉食獣が獲物を睨みつけるように私を見ている生徒連中全員を鋭く睨みつけた。

 怯える生徒の顔を見て思わず笑みが溢れてしまう。

 これは喜びでもなければ嬉しさでもなく、ましてや怒りなんてものでもない。

 これはただ。もうどうでもいいやという、諦めの笑みだった。

 そして次の私の行動は、黒板の一番近くに置いてある教卓を、生徒たちが座っている机に向かって放り投げるというものだった。

 普段の私なら教卓を持ち上げることさえ不可能に近いのだけれど、今の私は普段の私ではない。

 普段の私ではなく、ストレスが爆発した私。そんな私は教卓を軽々持ち上げ放り投げた。

 すると教卓と机が激しくぶつかる音と同時に、生徒たちの悲鳴が教室に響き渡った。

 一人の生徒は「キャーーーー!!!」と悲鳴を上げ続ける。

 一人の生徒は「誰か先生呼んできて」と誰かに命令をする。

 一人の生徒は「どうしたの。一回落ち着こ? ね?」と私を止めようと動く。

 一人の生徒は「わたし呼んでくるよ」と教室を走りながら出ていく。

 全員私の目の前から消えて!

 そんな教室を見ながら私は、もう一歩踏み出そうとした瞬間。誰かが後ろから私の動きを止めた。

「落ち着きなさい! 吾妻あがつまさん!」

 私の名前を怒鳴りつけながら呼んだのは、このクラスの担任教師だった。

 つまり私の担任だ。

 担任教師は、さらに私に言葉を投げかける。

「落ち着きなさい。一回落ち着きなさい」

 そう何度も何度も私に優しくもあり、強くもあるその言葉を投げかける。

 それでも私は暴れ続けた。

 担任教師の腕の中で──暴れ続けた。

 うるさいうるさいうるさい! 私は私は私は──。

 そんな私に担任教師は、何度も何度も言葉を投げかけてくれる。

 そうして数分後、私は息を切らしながら担任教師の腕の中で、意識が切れた。

 

 気づくと私は、ベッドの上に仰向けの状態で寝ていた。

 周りを見渡すとそこは、家ではなく数回だけ訪れたことがある学校の保健室だった。

 ボーッとしながらもなんとか体を起き上がらせると、閉まっていたカーテンがシャーと開き、担任教師の姿が目に写った。

 担任教師は、私を見て微笑むと早足で足を進め、私の横に座った。

 そして私に向かって、そっと聴いてくる。

「気分はどう? 多少は落ち着いた?」

 質問に私は教師とは目を合わせないように首を縦に振った。

 担任教師は苦手ではあるものの、同年代の子供と比べれば比較的話している方に入る人だった。

 それでも二日に一回話す程度だったけれど。

 そんな担任教師は、私の答えにほっとしたのか一言漏らした。

「そう。それなら良かった」

 何か返事を返すべきなのだろうけれど、私の口は、喉は動かない。

 そんな私を心配してか、教師は一瞬考える素振りをしてから、YESかNOで答えられる質問をしてきてくれた。

「今日起きた時は変じゃなかった?」

 私は首を縦に振る。

「登校中も? 変じゃなかった?」

 首を縦に振る。

「学校に着いた時は? 変じゃなかった?」

 縦に振る。

「教室に入った瞬間は? 変じゃなかった?」

 私は首を横に振った。

「そう。じゃあその時何かあったってことか。その時何があったかは? わかる?」

 教室に入った瞬間、何かスイッチ的なものが私の中でオンになり、そのことによって今まで積もり積もったストレスが、爆発した。

 私は自分の中でそう解釈した。

 だから私は、首を縦に振った。

 これが理由として成り立っているのかは、わからないけど。

「そう。それなら良かった。理由がわかってるなら対処法も見つかるかもしれないからね。」

 それはない。対処法なんて見つかるわけがない。

 だって私がした解釈は、突然起こった。それは抜こうと思っても抜けない。そんな突然起きることに対処法なんてあるわけがない。

 このことをなんとか教師に伝えようと声を出そうとした。だけれど声は出なかった。

「この後はどうする? 教室戻る? それとも今日は家に帰る?」

 首を縦に振る。

「どっち? 教室?」

 私は首を横に振った。

「じゃあ家に帰る?」

 私は首を縦に振った。

「そう。じゃあ早退届け出しとくね。あ、あと親御さんにも連絡入れるけど大丈夫だよね?」

 私は戸惑いを隠せはしなかったけれど、なんとか首を縦に振った。

「じゃあ、また明日ね」

 担任教師は、私の目を見てそっと優しく言ってくれた。

 そうして教師は、保健室を後にした。

 担任教師と別れた数十分後私は、保健室を出た。

 そして家に帰り、自分の部屋のベッドに潜り込んだ。

 次の日から、私は学校に行かなくなった。



 あの日から三年程が過ぎ、普通の人なら中学校を卒業、その後就職か進学か等の進路決めも終わり、各々が未来に向かって歩き出す。

 そんな春。

 私は、家の隣に建っている高校。その部活動のうるささにイライラしていた。

 「あーもうカキンカキンうるさいなー!」

 ボールがバットに当たるたびに、カキーンと金属音が響き渡る。

 それだけならまだ我慢のしようもあるのだけれど、金属音に加え人の声──運動系の部活動では当たり前の、掛け声も加えて私の部屋中に響き渡る。

 部活動は朝六時頃から朝練が始まるらしく、昨日徹夜でアニメ消化を行なっていた私にとっては、ただの嫌がらせにしかなっていなかった。

 そりゃ部活動に熱心なのは良いことだけれど、少しは近隣住民のことも考えてほしいものだ。

 そんなことを考えるも、高校に直談判! なんてことができる私ではないので、しかたなくまだ眠気が襲ってくる体を無理矢理起こし、階段を下りてリビングに向かった。

 なんでお母さんこんなところに家建てちゃったかな〜。

 昔は私自身早起きだったのもあって、部活動のうるささなんて気にもしなかったけれど、やっぱり歳を重ねるつれて気になることも増えてくるよ。

 そこのところをもうちょっと考えて欲しかった!

 リビングのドアを開けると台所には、母親の姿があった。

「お母さんおはよう」

 眠気が完全には取れていない目を擦りながら私は、母親に挨拶をする。

「おはよう。今日はずいぶん早いじゃん。なんかあった?」

 いつもよりも5、6時間早く起きてきた私に、母親は料理をしながら心配そうな目を向けてきた。

 私は何もないよと、手を横に振る。

「別に何にもないよ。ただ部活動の音がうるさくてちょっとイライラしてただけ」

「そう。大丈夫? 変な感じだったりしない?」

「大丈夫大丈夫」

 今でもだいぶ母親には迷惑をかけてはいるのだけれど、これ以上迷惑をかけたくはないので、なるべく平静にしようとここ一年ぐらいは頑張っている。

 

 あの日、学校から連絡を貰った母は、仕事場から慌てて家に帰ってきてくれた。

雪花ゆきか大丈夫? ごめんね気付いてあげれなくて、ホントごめん」

 母は泣いていた。

 私の言動が母を泣かしてしまった。

 母は何も悪くないのに、ただ私が周りを──家族を頼るっていう簡単なことをできなかった。その結果爆発してしまった。ただそれだけのことなのだ。

 昔は、突然爆発したと思っていたけれど、今もう一度考えるとあれは必然だった。

 だってあの頃の私は、家族とさえまともに会話なんてしていなかった。

 その結果があの日だ。

 だから全てが自業自得なのだ。

 だから母が泣くことなんてない。

 全て私が悪いんだから。

 

 そんな昔のことを少し思い出しながら私は、お父さんの写真に手を合わせる。

 おはようお父さん。

 お父さんに挨拶を終え、椅子に腰を下ろす。

 そこで数分待っていると、台所からは母親は作り終わった朝ごはんを手に持ち机に並べていく。

 配膳も終わり食べ始めて少し経った頃、母親が何か思い出したのか慌てながら喋りだした。

「あーそうそう。今日お母さん仕事休んでちょっと出かけてくるね」

 仕事人間の母親が、平日の仕事を休むなんて珍しい。

「どこに?」

 母親が一日仕事を休んで、自分の好きな所に行ってもバチは当たらないと思うので、そこまで気にすることではないのだけれど、浮かんだ当然の疑問を消すことは、できず聞いてしまった。

 すると母親は少し戸惑った様子を見せた。

「あーそうね。うーんまぁどこでもいいよねどこでも」

 会話になっていない。

 そんな戸惑いを見せられて、確かにどこでもいいよね。とは行かない。

 なので私はさらに問い詰める。

「どこに?」

「うーんうーん。あーもうそろそろ準備しなくちゃ! 雪花はゆっくり食べてていいからね!」

 そう言って母親は、もの凄い速さで私の目の前から姿を消した。

 今の母親の初速ならプロの陸上選手にも勝てるのでは、ないのだろうか。そう思えるぐらいには、速かった。

 母親が目の前からいなくなっては、聞くにも聞けないので、しょうがなく朝ごはんを食べ進める。

 それにしても母親が、私に何かを秘密にするなんて滅多にないことなので(なるべく私にストレスを与えないために)そこまでして私に秘密にすることって、なんだろうと考えてみるけれど答えはでなかった。

 その後朝ごはんを食べ終わった私が、朝のニュース番組を観ながら時間を潰しているとリビングの扉が開き、外から声が聞こえてくる。

「それじゃあお母さん行ってくるね。多分そんなには遅くならないと思うから」

 その声を聞いて私は、慌てて転びそうになりながらも母親を追いかけて、玄関に向かった。

 そして玄関で靴を履いていた母親に、最後にもう一度聞いてみる。

「どこいくの?」

 何回もしつこく聞く私に、母親が観念したのか一つだけ答えてくれた。

「明日になればわかるよ」

 その一言だけを言って、母親は玄関の扉を開け家を出ていった。

 明日⋯⋯ね。

 その後私は、格闘ゲームと言われるジャンルのゲームを一時間程遊んで、そのゲームでイライラしたので、眠りについた。

 この三年間で私が学んだことは、イライラしたら寝るのが一番ってことだった。


 次の日寝ぼけ眼のままリビングに行くと、そこには知らない、和服姿の眼鏡お姉さんが立っていた。

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